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お試し期間は、二ヶ月目と突入していた。天彦とのCommandは、その後何度も練習を重ねてお互い慣れていった。当初、天彦へどのタイミングでCommandを出せば良いのかわからなかったふみやも、今となってはマスターしていた。そして、天彦が言った通り、Sub Dropも起きていない。全てが順調だった。
Kneel、Come、Stay、Look、SayーーーCommandの基本五語は、クリアした。だが、クリアしていない残りのCommandは恋人やそういった相手に対する言葉だったため、全ては網羅したわけではなかった。
残りのCommandは、Roll、Crawl、Strip、Present、Kiss、Lick、Attract、Cum、CornerーーーSwitchの十個が、まだクリアが出来ていない。
「一通りクリア出来ましたね、さすがふみやさんです」
「あと、試してない奴何個かあるよね。……天彦は、いいの?」
「え、っと「Sayーー本当のこと言って、天彦」
天彦は、空色の目を丸くした。どこか泳いだ目を隠すように、目を伏せてこちらを見ようとはしない。ふみやは体重を掛けないように、太ももに跨っていた天彦の腰を優しく引き寄せた。以前では考えられないほど、俺と天彦の距離はグッと近くなっているのに、恋人同士がやるようなそういった接触がないことがずっと引っかかっていた。もちろん、Commandを使って、彼の本音を無理やり聞かせるのは、ふみやとて本意ではなかった。
ーーーそれでも、俺達、お試し期間でも……付き合っている恋人なんじゃないの?天彦。
もし、もし天彦が俺とのお試し期間が本気じゃないお遊びで、恋人のような触れ合いが嫌だと言われたら?
いや、天彦は言わない。……言わないはずだ。きっと、何か事情があるだけでキスをしてくれないんだと思う。聞いたところで、ふみやの不安が解消されるかは分からないけれど。それでも、天彦の口から本当のことを聞きたかった。
なぜ、Domである自分がこんなにもSubのことで不安になっているのだろう。天彦の授業では、逆ではなかったのか。
ーーーああ、天彦のことが好きだから、こんなにも不安なのかな。
「Look こっち見てもう一度ちゃんと教えて?天彦ーーーSay」
一度ふみやと顔を合わせると何かを言いかけて、またそっぽを向いて天彦は口を噤む。Commandを使っても、なかなか口を開かない天彦を見るのは久しぶりだった。SayのCommandを使ったのは、今回で二回目なのもあるけれど、通常のSubとSwitchである彼はやっぱり違うのだと痛感する。
『ふみやさん。Switchの僕は、半分Domのダイナミクスを併せ持っています。……そういう理由から、もしかしたらSubになった時、初めて出すCommandは効きにくいかもしれません。でも、慣れていけば自ずとCommandが効くはずなので、そこは誤解しないで欲しいんです。あなたを信頼していないとかそういったことではないので』
DomのCommandが効きにくい。
Switchであり、Domでもある彼の特異体質だと聞いたのは、最初の座学による授業が始まる前のことだった。Commandの種類によって一発で効くこともあれば、全く効かないものもある。それでも、何度も練習を重ねた。
不安そうに、でもどこか熱を孕んだ瞳と目が合った。天彦はごくん、と唾を飲み込む。俺の首に腕を回すと、彼らしかぬ小さな声で囁いた。
「……天彦は、キス、したいです」
「……!本当に?」
「ええ、……僕は、他でもないあなたとキスがしたいです。ふみやさん」
ちらり、とふみやは天彦に視線を移すと、顔は見えないけど彼の白い耳が真っ赤になっていることに気づいた。
「GoodBoy.……どうする?Command出そうか?」
彼ともっと抱き合ったまま過ごしたかったのが、ふみやの本音だった。名残惜しそうに彼の肩を押し返すと、俺は彼の手を握りながら、天彦をじっと見つめた。彼は、少し迷ってコクンと頷く。
「じゃあ、…ここにKiss、できるよね?」
唇を避けたのは、恥ずかしかったこともある。ふみやは、口端ギリギリのラインを指差した。
「ん、」
ちゅ
天彦の唇と俺の肌が密着し、すぐ離れていく。天彦の唇は、もっちりしていた。
「……じゃあ、今度は天彦がしたい場所にKissして。きちんとしたら褒めてあげる」
そういうと、天彦はベッドの上に膝立ちになり、額、瞼、鼻先、耳、ーーーそして唇にキスを落とした。
「…ん、Good Boy」