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    なかりせ

    パラライ/スパドクKシリーズ/そのほかいろいろ置き場

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    なかりせ

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    しょごとま。斗真の顔の傷が、手術後の今もまだ完全に消えていないという設定+VISTY結成直前の捏造過去話。最後明るめ。初恋未満。
    幻影イラスト見て、斗真ってまだ過去を消化できてないじゃーーーーん!!!と焼かれて書いたものです。
    憧吾から光を分け与えられてほしい。

    #パラライBL
    #ParadoxLi腐
    #しょごとま
    #憧斗

    暗がりから、貴方へその夜、斗真はアイドル活動のひとつとして、部屋での生配信を行っていた。
    以前話していたコスメを購入したこと、その使いごこちや感想を述べ、その後はファンたち…ステラからのコメントに応えながら、他愛もない日々の出来事を話していたのだった。

    「今度またメイク配信しよーと思ってんだよね。アイメイク凝りすぎて時間が秒で駆け抜けてく感じでマジ光超えちゃう
    …ねえ、ステラはオレにどんなメイクして欲しい?」

    話を振ると、ぱっぱっと文字が画面にポップアップして流れていく。

    「ゆめ☆みゆ:斗真くんどのリップも似合いすぎ、ブルベとかイエベとかじゃなくて全ベ?」
    「まめまめ:つよつよリップメイク見てみたい~!!」
    「みずみかん@斗真くん大好き:アイシャドウのグラデいつも綺麗で素敵です」

    コメントを眺めるだけでも、ステラの声が聞こえてくるようだ。つい口元が緩んでしまう。
    この文字の向こうに、ひとりひとり別のステラが居て、毎回斗真の言葉を優しく受け止め、一緒に喜んだり驚いたりしてくれる。顔が見られなくても繋がっている実感があることが、斗真の自信を支えていた。だからこそステラの声を聞きたい、望まれていることを知ってそれに応えたいという気持ちで、何気ない選択もよくステラへ相談しているのだった。

    「ふんふん、リップもアイシャドウもみんなバリバリ注目、アンテナバリ3ってことかー!じゃあどっちもやっちゃうってのも……あ、」

    『斗真くんがすっぴんからメイクするところが見たいです』

    ポップアップしたコメントに目を留め、つい読み上げてしまった。

    「オレの、すっぴん?」

    意味を理解して瞬間、滑らかに言葉を紡いでいた形の良い唇が固まる。身体の奥が冷たくなったような錯覚を覚えた。
    その間も、ステラたちからコメントが続いていく。斗真の雰囲気が変わったことに気づかないのは幸いだった。

    「え、!すっぴん見たすぎます」
    「よく見かけるフルメイク動画みたいな?」
    「使ってる下地とか気になる~!!」

    他のステラたちも興味があるようだ。
    それはつまり、望まれているということ。

    けれど斗真は、いつものようにすぐ頷くことが出来ない。
    素顔を晒すことは斗真にとって、強く意味を持っているから。
    灼けるような痛み、そして身体を刺し通すほどの他人からの視線・・・・・・

    「新規ですが斗真くんのすっぴんって見たことない」
    「ライブ後の配信でも崩れてなくてすごすぎ」
    「すっぴん見たいけど斗真くんはOKなの?」
    「斗真くーーーん」
    「画面止まってる?」
    「斗真くん?」

    「――あ、ごめん、えーーーっと」

    内面に沈みかけていた意識を、なかば強引に戻らせる。
    今は「VISTYの緋景斗真」として、ステラを楽しませなくては。

    (オレ、今笑ってる?表情管理OK?)

    画面に映りこむ顔を覗き込むと、一時停止ボタンを押したように固まっていた。不安げな表情。そして画面で見て初めて、左手で頬を押さえていた事に気づく。頬杖をついていたように、なんでもないようにゆっくりと下ろしながら、短く息を吸う。
    最初のコメントから何秒経っただろうか。声が震えないように気をつけながら、あははと軽く笑ってみた。大丈夫、できた。

    「コメントたくさん来て読んでたわ、セルフフリーズめんご!
     おけおけ、すっぴんからフルメイクにしてくやつね!ショート動画でめちゃめちゃ流行ってるやつやつやーつね!えーオレ、メイクの時マジ真顔よ???武士並みの真顔。そーだなあ・・・・・・」

    普段通りに見えるように会話のテンポを戻しながら、頭をフル回転させる。ステラには申し訳ないが、今回は保留にしてこの場を納めてしまいたい。

    「たしかにかーに、オレのすっぴんって星5ウルトラレアなわけよ。それならしっかりきっちりメイクアプランしたいから~……ちょっと時間ちょうだい?新しい意見べりべりさんきゅーでーす☆」

    「すぐじゃなくって大丈夫!」
    「いつもステラの話聞いてくれてありがとう」
    「めーーっちゃ楽しみ!」

    三脚に設置しているスマートフォンに向け、首を傾げ両手を合わせてみる。甘太郎がよくやるお願いのポーズは自分がやると少々わざとらしいけど、たまにマネをするとステラがすごく喜んでくれる。
    ステラが喜ぶことは、本当はなんだって叶えてあげたい。

    「――じゃあまた今度の配信もよろしくちゃん~Bye VISTY☆」

    ***



    「斗真、お疲れさま」
    「おつかれ~」

    部屋を出ると、リビングに居たのは葵と甘太郎だった。2人ともリラックスした格好でダイニングテーブルにつき、甘太郎はスマホをいじり葵はスキンケアをしている。

    「…さんきゅー。ふたりは?お風呂入った?」
    「うん。今は憧吾が入ってるよ」
    「斗真のライブ視聴者数安定してるよね~やっぱメイクって人気あるし、僕もやろうかな~」

    甘太郎はテーブルにうつ伏せるように身体を預けスマホをいじっている。ふわふわのルームウェアに包まれた姿は愛らしいぬいぐるみのようだ。まんまるで綺麗な色の瞳がせわしなく上下に動き、SNSの内容を盛んにたぐっていることがよく分かる。
    ヘアバンドで髪を上げた葵が、甘太郎の言葉に片方の眉を上げるとため息交じりに言った。

    「甘太郎…そんな甘いこと言って。斗真は何回もチャレンジして似合うメイクを見つけてるんだから簡単にできるわけないよ。」
    「うっ……分かってるよ、言ってみただけじゃん」
    「第一お風呂上がりのスキンケアもまだやってないような甘太郎には無理だよ、また斗真に怒られるよ」
    「あっチクらないでよ葵~!今やろうとしてたんだってばぁ」
    「……」
    「ほ、本当だよ斗真!…斗真?」
    「……斗真?どうかした?」

    薄紫の瞳に下から覗き込まれ、斗真は我に返った。心配に佇む葵の後ろで甘太郎もスマホから顔を上げ、斗真を見つめている。

    「元気ないよ。さっきのステラライブでなにかあった?」
    「もしかして、アンチコメント?ボク気づかなかったけど探してみるから特徴言って」
    「ちょ、ちょいちょいちょい!いつも通り楽しいライブだったってば!」
    「本当?」
    「本当だって。ステラと夏コスメの話して、実際にオレのスウォッチ見てもらってさ。それで……」

    心配をかけまいと明るい調子で始まった言葉が、途切れてしまう。
    楽しかったと言わなければ。でも、なんと続ければ、オレらしいのだろうか。

    「それで、どうしたの?」
    「斗真、本当に何かあったんじゃないの? 良かったら僕たちに教えてよ」
    「なんでもないって、ステラから次回のリクエスト貰って……」

    「斗真おつかれ、お風呂空いたぞ……どうか、したのか?」

    ドアが開いた音に葵たちが振り返る。ふたりの背中側にあるバスルームから出てきた憧吾が、タオルで湿った髪を拭くポーズのまま3人を順に見つめる。真正面から見据えられた斗真は言葉に詰まり、ふいと視線を逸らした。

    「なんでもない。ステラライブ終わったし、オレも風呂入るよ」
    「あ、ちょっと斗真……」

    これ幸いと話を切り上げ、状況が飲み込めないという表情の憧吾の横を足早に通り過ぎた。葵と甘太郎の視線も付いてくるのを感じるが、構わずドアを閉じた。



    毛穴落ちのない磨かれたような肌、しっとりとまぶたを彩るアイシャドウ、自然な色ながらトーンアップするグロス……今一番の最高のメイクによって作られた「緋景斗真」が、鏡の中から此方を見つめている。
    この顔を「ほんとう」にできたら、どれだけ良いことか。

    メイク落としを染みこませたコットンを優しく目に押し当てゆっくりと滑らせる。肌全体はクリームを馴染ませ、少量の水を加えて乳化させる。丁寧に、何度も、温い水で顔を覆う装飾を洗い流していく。
    やがて斗真は顔を上げた。「ほんとう」の『緋景斗真』が、否が応でも目に飛び込んでくる。

    頬から顎にかけ首まで走っている、引き攣れたような赤い線。かつて負った火傷痕は、VISTYとしてデビューする前の手術によって随分と小さくなり目立たなくなった。
    傷に手を押し当てる。目立たなくなったとはいえ、掌でも覆い隠せないほど範囲が大きかったために完全に見えなくすることは出来ず、素顔では未だに存在感を放っている。

    「…こんな顔、やっぱ驚いちゃうかな」

    こぼれた声はとても小さく、掠れていた。
    化粧を覚えて傷痕を隠せるようになるまで、何度も他人に見られては傷つけられた。すれ違った人のぎょっと驚き戸惑った表情、醜いと指を差して笑う誰かの声、そうしたものが身体の奥底に溜まっていつまでも消えていない。

    そんな自分に『アイドル』は、きらきらと輝く姿を見せて力を与えてくれた。その光に憧れて、斗真もいつだって目の前のステラを笑顔にするために、本気で取り組んできた。
    ステラの言葉に、表情に応えたい。大事な相手が喜ぶことをしてあげたい。

    (だから、ステラが喜ぶなら素顔くらい)
    (けれど素顔を見せて……ステラが怖がってしまったらどうしよう)

    傷痕は僅かな皮膚の盛り上がりなのに、想像の中でどんどん膨れあがり掌に食い込んでくる。
    鏡越しの自分も傷に触れている。眉根を下げ怯えた表情はとても「緋景斗真」らしくない。その縫い目を開けば、焼かれた痕が姿を現すという幻想が、斗真の心の中から離れてくれない。耐えきれず、鏡から目を逸らした。

    「…しっかりしろ。オレは、アイドルの『緋景斗真』じゃんか」

    タオルをギュッと掴む。しんとした部屋の中で言い聞かせるような声が床に落ちる。

    「がんばる。頑張って…ステラに応えなきゃ」

    ひとりきりで声を絞り出し、斗真は自らを励ましていた。


    ****

    #翌朝、リビングには憧吾が居る。遅く起きた斗真が部屋から出て来る。
    アラームがやかましく鳴っている。ピピピピと途切れず鳴り続けるために意識はとっくに浮上しているのだが、止めるために腕ひとつ動かすことがおっくうだった。
    布団を被ってしばらくやり過ごしていても当然アラームは止まってくれない。ようやく手を伸ばしてスマートフォンを操作し、ゆっくりと身体を起こして部屋を見回すと、同室の憧吾の姿は既に無かった。
    昨夜シャワーから部屋に戻ってきたときには寝息を立てていた。学校へ行く葵と甘太郎に合わせて、既に起きたのだろう。

    起きてすぐ顔を合わせなくて済んだと、胸をなで下ろしている自分がいる。昨夜のことを聞かれても素知らぬ顔でスルーできる自信が無かった。
    髪を緩く結い、深呼吸をひとつ。メンバーに心配をかけてはいけない。

    リビングへ入ると、やはり憧吾がテーブルでノートパソコンを広げていた。

    「おはよ、今日はゆっくりなんだな」

    ノートパソコンの画面から顔を上げた憧吾は、ブルーライトカット用の眼鏡をかけていた。作業用のそれはデザインはありふれているが、ひとたび憧吾の顔を通すと雑誌広告のように洗練されたアイテムのように見えてしまうと言うのは、身内贔屓が過ぎるだろうか。

    (どっちかと言えば野暮ったいサイズ感なのに、しょーちんがかけると抜け感バリバリのファッションアイテムみたいになるんだよな。ラフなTシャツ姿でもサイズ感バッチリっていうか…ほんとハンサムってすごいわ)

    内心ファッション評をしつつ、斗真はテーブルの向こうの流し台へと向かった。

    「うん、今日は大学午後からなんだわ~葵と甘太郎は?ちゃんと出た?」
    「ああ。遅刻ギリギリだったけどなんとか。朝ご飯あるけど、温めようか」
    「んーいいや。ありがとう」

    斗真は軽く返事を返しながら戸棚からグラスを二つ手に取り、そのうちのひとつには氷を入れる。ウォーターサーバーから水を注ぎ、憧吾の前にグラスを置く。氷がからんと小気味よい音を立てた。

    「ん、しょーちんいつも冷たいやつっしょ」
    「ありがとう、助かるよ」
    「その図……もしかして今度のライブ会場?」
    「そう。演出構成の案考えて、次の打ち合わせに持って行こうと思って」

    肩越しに覗き込んだ画面には、会場の全体図に導線が描き込まれていた。並んで開かれている文書アプリにはセットリストや立ち位置の案が連なっている。
    事務所から独立したことで、VISTY自身で決断する内容がグッと増えた。ライブ会場の調整から照明音響の構成、普段のSNSでの発信など、大小問わず様々な作業が絶えず発生している。金銭面からも、できる限りスタッフは雇わずメンバーたちでこなすようにしているのだ。
    とはいえ、斗真は大学、葵と甘太郎は高校での勉強があり、主に憧吾が書類仕事やライブスタッフとの調整を担ってくれているのが現状でもある。

    憧吾の顔を見やると、目の隈が濃くなっている気がする。3人が見えないところで作業をしていることは想像に難くない。隣の席にかけ斗真は憧吾の肩を叩いた。

    「いつもありがとねリーダー、オレたちにもできる仕事あったら言ってよ。VISTYのことは4人で分け合おうってしょーちんが言ってくれてるじゃん」
    「そうだな。甘太郎たちが帰ってきたらこの案について相談するよ」

    憧吾は眼鏡を外し、ふーっと息を吐いた。それからPCを閉じると斗真の方に身体ごと向き直った。

    「斗真も……俺たちに分けられるもの、あるんじゃないか?」
    「えーなになに?今度はオレ?」

    どきりと心臓が跳ねる。思わずはぐらかしたが、憧吾の視線は真っ直ぐ此方を向いている。

    「斗真…昨日の配信どうだった?」
    「どうって……いつも通り、スゲー楽しかったよ、ステラもたくさん来てくれたし」
    「本当か?葵と甘太郎が心配してたんだ。雑談配信だったのになんだか斗真が元気なさそうだったって」
    「そんな、ぜーんぜん!ふたりの考えすぎだって」

    昨夜の部屋の重たい空気を振りはらうように斗真は明るい声を出したのだが、憧吾は首を振る。

    「俺も見たよ。シャワーから戻ってきたとき、斗真の顔青かったし。何があったんだ?」
    「…ちょっとね。でも全然大したことじゃない、オレがなんとかすればいいやつだから――」
    「……斗真」

    事態を明かさないまま斗真はこの場を納めようとしたかった、だが憧吾は焦れたように名前を呼ぶ。その顔は苛立ちではなく、心配に満ちていた。

    「俺、まだリーダーとして頼りないかな」
    「そ、んなわけ、」
    「俺、斗真に助けてもらってばかりだ。VISTYのことだけじゃない、俺が父親のことで落ち込んだときも励ましてもらってる。だから斗真が悩んでいるときは、今度は俺が…って思ってる。
    無理に話してほしいってわけじゃない。俺がもし話し相手になれるんだったら……」

    そこまで一息に言い切って、憧吾は不安げに眉をハの字にした。薄水色の瞳が揺れている。

    「ごめん、やっぱり下手だよな俺。勝手に空回ってるだけならいいんだ」
    「そんなことない、憧吾がそう言ってくれるのスゲー嬉しいし、助かる」

    お世辞ではなく、本心だった。憧吾は斗真の前で弱音を吐くが、斗真はそれを信頼してくれているからこそと思っていた。促されて、憧吾にだったら話しても良いと、思えている自分がいる。

    「隠してても、しょうがないもんな。聞いてくれる?」

    このまま何もないような顔をしていても、葵や甘太郎に余計な気を回すだけだ。――それに憧吾なら、斗真の過去をちゃんと知っている。

    斗真はぽつりぽつりと、昨日の配信の話を始めた。件のリクエストコメントの話になると、それまで静かに聞いていた憧吾が得心顔で頷いた。

    「そうか……傷痕、ステラには言ってないもんな」
    「うん。まだちょっと目立つし、見せたらきっと驚いちゃう」
    「……傷だけ、初めからメイクして隠すのは?」
    「うーん。それもできるけど…ステラはオレのすっぴんが見たいっていってくれたから、なんか中途半端っていうか」
    「……」
    「…やっぱり、隠さずに見せた方がいいかな」
    「ッそれは、ダメだ」

    呟くと、憧吾はこちらに身を乗り出した。肘がテーブルに当たり、グラスが音を立てて揺れる。普段穏やかな憧吾としては、珍しい。

    「あ、ごめん。でも…それは良くない、気がする」
    「ダメ、かな。ステラが驚いちゃうから?」
    「ステラが…よりも斗真は、恐くないのか? それをして、斗真は傷つかない?」
    「オレ?」
    「俺は、父親の話をされたら冷や汗出るし目の前が暗くなるし、吐く。知ってるだろ? 斗真は、傷を見られても平気なのか」
    「……」
    「全然平気だって、斗真がハッキリ言うなら、俺はもうなにも言わない。でももし迷っているなら、別の方法を探した方がいい」

    憧吾の口調は優しく、けして押しつけるようなものではない。
    それでも斗真は憧吾の顔を真っ直ぐ見れず、知らず知らずの内に目線が下がってしまう。膝の上で拳を握る。

    「オレは……オレの気持ちはいいよ、ステラが望んでるんだから」
    「…ステラは斗真の傷のこと知らなかったから、リクエストしたんだと思う。知ってたら変わったはずだ」
    「でも、言ってくれたんだから、応えてあげたいよ」
    「斗真が恐いって思ってることを知っても、本当にステラが喜ぶ?」
    「それでも!…だって、オレらアイドルじゃん」
    「……アイドルだから、アイドルだったら、自分を傷つけても、ステラに喜んでもらえる方を選ぶの?」
    「……ッ」
    「そんなの、VISTYのリーダーとして許可できない」

    そのとおりだ。返す言葉もない。
    黙り込んだ斗真へ、手が伸ばされた。力が入っていた拳が、温かい手に包まれる。
    憧吾が怒っているのかと思っていた斗真にとって、続けられた言葉は意外なものだった。

    「斗真は、周りばっかり大事にしてる。俺や、葵や甘太郎、ステラたち…その温かさに、みんな助けられてる。
     でも、さ。まず最初に斗真自身のこと、大事にしてほしいんだ」

    「ステラを笑顔にしたい。それは俺もいつも考えてる。でも、その前に斗真が笑顔で居てくれなきゃだめだ。ステラだって、楽しくないと思う。
     斗真、"ほんとう"を教えて欲しい……嫌なこと、本当に無い?」


    憧吾の指先が頬に触れる。柔らかく傷痕に乗せられた指はやはり温かくて、斗真の張り詰めていた身体から、重りを取り除くような心地がした。

    水面のように穏やかな瞳が、斗真を優しく待っている。
    逡巡し、唇を開いては閉じ、そうしてやっと斗真は言葉を紡いだ。

    「傷は、手術して昔よりずっと小さくなったよ。でも……オレの中じゃぜんぜん小さくならない。鏡を見る度、ぜんぜん、上手く笑えないんだ」

    掠れた声だったが、石が坂を転がるように、言葉が次々と口をつく。自分の中に堆積していた思いがぽろぽろと溢れだして止まない。

    「隠さなきゃまだ笑えない。きっと、ステラを喜ばせたくても、今のオレは……素顔のオレを見て笑えないよ。
    それに、もし、ステラがオレのこと、『醜い』『美しくない』って言ったら、って思うと…っ」

    ステラのキラキラした温かい言葉の数々が、反転して自分に突き刺さることを、つい考えてしまう。期待を向けられているのに、応えたいのに、その手を取れないこともまた後ろめたかった。
    昨夜からずっと身体を別々の方向に引っ張られているようで、ぎゅうぎゅうと苦しかった。

    「恐いんだ、オレ。顔を見せて、ステラに悪く言われたら、ダメかもしれない。でも、ステラのお願い応えられないのも、イヤだ。そんなのアイドルじゃないっ……!
    でも、でもオレ……どうしたらいい? 憧吾、どうすれば……」

    言葉に引っ張られるように身体も感情を顕し、拳だけを見つめる視界がぼやけてきた。堪えようとしても唇が震え、目から滴が今にもこぼれ落ちてきそうだ。

    「斗真。大丈夫」

    引き寄せられ、気づくと憧吾の肩が目の前にあった。背中に手が回され、憧吾の腕の中にいるのだと、一拍遅れて気がついた。
    ライブの後でもないのにメンバーと抱き合うなんて、一瞬驚いたが、憧吾の表情は見えない。むしろ、斗真が顔を見せなくて済むようにしてくれているのだろう。

    「ほんとうの気持ち、教えてくれてありがとう」

    「隠したままだっていいんだ。言いたいことは言わなくていい。俺たちにも、ステラたちにも。
    傷の上に、新しい傷を付ける必要はない。」

    穏やかな声でひとつひとつのことばを確かめるように、憧吾は話した。。触れ合っている肩や腕を通じて、斗真の身体にも直接心地良い声音が響いてくる。低く落ちついた、温かいことばたち。

    張り詰めていた心がぬくもりに触れて、まるで氷が溶けるかのようだった。恐れも悔しさも、自分でいたいという焦りも、もう溢れ出て止まらない。たまらずしゃくりあげる。

    「憧吾……」

    斗真も憧吾の身体に手を回し、寄りかかるように身体を寄せた。零れる雫はそのままに、憧吾のTシャツへと吸い込まれていく。
    時折震えた声を漏らしながら、ふたりはしばらく抱きあっていた。




    落ちついた頃、斗真はぽつりとこぼした。まだ顔は見せられないから、シャツに顔を押しつけている。

    「憧吾さ、前にも言ってくれたね」
    「え?」
    「言いたいことは言わなくていいんだーって。VISTYになる前、オレと憧吾が…はじめてふたりで話したとき」
    「はじめて……あ、夜中に起きて、メイクを落としてる斗真に会って――」
    「そう、そんで、憧吾の秘密を教えてくれた」
    「恥ずかしいな、あの時の俺」
    「そんな、ことないよ」

    斗真の中で、かつての憧吾の姿と言葉が蘇っていた。

    確か、事務所にスカウトされてすぐのことだった。右も左も分からないまま、同世代が何人も集められ宿泊所を借りた1ヶ月の泊まり込みでレッスンを受けた。

    「あの時も、オレは助けてもらったんだよ」

    憧吾に偶然傷を見られてしまった、あの深い夜のことを。



    *****

    皆が寝静まった深夜、憧吾は慎重に廊下を歩いていた。木造の合宿所は作りが古い。そのせいか、どれだけ足音を殺しても床が僅かに軋む。同室のベッドでめいめい眠る彼らの顔を思う。

    (みんなぐっすり眠っていたな)

    合同合宿も中ほどまで来た。スカウトされてきた素人をこの一ヶ月でアイドルの卵にまで引き上げると宣言されたとおり、基礎レッスンに加えて歌やダンスの専門的な練習、アイドルらしい表情の作り方まで、1日にこなす内容は大量で様々だ。子役として過ごしてきた時間が長い憧吾も、アドバンテージはほとんど無く、ほとんどは未経験の内容でこなすのが精一杯だ。毎日ベッドへ潜り込むとすぐに意識が眠りへ吸い込まれてしまう。

    「それでも、悪夢は見るんだからな」

    こぼれた言葉に、自嘲気味な笑みがついてくる。どれだけレッスンに打ち込んでも、心の奥底のトラウマからは逃れられない。
    今夜も何度目か分からない、心臓を掴まれるような息苦しさに思わず目が覚め、水でも飲んで気を紛らわせようと共同のキッチンへと向かっていたのだ。

    瞼の裏で強烈な光が瞬く。ストロボが憧吾の身体を無遠慮に暴き、顔も分からない大人の声が首に巻き付いて離れない。
    『大和の息子』『見事に受け継いだ』『当然よね』『お父様の影響はやはり』『父親から下駄を履かせて貰って、いい気なものだ』

    拳に力が入る。蘇ってきた悪夢のイメージに、内臓が震えるのを感じる。
    あの頃に浴びせかけられた他人からの昏い感情は、夢の中でいつまでも残り増幅されている。『父親譲りの』というカッコつきの評価で持ち上げられていた間、「あの名優の息子」というレンズ越しでしか憧吾は映されていなかった。賞を取り、万雷の拍手を得たときでさえ、面前いっぱいに並ぶカメラの中に憧吾自身を捉えたものはひとつもなかった。

    (俺は、俺でしかないって、証明したい)

    それが憧吾の原動力だった。

    アイドルであれば、父親の威光など関係ない。人気を得て輝くか、そこらの石と変わらず放り出されるか、全ては自分自身の努力と実力にかかっている。そうすることで「大和憧吾」という男が何を持ち何を持たないのか。ありのままの姿を照らしてもらおうと思ったのだ。

    (俺が何者なのか、そうして初めて分かる気がする)

    電気を付けないまま、ドアの隙間から滑り込むようにしてキッチンに入った。
    ひっそりと、精気を無くしたように静まっている部屋には、流し台のの上にある窓から月明かりが差し込み、暗闇に慣れた目でなら灯りを付けずとも動くことが出来た。
    冷蔵庫から氷を拝借しグラスに入れると、カツンと澄んだ音がやけに響く。隣のウォーターサーバーから注いだ水を一気に飲み干すと、喉を通り抜ける冷たさに急いていた心が静まってくる。

    目を閉じ、細く、一筋の息を吐く。吐息が波打ち、遠くまで流れていく。それはやがて透明に澄んだ水として憧吾の頭の中に浮かび上がってくる。澄んだ水の流れを想い描いていれば、瞼にこびりつく悪夢も剥がれてくれるのではないかと思って、何度か試しているイメージトレーニングであった。集中することで、徐々に吐き気も落ちついてきた。

    その穏やかな水の流れに、ぱしゃりと、跳ねた音が混ざる。二度、三度。

    「……?」

    憧吾は不審に思い目を開けた。イメージではない、本当の水音が聞こえたのだ。それも、自分から離れた場所でだ。
    ほど近い場所で心当たりがあるのは、キッチンからすぐ行ける浴場だ。振り返り耳を澄ますと確かに、微かだが水の音がする。

    (もうお風呂が使える時間はとっくに終わってるし…誰かな?)

    こういうのが、好奇心によって魔が差す、という感覚なのだろうか。憧吾は誰がいるのか知りたくなった。
    廊下の静けさから、メンバーはみんな眠っているとは思っていたが、誰かがベッドを抜け出て、ひとりの時間を過ごしているとしてもおかしくはない。
    それに、魘されてひとり起きた夜中だ。随分気分はマシになったが、誰か夜更かしの仲間が居るなら話のひとつでも交わして、気分を変えてから眠りにつきたい。

    今までより慎重に、抜き足差し足で浴場に向かう。近づいていくと、やはり水音は大きくなっていく。
    ドアの前に立つと、はめ込まれた磨りガラス越しにぼうっと灯りが見えた。天井の蛍光灯は消えているようだし、照明にしては随分と狭い範囲だけを照らしている上に、床の方だけが明るい。

    取手に手を掛け、驚かせないようゆっくりと開けていく。ドアに顔を寄せるようにしてそっと覗き込むと、まず見えたのは男性の肩だった。ドアから少し離れたところにある洗面台の前に立ち、顔を伏せている。ドアの隙間からは顔の全ては見えないがぱしゃぱしゃと水音が鳴るたび、ひとつに結われた金髪が揺れる。

    (斗真くんだ)

    すぐに分かる。彼は練習生の輪の中でいつも光っていた。服装も、ヘアスタイルも整っていて、毎回のテーマとして統一感があり、レッスンで汗をかいて倒れ込んだときですらメイクは崩れず完璧なままだった。
    レッスンの中でペアを組んだことは未だ無かったが、綺麗だな、と憧吾は彼の印象を強く思っていた。
    それにレッスン外でも彼は食卓で、ミーティングで、積極的に発言していたし、周りから出た意見のバランスをとってまとめようとしているようにも見えた。明るくおどけた彼の周りには人が集まっていたから、ひとり静かに顔を洗っている姿はしんとしていて、彼らしくない雰囲気だった。

    きゅっと蛇口が締まる音が聞こえ、彼が顔を上げた。傍らにあったタオルを取り、顔に押し当てる。けして擦らず、少しずつ場所を変えて当てながら水分を拭き取っている。手際に感心しながら見ていると、タオルが外れ、彼―斗真の顔が露わになった。

    その瞬間、憧吾は目を見開いた。息を詰め、目の前の姿を凝視する。
    彼の横顔には見慣れない赤茶色の大きな傷があった。頬から顎、首までかけて、皮膚がめくれたようなかさぶたが広がっている。他の箇所の肌は普段見るとおりの色味をしている分、コントラストの強さが痛々しさを感じさせた。

    思いも寄らない姿に憧吾ははじめ、己の目を疑った。次は、良く出来た特殊メイクだろうかとも。しかし、彼はたった今、丁寧にメイクを落としていたのだ。であれば、これが彼の…素顔だと思うほか無い。

    同時に、斗真がこんな時間に起きている理由も分かった。

    (誰も居ない時に……メイクを落としたかったのか)

    だとすれば、ここに憧吾がいてはまずい。まるで、覗きをしているようではないか。

    気づかれる前に自室に戻ることが最善だろう。焦って一歩後ろに下がったところで床を強く踏み込んでしまい、年季の入った床は大きく軋んで悲鳴のような音を立てた。まずい。

    「っ、誰」

    気づかれないはずもなく、斗真が勢いよく此方を向いた。月明かりは憧吾を後ろから照らしている。隠れられるはずが無い。
    しっかりと憧吾を捉えた瞳は驚愕に見開かれ、表情がみるみる内に強張っていく。そこには、昼間の太陽のような明るさはどこにもなかった。

    「憧吾、くん」

    掠れた声を出した後、斗真は傷を手で押さえた。だが手のひらからはみ出た箇所は隠せるわけもなく、慌てた様子で後ろ手に洗面台を探る。ゴトッと何かが落ちる物音がして、辺りは暗くなった。光源が無くなってしまったのだろう。「あ、」小さく、悲鳴のような声が上がる。

    寸の間迷ったが、そのまま立ち去ることも出来ず、憧吾はドアノブを探って掴むと洗面所へと入った。静寂の中、途切れ途切れに、斗真の粗い息づかいが聞こえる。

    「斗真くん、大丈夫?」
    「……見た? 見えちゃった? お、オレの顔――」
    「言わなくていい、斗真くんが、言いたくないなら」

    普段の斗真には似つかわしくない、震えた弱々しい声に重ねて、憧吾はゆっくりと言葉を繰り返した。まるで悪夢から目覚めたばかりの自分の姿を見ているようで、痛ましかった。

    「まず落ちついて、大丈夫。無理に言わなくていい。俺も、誰かに話したりしない」
    「・・・・・・」
    「まずそれだけ、斗真くんに約束する。言いたくないならそのままでいいんだ。…深呼吸、できる?」

    思いがけずスラスラと言葉が出てきた。驚いたが、それは上辺の言葉ではなくて、憧吾自身の言葉であることは確かだった。
    彼がどんな表情をしているかは闇に溶けてしまって分からない。だが忙しなく聞こえていた斗真の息づかいが、徐々に間隔を開けてゆっくりしたものに変わってくる。さっきまで聞こえていた水音が無くなったぶん、よりいっそう静けさの中に呼吸音が浮かび上がる。
    憧吾はドアから壁伝いに中へ進んだ。近づいては不安にさせてしまうだろうと、斗真と距離をとりながら、憧吾はまた口を開いた。

    「ごめん、驚かせるつもりは全然無くて……水飲みに来たら灯りが見えたから、誰かいるのかなって」
    「そ、なんだ」
    「さっき何か落ちた音したけど、大丈夫?」
    「うん、オレのスマホ……ライトにしてたから」
    「そっか」

    沈黙が落ちる。洗面所はキッチンのような大きな窓が無いため月明かりは直接差し込まず、徐々に慣れてきた目でも斗真の姿はうっすらとしたシルエットしか見えなかった。洗面台の横で立ちすくむようにして動かない。

    斗真がこのまま去るかと思ってドアから遠のいたのだが、その様子はないようだ。では、やはり憧吾が代わりにいなくなることが、この場を納める最良の方法なのだろうか。
    それがスマートだと一瞬思ったがしかし、憧吾はもうひとつの可能性を選んでみたかった。何もせずやり過ごすよりも

    斗真がこのまま去るかと思ってドアから遠のいたのだが、その様子はないようだ。では、やはり憧吾が代わりにいなくなることが、この場を納める最良の方法なのだろうか。
    それがスマートだと一瞬思ったがしかし、憧吾はもうひとつの可能性を選んでみたかった。何もせずやり過ごすよりも、ひとつ、彼に向けて踏み込みたいという想いがあったのだ。

    「あのさ……まだ部屋に戻らないなら、ひとついいかな」
    「……?」
    「俺、恐い夢見てさ。誰かに聞いて欲しいんだ」

    斗真からの反応はない。元々、日中話をする仲でもないのだ、唐突な話に戸惑っているようにも感じる。

    「感想もいらない。かっこわるいだけだから。でもこのままじゃ…眠れそうにないから話したい、それだけなんだ」

    憧吾が壁にもたれかかるようにして腰を下ろすと、やや間があってから斗真もその場に座り込んだ。
    それを承諾の意ととって、憧吾は話すことに決めた。唇を湿らせると、言葉を探りながら話し始める。

    「夢っていうのは、俳優やってた頃のことなんだ。
     俺、父親が俳優やってて、その影響で子どもの頃から仕事してたんだけど…天才子役なんて言われてはじめはいい気になってた。
    でも、映画で賞を取った頃から……段々、批判っていうのかな、『父親のおかげで贔屓されてるだけ』って、言われてるのが聞こえてきちゃって。
     ああそう思われてたんだって思ったら、一気に全部が嘘になった気がした。今まで褒められていた仕事も、父親がすごいから、俺も良く出来てると思われていただけなんだって。父親が居なかったら、同じ評価をもらえていなかったんじゃないかって。
    じゃあ今カメラの前に居る俺って、どんなに頑張っても本当を見てもらえない…嘘なんじゃないかって」

    次第に言葉は熱を帯び、止まらなくなっていく。
    メンバーの中にも憧吾の経歴を知っている者はある程度居るだろうが、俳優を辞めた理由を、自分の口から話したことはなかった。
    あの頃の気持ちを偽らずに話すことは傷ついた我が身を外の空気に晒すようで、身体の奥が痛むし、まだ恐ろしい。笑ってしまうくらい拳が震えているのを抑えられない。

    「それで俳優できなくなって、今アイドルになろうとしてる。俺が、俺だけの力でどこまで出来るのか試したくて。
    でもまだ吹っ切れて無くて、まだ夢に見るんだ。七光りだって指さしてくる人たちのこと。恐いんだ。それで眠れなくて、吐きそうになってて……かっこわるいだろ?」

    それでも、斗真に、このまま部屋に戻って眠って欲しくなかった。目が合ったとき、不躾なストロボに照らされたときの自分のように怯えた表情をした彼を、このまま帰したくはなかった。
    傷は、彼自身のものだ。俺の傷が、俺以外には無いように。言葉たったひとつで、癒えるものではない。

    「ね、俺も人に言えないことあるんだ」

    ただ、ひとりきりではないと、それだけを伝えたかった。

    ようやく言葉が止まった。
    斗真に笑んでみせる。不格好な、痛みを晒してすぐにはまだ取り繕えない表情を見せてみる。これも自分のことを誰かに知って欲しいというエゴに過ぎないのかもしれないし、そもそも、闇の中で見えているのかすら分からない。
    己の姿を照らされない夜だから、話せたことだった。


    しばしのち、憧吾はそろそろと立ち上がり、ドアへと向かう。

    「長話してごめん。でも、なんだか眠れそうだ。明日も早いし斗真くんも休んで……」
    「あの、憧吾くん」

    ノブを掴んで開いたところで、背後から声がかかった。振り返ると、斗真も立ち上がり、こちらへ近づいていた。キッチンから漏れる月明かりが斗真の足元をほんのりと照らす。顔はまだ暗がりの中だ。

    「オレ、まだ憧吾くんと知り合ったばかりだけど……憧吾くんは歌もダンスもどんどん上手くなって、すっげー努力してるのが伝わってきて、みんなを引っ張ってくれてる。それは誰のおかげでもない、今の憧吾くん自身が持っている力だよ」

    斗真の口調はまだ弱々しく、普段のハイテンションなものとは全く印象が異なる。ひとつひとつの言葉が、柔らかい。

    「憧吾くんがすごいから、オレもがんばろうって思ってたんだ。
    オレにとって、今の憧吾くんはすごく光って見える。
    それは絶対、間違いなしだから」

    憧吾の中に、その言葉は流れ星のように降ってきた。
    大人たちが不躾に焚くストロボや身体を容赦なく照らすスポットライトのようではなく、優しく、けれど確かに明るい灯りとして、胸の内に飛び込んだ。
    初めての感覚に、憧吾は手を振って別れるのが精一杯だった。

    「……ありがとう。じゃあ、おやすみ」
    「うん、おやすみ」

    軋む廊下をゆっくりと戻っていきながら、斗真の言葉を反芻する。不意に受けとった温かさは、とても心地良いものであった。
    自分も斗真に返せば良かったなと、部屋に帰り着きながら思ったのであった。

    「……斗真くんも、すごく光ってるよ」

    ****


    「…憧吾に見つかったとき、うわー終わったって思ったよ。まず、キモいとか言われるかもとか、顔に傷があるのにアイドルやろうとしてるって皆に言いふらされたらどうしようとか、あの瞬間にぶわーって色んな気持ちした」

    火傷痕が残っていることは事務所のスタッフに既に伝えていた。デビューに間に合うよう、バイト代を貯めて最後の手術をすると。
    しかし合宿を共にしていたメンバーたちに対しては、汗に強いファンデーションで厚く隠し、風呂上がりも素顔に見えるようなメイクを施し、徹底して隠していた。

    だからこそ、憧吾と目が合った時はとても狼狽した。メイクを落とした後に顔を見るのが恐ろしく、自分ですら目をそらすようなそれを、他人に見つかるなんて、身がすくむ思いだった。

    「そんな、俺は全然」
    「うん……憧吾の言葉を聞いて分かった、この人はそんなことしないって。言いたくないならそのままでいい、って言って、本当に何も聞かないで、それどころか自分の弱いところを曝け出してくれた。そんなの、初めてだったんだ」

    リビングには日の光が差し込んでいる。あの時の合宿所よりも小さな部屋に、ふたりで、肩を触れ合わせるほど近くにいる。
    かつて斗真にとって憧吾は、遠い存在だった。同じグループになり、そばで日々を過ごすようになるとは想像もしていなかった

    「……いつもみんなの中心にいた斗真が、怯えていて、すごく困っていたみたいだったから…何か、したかったんだ。
    でも、聞いてどう思うか考えずに、つまらない悪夢の話なんかして……」
    「ん…それはちょっと、オレは違うかな」

    憧吾は首を傾げる。斗真は顔を上げ、微かに笑った。

    「憧吾は、苦しい夢の話してくれた。オレはそれ聞いて、ちょっと嬉しかった。や、嬉しいってのはちょっと違うかもだけど。
     憧吾だって合宿の最初から目立ってた。努力家で才能を伸ばしてて、輝いてて…ちょっと遠い存在だった。その憧吾が、自分の普段見せていないところを教えてくれて……
     人に言えないことを抱えているのは自分だけじゃ無い、ひとりじゃないって、伝えてくれた気がして」

    物音に振り返って憧吾を見つけたとき、その背後には月明かりが差し込んでいた。明かり取りの窓から差すそれを斗真は俯いて通り過ぎたのに、同じ光を受けて立つ彼の姿は堂々として見えた。
    輝いていなきゃいけないと、斗真は光を必死に求めていた。

    星よりも大きな輝き。その足元にある暗がりを、分け合ってくれた。

    気持ちが落ちついてきたことで、密着している今の状況が段々と気恥ずかしくなってきた。日常4人で過ごしているリビングで、しかも、相手に対してどう思っているかと赤裸々に打ち明けていたのだ。

    「~~~もう、平気になってきた! サンキューしょーちん、これでバッチリ……」

    照れを誤魔化すように大げさな身振りで身体を離す。
    するとそこへ、また手が伸びてきた。目尻の涙を拭われて、斗真は思わず瞬きをした。
    すぐ隣にいる憧吾の表情は、今までにないものだった。微笑んでいるのだけどそれだけでない、斗真の姿を見て安心しているような、まるで…

    「あのときも、こんな風に手を伸ばしたらよかったのかもな」
    「しょ、ご」
    「ヘンな言い方かもしれないけど、今、こうして斗真が隣で泣いてくれてるのが……なんだか嬉しいんだ」

    慈しんで、いるような。

    先ほどまでとは比べものにならない、熱が身体を駆け巡った。
    とんでもない殺し文句。それを自分に投げかけてくるなんて。

    「しょ、しょーちん、それ……ステラに言ったら?」
    「え? なんでだ? 斗真の話なのに」
    「そーじゃなくてぇ……オレだけにそんなこと言うのもったいなさ過ぎるし、アイドルとしての機会損失すぎる。
     ん……? しょーちんがオレに…?
     いや、オレがしょーちんに…?」
    「どうした? 急にぶつぶつ言い出して」
    「分かった!! オレのステラライブに一緒に出てよ!」
    「4人ならいつもやってるけど…コラボってことか?」
    「そう、しかもただのコラボじゃないよ。きーてきーて、あのね……」


    *******



    次の週、かなり熱を帯びたステラライブの感想が、次々にSNSへ書き込まれていた。
    メイクが得意な斗真による、すっぴんからのフルメイク配信。――しかも、モデルはリーダーの憧吾。
    ソロか、4人揃っての配信が基本スタイルのVISTYにとって、2人でコラボ配信を行う事態がレアな上に、普段見られない素顔を映した様子は、ステラの間で話題を呼んだ。

    「オレオレオ~レが肌荒れやばみざわなんだけど、ステラを待たせたくないからね、しょーちんのお顔、お借りしちゃいMAX☆」
    「ステラが楽しんでくれるなら嬉しいな、こういう本格的なメイクされるの…ちょっと照れるな」
    「しょーちん絶対似合うからさ~新作アイシャドウでアイメイクがっつり盛ってくからヨロヨロ~!」

    アイドルであるふたりが和やかに話しながら、顔に触れ、メイクを施していく様。
    そして憧吾の素顔がそもそも作りが良いと、動画の評判はステラ以外にも届き、Paradox Liveのヘッズたちも多く目にすることになった。



    「…いつか、傷のことも笑えるようになったら、そのときはステラにオレの顔を見てもらいたいって思うんだ」
    「ああ、応援してるよ。斗真」


    END
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    Replies from the creator

    なかりせ

    DONE一人一人称、K富の人間が書きましたが恋愛描写なし、診療所メンツとほのぼのが主です。
    ちょっと怪談チックなお話が書きたくてタグをお借りします。季節外れですが夏のお話です。恐怖・暴力描写はありません。
    一人先生は幽霊や魂をどのように切り分けて接することができるのだろう……。引っ張られそうになった時に踏みとどまれるのは、帰る場所・呼ぶ人がいるからってことが書きたかった。
    炎と息吹―200X年 8月XX日 
    とても暑い日だった。オレはたまたま行きあった患者を治療し、病院から帰るところだった。

    ***

    「では、また後日伺いますので」

    一人は一礼して病室を出る。踏みしめるリノリウムの床はひんやりとした空気を抱えており、外のじりじりとした熱射もここまでは届かない。夏の長い日がようやく傾きだし、まだ暑さが残っているだろうビル街を歩くと思うと憂鬱であったが、目の前で倒れた急病人を助けられたことで一人の心は風が通り抜けるようにすっきりとしていた。

    N県からふたつほど県境を越えたところにあるこの都市に来たのは、以前手当をした患者の経過を見るためであった。その用事を終えたときはまだ昼前であったが、帰路に着こうと大通りに出たところで急病人に行きあったのだった。
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