every day is a special day 見上げると、マンションの部屋に灯りがついていた。
あ、至さん帰ってきてる。
嬉しくて、自然と早足になって、エレベーターが降りてくるのも待てずに階段を5階まで駆け上がる。
「ただいま〜」
玄関を開けると夕食のいい匂いが漂っていた。
「おかえり。ごはんできてるよ」
「帰り早いの珍しいっすね……ってすげえごちそう!これどうしたんすか?」
「ふふふふ」
至さんがレードルでぐるぐるかき混ぜている鍋からは、ほかほか湯気が立っている。
グリーンサラダに生ハム、スープ、バゲット、アルミホイルで包まれたものは大きさからいってステーキだろう。
正直な腹の虫がぐぅっと音を立てたところで「ん?」と思った。
至さんがキッチンに立つのも稀なこと。なのに料理をしている。
しかもラーメンとかじゃない、手の込んだものだ。
誕生日でもなければクリスマスでもバレンタインでもないのにこれって、もしかしてなんか記念日だったか?だけど付き合った記念日は違う。至さんを初めて抱いた日も、もちろん覚えてるが今日じゃねえ。
ふんふんと鼻歌を歌いながら食器を並べる至さんはめちゃくちゃ機嫌がいい。
やべぇ、こんなにごちそう用意してくれたのに俺なんも用意してねーじゃん。しかもなんの記念日か分からねーとか最悪。
「どうしたの万里、早く座んなよ。お腹すいただろ」
「あー、うん…これぜんぶ至さんが作ってくれたんすか」
「そう、って言いたいけど俺は肉焼いただけ。スープもサラダもオードブルもデパ地下」
「…にしても」
「このあいだ臣に教えてもらった美味しいステーキの焼き方っての実践してみたんだけどどうだろ。さっき焼き上げたとこだから肉汁がなじむまでもうちょい待ってて。先にオードブル食べよ」
「あの、」
「あと今日はちょっといいワイン奮発したんだ」
「至さん」
「え、なに?もしかしてごはん気に入らない?魚の方が良かった?けど魚料理はハードル高いんだよな…なんか買ってきたら良かったな」
「違くて…」
「どうしたの」
会話の中でなんとかヒントをつかめるかと思ったけど、無理だ。
これはもう思い切って白状するしかない。
「えっと…せっかくごちそう用意してくれたのにアレなんすけど、俺、今日がなんの記念日か分かんなくて、なにも用意できてなくて、すんません!」
「え?」
勢いよく頭を下げると至さんはパチパチと目を瞬かせた。
そして堪えきれないというように形の良い唇から笑いが漏れる。
「ふ、は、」
「至さん?」
「はは、あはははは……それで万里さっきからシュンとしてたんだ」
「本気で謝ってんのにひでえ」
「ごめんごめん」
ひー笑った、と目尻にたまった涙をぬぐう。ってかまだ笑ってっし。
「拗ねんなよ」
「拗ねてねーし」
「まぁまぁ。ほらこれ見て、万里」
「至さんの最推しキャラのSSRじゃん。引けたんすね」
そういえば今日からピックアップだったか。
絶対に引いてみせると至さんがりんごのカードをたくさん買い込んでいたのを覚えている。
「そそ、なんと無償単発できたんだよね。しかもそのあとの十連で神引き完凸」
「すげぇ、いつもクソドブなのに」
「うっせ。俺の黄金の指にひれ伏しな」
「へーへー良かったっすね」
「ってことでこれよ」
「は?」
「神引きのお祝い」
「あー、なんだ、それで。俺てっきり大事な記念日を忘れてんのかと思って…」
ごちそうの理由がようやく分かって一気に力が抜ける。
「焦ってる万里かわいかったよ」
「うるせー」
「ふはっ」
「でもそうだよなー、至さんが記念日覚えてるわけねえよな」
「えー、そんなことないよ」
「そうなんすか?」
「うん。十一月十五日とか、俺覚えてるよ」
「十一月十五日?」
なんだそれ。記憶力には自信ある方だけど、今度こそ覚えがない日にちだ。
「ふふん、分かんない?」
どんなに記憶をさかのぼってみてもわかんねえ。至さんとの記念日なんて特に忘れるはずがないのに。
「万里が初めて俺に告ってくれた日」
「え?」
「嬉しかったから覚えてる」
「はぁ?!あんとき至さんごめんねっつって秒でフッたじゃねーかよ」
「そうだったかな」
「けっこう凹んだんすけど」
「だって、いいよとか言うわけにいかないじゃん。お前まだ高校生だったし。やっぱ大人としてはさ」
「高校卒業したときも告ったけど無理っつった」
「未成年だったでしょ。それに俺も怖かったんだって。十代でこれからなんでもできて、いくらでも出会いがあるだろうお前が、いつか俺のこといらなくなるかもしれないって」
「至さん……」
「そのうち飽きてかわいい彼女でも紹介されるんだろうなーって思ってたのに」
「おい、」
「まさか五年もあきらめずにいるとは。驚くほどの粘着を見せたよね」
「粘着には定評があるからな」
「お前がしてくれた十回分の告白、ぜんぶ嬉しかったよ。日にちも言葉もシチュエーションも、ぜんぶ覚えてる」
「マジか…」
「てかさ、俺からすると万里といられるだけで嬉しいから、これといって特別な日なんてないわけ。なんなら毎日が記念日なんだよね」
「は…」
至さん、ここでそれはずりぃだろ。
クリスマスやバレンタインのイベントも、恋人同士の記念日も、特に興味も感心もないようなそぶりだったのに。
「なーに、キョトンとした顔してんの。かわい」
「かわいいのはアンタの方だっつーの」
ちゅ、と唇に触れて、少しだけひんやりとしたそれがだんだん熱くなっていくのに夢中になる。
「わ、ここで盛んな。ごちそう冷める」
「あとじゃダメ?ちゃんと温めなおすから」
いますぐ抱きたい。こんなかわいいこと言われて我慢できるわけがない。
お願い、と上目遣いに見やると、
「くっ…そかわいい。お前、俺がその顔に弱いって分かっててやってるだろ」
そう言いながら俺の背中に腕を回した至さんは、しょうがないなぁ、とキスをくれた。
好きな人と一緒にいることができて触れられる幸せ。
俺たちにとって、毎日が特別な一日。