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    HAMUflower66

    @HAMUflower66

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    スーパーウルトラポメモード
    犬嫌いのハニー(web再録)
    FULL BLOOM SEASON17発行。じゃぶさん、うきさん、はむのポメガバース合同誌第二弾の私の部分の再録です。ポメガバースの設定をお借りしています。獣化のため苦手な方はお気をつけください。かわいい表紙は漫画担当のうきさんが描いてくださいました!

    #万至
    millionTo
    #ポメガバース
    pomegaverse

    犬嫌いのハニー 俺、摂津万里。男子大学生。
     不本意ながら遺伝子上はポメガだ。

     ポメガとは、自分の意思に関係なく体がポメラニアンになってしまう人間の事。
     寂しかったり悲しかったり驚いたり、ポメになる引き金はさまざまだ。ポメになってしまえばどうなるのか。大抵の人は一旦ポメ化してしまえば自分で戻る術を持たない。戻る方法はただ一つ充分に愛情を与えてもらって満たされたと感じること。それゆえポメ化した人を見ると構って撫でて目いっぱい可愛がってやる、というのが一般的な解決方法だと言われている。
     感受性の強い日本人に特に多く、その数は二〇〇人から三〇〇人に一人とされているから統計的にもそんなに珍しい特性ではない。一学年に一人、二人はいる。
     かく言う俺もポメガなわけだが、遺伝子上とわざわざ特筆するには訳がある。
     なぜなら俺は物心ついてからというものポメ化した事がないからだ。
     いや、訂正しよう。なかった。
     親が言うには幼稚園くらいまではたまにポメ化していたが、小学校に上がってからはパッタリとなくなったらしい。何かのきっかけがあったのか、たまたま俺の特性が弱かったのかは分からないが、中には大人になる過程でポメ化しなくなる人もいるというからそんなもんか。それなら不便がなくていーや。ポメ化を解くためとはいえ誰かに撫で回されんのも嫌だしな、と思っていた。

     何をやっても標準以上にこなせることに羨望や賞賛の以外の感情を向けられているのに気付いたのはいつの頃からだろうか。
     小学校低学年までは「すごい、さすが万里」と言っていた奴らも学年が上がるにつれ「またあいつか」と嫉妬の目をむけるようになり、親も教師もいい成績が当たり前、と満点の答案に見向きもしなくなった。
     どんな事でもちょっとやればなんでもできる。学年が上がるにつれ周りとの温度差は顕著になり、上辺だけの付き合いも虚しくなって次第に荒れて喧嘩に明け暮れた。
     まぁ、濁さずに言ってしまうとグレていたわけだ。
     何をしても手応えがなくて、喧嘩で得た傷と殴った拳の痛みだけが生きていると実感させてくれた。
     そうして人生スーパーウルトライージーモードを豪語していた俺はムカつく奴に負けたくない一心でそいつを追って入った劇団で、さらに運命的な出会いを果たしたのだ。
     ポメのこと関係なくね?と思ったろ。それが大アリなんだな。何しろこの運命的な出会いで俺は自分がポメガなのだと、否応なく思い出すことになったのだから。

     今でこそ思うが入団したての頃の俺はそれこそ鼻持ちならないクソガキだった。
     ムカつく兵頭相手にだけじゃねぇ。周りにいるやつはみんな敵とばかりにトゲトゲした態度を取っていて、最終的に演劇にマジになったとはいえ、そんな俺を許して受け入れてくれた監督ちゃんを初めカンパニーのやつらには感謝してもしきれねぇ。言わねーけどな。
     そんなカンパニーの中でも特に特別な人がいる。
     茅ヶ崎至さん。
     俺の好きな人。
     入団したばかりで周囲の演劇に対する熱についていけず温度差を感じてカンパニーで居づらくなっていた頃、ずっと俺が追っていたゲームのランカーたるちが至さんだと偶然知った。
     こんな近くにトップランカーがいる偶然に驚いていると、お行儀のいいエリートリーマンの口から「粘着ウザい」なんて思ってもない罵声が飛び出したばかりか、共闘にまで誘われてさらにびっくりした。
     入寮時の顔合わせで当たり障りのない挨拶をした時の作られた笑顔は綺麗ではあったけど、そのルビー色の目には一定以上人を近付けさせない圧みたいなものがあって、絶対ぇ仲良くなれない人種だと思ったし、組も違うから近付く気もなかった。
     なのに俺がNEOと知るや、その圧もきれいサッパリ消え失せて、好戦的な光が目に浮かぶのをおもしれーと思ったのが全ての始まり。
     一緒にゲームをしているうちに至さんの内面を知るにつけ、好きにならずにいられなかった。
     一見俺と似た人種かと思った至さんは頑張ってるとこを見せたがらないけど努力を知っている人だ。仕事と演劇を両立させるばかりかゲームも手を抜かずトップを走る。体力ないなんて言うけど嘘だろ。それか精神力がすごいのか。変わることを嫌う繊細な部分もあるのに周囲の変化には寛容で、特に年下のやつらには積極的に世話をやくことはしなくても頼られれば多少無理をしてでも応える。
     至さんが最初に俺をゲームに誘ったのはNEOと共闘することが目的だったのかもしれないけど、その後もずっと『何人たりとも入室禁止』の至さんの城に俺を入れてくれたのは、秋組で居場所を作りかねていた俺への配慮だったんだと気付いた時にはもうすでに落ちていたのだと思う。

     堪え性のない俺は速攻告白して、当たり前だが断られた。それでも諦められなくて、好きだ付き合ってほしいと何度も何度も言い続け、しつこく粘って至さんを困らせて、ようやく思いを受け入れてくれた時、何があっても絶対にこの人を大事にしよう、と思った。
     演劇とも喧嘩とも違う俺を高揚させる、甘くて少しだけ苦い感情。こんな気持ちは初めてで。これが世に言う初恋だと知った。
     ——初恋。
     まさかそれが俺のポメガの特性を呼び覚ますことになろうとは……。

     
     それは至さんとしばらく会えないでいた時の話だ。
     ずっと残業続きで俺が起きる頃にはすでに出勤して、日が変わってから帰ってくるから顔を合わせることもない。
     オンラインですらゲームも一緒にできなくて。ぶっちゃけて言うとその時俺は寂しかったのだ。

     寝転んでブラウォーの画面を見てもたるちは今回のランカーに名を連ねていない。
     もともと忙しくなるから今回のイベは走らないというのは聞いていたけど、ランキングにたるちがいないことが会えない寂しさに拍車をかける。
    「会いてーな」
     ポツリと呟いた言葉が自分の声とは思えないくらい弱く響いて、その時ふいに目の奥にズキンと痛みが走った。同時にキーーンッと直接脳内に響くような耳鳴りに一瞬目がくらむ。
    「えっ……痛って、なんだこれ、やべ……」
     脳震盪ともまた違う。知らない感覚にぎゅっと目を閉じる。
     何かの病気か。今の今までなんともなかったのに。目を閉じていても視界がぐるぐると回るのが怖い。
    「至さんっ」
     怖くて怖くて思わず至さんの名前を声に出して呼んだ。
     その瞬間、回っていた世界は元に戻って頭痛と耳鳴りも治った。
     なんだったんだ、あれ……
     恐る恐る開けた目を開ける。と、まず俺の視界に映ったものはカフェブラウンの艶やかな毛に覆われた小さな犬の脚だった。

     犬?犬なんていたっけ?この部屋に。
     ……、いるわけねーだろ。
     だって至さんは犬が嫌いだ。
     いや、嫌いっつったら語弊があるな。
     かわいい子犬の動画なんかは疲れた時とかむしろ好んで見てるし、犬を育てるゆるゲーもするから全くダメというわけではないらしい。
     だけど一緒に外を歩いてる時、犬を見かけるとさりげなく距離を取ったり、リアルな犬の鳴き声にビクッと体を震わせるのを見て、気になって「犬嫌いなんすか?」と聞いてみたことがある。
    「嫌いじゃないよ。むしろ好きだったんだけど、昔ポメラニアンに噛まれたことがあってさ。ちっさいポメの戯れた甘噛みだったんだけど、俺も小学校入りたてくらいの頃だったから怖かったんだよな。怪我もないのに大泣きしてさ。それ以来触れないし近付くのもちょっと苦手かな。こんなのカッコ悪いからみんなには内緒な?」
    と困ったように眉を下げる至さん。
     どこのポメだ、至さんに噛みつくなんて許せねー、という怒りと至さんが秘密を共有してくれたという嬉しい気持ちが同時に押し寄せてきて複雑な気分だった。

     それはともかく、そんな至さんの部屋に犬がいるわけねーじゃねぇか。
     しかもこの犬、俺の思った通りに動きやがる。
     右、左、右、右……手を動かしてみると、やっぱりだ。
     まさかとは思うがもしかして、この犬って、俺か?
     視線を窓ガラスにやると、とうに暗くなった夜の鏡に映るのはカフェブラウンの小さなポメラニアン。
     青紫色の目、長めの前毛、体の割に大きめな耳には見覚えのあるピアス。
     ピアスつけてる犬なんて見たことねーわ。これマジで俺だわ。
    『なんでどうして』の疑問はすぐに解けた。
     あぁ、そういや俺ってポメガだったっけ……。

     あの後、至さんから『もうすぐ帰る』とLIMEがきてあっさり戻ってホッとした。
     寂しすぎたらポメになるって本当だったんだな。
     至さんに会えると思ったらすぐ人に戻るなんて、己の単純さに苦笑するしかない。ってか、のんきに笑ってる場合じゃねー。
     犬嫌いの至さんにこんなこと絶対に知られてはいけない。
     恋人に秘密を持つのは本意じゃねーけど、これはトップ中のトップシークレットだ。


     それからというもの俺は細心の注意を払ってきた。
     あれからポメ化することが数回あったが、部屋で一人の時ばかりだから寮内の誰にもバレてねーのは幸いだ。
     そして俺はポメになってもなぜか意識は人の時のまま。たいていのポメガはポメの方に意識が引っ張られて記憶は曖昧になると聞くが、俺は人の時のこともポメになってる時のことも全部覚えている。ごくまれにそんなポメガもいると調べてみて知った。

     どうやら俺のポメ化スイッチは至さんが握っているらしい。なぜなら俺がポメになるのは決まって至さんに会えない時だからだ。
     人に戻す鍵もあの人が持っていて、至さんの声が聞こえたりLIMEがあるとあっさり戻る。
     だから会えなくて寂しいと思うことがないように、空いた時間を見つけては至さんと過ごすようにした。
     忙しい時はLIMEかゲームのチャットで連絡を取り合って。ポメ化しないため、とは言っても俺は普通に至さんと一緒にいたいから全く問題ない。むしろそれで防げるなら一石二鳥だ。ベタベタして嫌がられるかと思ったけど、至さんは意外と甘えたで恋人とはイチャイチャしたいタイプらしい、という事を知れたのは嬉しい誤算だった。

     ところがそんな俺のポメ化を避ける努力も虚しく、至さんの一週間の海外出張が決まった。
     まぁ、一週間くらいなら大丈夫か。国外とはいえアジア圏。時差もそんなにないし、連絡は取れるはず。
     今までも至さんの繁忙期や俺のバイトが立て込んでる時なんかもっと会えない期間が長かったんだから、これくらい平気だろう。と軽く考えていた。
     だがしかし、その考えは甘かったと後になって分かる。

     時差を気にするどころか出張先では相当忙しいらしく、至さんにLIMEを送っても返事がこない。それどころか既読にすらならない。しかも帰国予定日を過ぎても帰らない。
     最初は一週間の予定だった出張が相手先の都合で延びた。最悪一ヶ月にるかも……とは至さんから連絡を受けた監督ちゃんから聞いた話だ。
     俺の方にはなんの連絡もない。ブラウォーすらログインするのが精一杯らしく、今のイベントではたるちのランクはずっと下のままだ。
     そんなの勝っても嬉しくねーし、当然俺のやる気も急降下。
     そりゃな、急に出張の期間が延びるくらいだ。忙しいんだとは思うけど、俺の送ったLIMEにも返信できないのに監督ちゃんにはきっちり送ってるとか、正直面白くない。
     いや待て、予定の変更を監督ちゃんに報告すんのは当たり前だろ。冷静考えればそう思うのに今の俺は至さん不足が極まってまともな判断できてねーな。やべぇ自覚はある。


     預かっていた一〇三号室の鍵を回す。
     カチャ、と思いの外大きく音が響いたのは、いつもなら聞こえるはずのゲーム音楽や操作する音、声、パソコンのタイプ音、何より「ばーんり」と俺を呼ぶいたるさんの声が聞こえないからだ。

     床に掃除機をかけて、ソファーに置いてあるピンクの丸いキャラのクッションを外に干してからコロコロで埃を取った。いつ至さんが帰ってきてもいいように暇を見つけては掃除しているのだが、本人がいないから当然散らからない汚れない。
     至さんは片付けが下手だ。だけど散らかってると思っても、いつも至さんなりに規則性を持って置いてるようで、本人的には片付けてるんだよな。ただ物が多すぎるから千景さんのスペースに侵食してしまうだけで。取捨選択が不得手なのかと思えばそれも違う。無限に増えていくゲームもフィギュアも本も至さんにとってはどれも大事な物だから捨てられないのだ。それは演劇もゲームも仕事も全て等しく大切にしている至さんのようで、実は俺は好ましく思っていた。
     片付けても片付けても無限に散らかっていた部屋は、今は俺が整えた形のままで。楽なはずなのに、寂しい。

     シン、と隣の部屋の物音や廊下の声さえ聞こえてきそうなほどの静寂。
     チカチカと眩しい光もなく、部屋の空気がひんやりとしているのはゲーム機器がついていないからだ。
     干していたクッションを取り込んでボフンと顔を埋めると、暖かい太陽の匂いがする。
     いい匂いだけど至さんの匂いが薄くなってて寂しさに拍車をかけた。
     そんなに忙しいってちゃんと飯食ってんのかな。あの人忙しすぎると目が冴えるたちだからよく眠れてないかもしれない。千景さんも一緒だから大丈夫だとは思うけど。
     いつ帰ってくんだよ。もう二週間過ぎたぜ。俺に連絡できねーくらい、まだ忙しい?
     慣れない環境できっとめちゃくちゃ疲れてるだろうから、帰ってきたらくたびれたスーツを脱がしてやって、全自動至さんを風呂に入れる機になろう。
     綴や幸に甘やかしすぎだとか言われてもいい。

     部屋を整えながら、ゲームのモニターの前にずいぶん長い間触ってない気がする二つ並んだ赤と青のコントローラーを見ていると、グラリと視界が揺れた。次の瞬間目の奥に覚えのある痛みが走る。
     目眩とひどい耳鳴りの中で、至さんと連絡が取れない今どうやって人戻ろうか、なんて他人ごとのように考えているうちにうつらうつらと眠気がやってきた。
     ポメ化って体が変わるから地味に体力奪われんだよな。
     しょうがねぇ。至さんの部屋には誰も入って来ねーし、このまま寝てからどうするか考えるか。と眠気に身を任せようとした時だった。ドアの外から待ち焦がれていた人の声が聞こえたのは。
     え?なんで?何の知らせもなかったじゃねーか。帰ってきたのは嬉しいけどよりにもよって今かよ。
     今の俺はポメだ。この格好のままじゃ会うのはまずい。
     急いで服をソファーの下に押し込んで、音を立てずにそろりと影に隠れたと同時に部屋のドアが開いた。

    「ただーいまー、あー疲れた」
     やっぱり至さんだ。
     疲れた顔をして荷物を置くのもそこそこに上着を着たままソファーにダイブする。
    「茅ヶ崎、帰ってきた服のまま寝っ転がるな」
    「疲れてもう指一本動かしたくないです」
     あぁ、俺がポメになんてなってなけりゃ上着脱がして着替え手伝ってやれるのに。
     何もできないちっせえ脚がうらめしくて肉球をじっと見つめているとキィンと高い音が聞こえて目の前が揺れる感覚。
     まずい。これは人に戻るときの感じだ。
     至さんが帰ってきたからって速攻ポメ化解けるとか、どんだけ単純なんだよ。
     だけど今は人に戻るわけにはいかない。こんなとこで戻ったら俺がポメだってバレる。

     コソコソ隠れてる俺に気づかず至さんと千景さんの会話が続く。
     仕事の話や不在にしてた間のカンパニーのこと。春組のこと。
     盗み聞きしてるみたいで悪ぃなと、できるだけ聞かないようにしていたのに「そういえば万里は、」と千景さんから突然俺の名前が出て思わず聞き耳を立ててしまった。
    「万里には今日帰るって連絡してるの?」
    「え?してませんけど。どうしてそんなこと言うんですか?」
    「いや、真っ先にここに来そうなものなのに姿が見えないと思ってね」
    「知らせてないですから。出張中は万里のLIME見てもなかったし」
    「それはまたなんで?」
    「会えないのにメッセージなんか見ちゃったら仕事全部ほったらかして帰りたくなっちゃうじゃないですか。だから万里断ちしてたんです」
    「万里断ち、ね。まぁ連絡とれたとしてもゆっくり話しする時間もなかっただろうしな」
    「そうですよ。忙しすぎ。疲れました。あー、やっと万里に会える。そうだ。LIMEしよ」
     連絡なかったのってそういう事かよ。至さんのことちょっと薄情者だとか思ってごめんな……なんてのん気なこと考えてる場合じゃなかった。
     ソファーの下の俺のスマホがピロンッと軽快な音を立てる。やべぇ。
     そこに隠したからな。当たり前だ。

    「あれ?この部屋から音聞こえませんでした?」
    「聞こえた……って言うか、茅ヶ崎。カンパニーで犬飼うことになったとか聞いてる?」
     まずい。こっそり移動しようとしたのに千景さんとバッチリ目が合っちまった。
    「聞いてませんよ。もし飼うにしてもこの部屋には入れないでしょ。千景さん動物嫌いって言ってるんですから」
    「だよなぁ。だけどいるんだよ」
     逃げようとしたのに、ひょい、と千景さんに無造作に持ち上げられた。やめろ。
    「え?ポメ?」
     至さんはびくっと一瞬体を震わせて俺を見る。
     ごめん。至さん怖がらせて。噛んだりしねーから、そんなに怯えないで。
     できるだけ至さんと距離を取るべく移動しようとジタバタしていると、千景さんが俺の目をジッと覗き込んだ。
    「青紫の目って珍しいな。もしかしてこの犬……」
    勘のいい人だ。このままじゃ千景さんにバレちまう。
    「きゃうっ!」
    「いっ……」
     俺は千景さんの手に痛くない程度に歯を立てると、一瞬怯んだその隙に開いていたドアの隙間から逃げ出した。


     走って走って全力で逃げる。
     なんでって、絶対追っかけてこねーと思ってた至さんがなぜか俺を追いかけてくるからだ。
     来るなよ。疲れてんだろ?足元危ういじゃねーか。転ぶぞ。
     ちゃんと戻ったら万里の姿で会いに行くから。
     とりあえず撒こうと塀に飛び乗って公園までの最短距離を走る。さらにでっかい木の上に登ってようやく一息ついた。
     なのに、遠くに聞こえていた足音が近くなってきたかと思うと公園の中に入ってくる気配。
    「おーい、怖くないから出ておいで」
     優しく俺を呼ぶ声がする。
     怖がってたのはあんただろ?震えてたくせになんで追いかけてくるんだよ。
     このままじゃ見つかっちまう。隠れないと。
     もっと上まで登ろうとして踏み出した脚が木の枝を揺すって音を立てた。しまった!
     それを聞いて、駆け寄る足音が俺の隠れている木の下で止まった。

    「やっと見つけた」
     ぜはぜはと息を切らせて俺を見上げる。
    「きゃうん」
     至さんって言いたいのに犬の鳴き声しか出ねー。
    「ばんり?」
    「きゅーん(なんで分かったんすか)」
    「なんとなく?万里のような気がしただけ」
    「くうん…(至さんにだけは知られたくなかったのに)」
    「ごめん。もしかして俺が怖がると思って隠してた?」
    「きゃんきゃん!(謝んなよ。俺が勝手に言わなかっただけだ)」
    「ん、ありがと。でも、不思議だな。あんなに犬が怖かったはずのに、ばんりは怖くない気がする」
    「わん?(マジで?)」
    「うん。大丈夫。おいで、ばんり」
    「きゃうん!」
     思い切って至さんの広げた両腕に飛びこむ。
    「わっ!」
     受け止めきれなくてよろける至さん。それでも俺を抱っこする腕はそのままで。
    「きゅーーん(わりー)」
    「へーきへーき」
    「きゅわん、きゅわん?(至さんホントに俺のこと怖くねーの?)」
    「大丈夫だって。……ほら、やっぱりポメでも万里は怖くない。ってか、怖くないどころかむしろ可愛いわ。ポメばんり可愛い。きっとばんりが特別だからだ」
    「わうわう!(かわいいっつーな!)」
     かわいいは不本意だが『特別』という言葉に思わず舞い上がってしまう。
     しかも機嫌よく俺をもふもふ撫でる至さんはにこにこしていてかわいい。
    「ふさふさ〜」
    「わぅ…(ったく)きゃん?」
     せっかく至さんが嬉しそうだからしばらくこのままでいいか、と思った時、一瞬の目眩と耳鳴り。そしてぐるぐると世界が回る。すでにお馴染みになってしまった感覚。
     これは、あれだ。
    「ばんり?」
    「わん!わんわん(至さんやべー、人に戻りそう)」
    「え?まじか。万里の服持って来てないよ」
     そりゃそうだよな。だけど困る。公園で全裸なんて通報もんだろ。
    「わん!(走って!)」
    「えー、早くは走れないんだけど」
     至さんはぶつぶつ文句言いながらも俺をしっかり抱いて走ってくれる。
     手が震えてる様子も無理してるそぶりもない。
     それはさっきの『特別』を証明しているようで、めちゃくちゃ嬉しい。
     俺だから苦手な犬も平気ってことだろ?そんなの愛じゃなければなんなんだ。俺も好き。
     至さんへの隠し事がなくなってホッとして、ふわふわと幸せな気分が加速するとすぐにも戻りそうになるから、慌てて気を引き締めた。
     ちっせえポメの脚では叶わないから、万里に戻ったら真っ先に至さんを抱きしめたい。今すぐにでも。
     至さんの思いを知ることができて、俺は初めて自分がポメガで良かったと思った。


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    HAMUflower66

    DONE同棲万至。
    ドラマで万里のラブシーンが放送された日の話。
    ほんとうのキス からだの芯まで凍りつきそうな深夜。
     俺は汗をかきながら、家まで二駅の距離をひたすら走っていた。

     客演先の劇団の舞台稽古が長引いて、そのあとああでもないこうでもないと言い合っていると、気がつけば日付けをまたいでいた。
     しまった。
     もちろん終電は逃している。
     みんな演技への熱があるがゆえ、こんなことはしょっちゅうだし、演者とスタッフたちはこの後飲みに行くと言っていて、普段なら俺も飲み会に参加して始発を待つのだが、それよりも今日は一刻も早く帰りたい理由があった。

     今夜は俺が出るドラマの放映日なのだ。
     観てないかもしれない。けど観てるだろうなという確信がある。
     至さんは俺の仕事に無関心なように見えて、実はつぶさにチェックしてくれてるらしい。というのはたまたま掃除中に落ちてきたせいで見てしまったスクラップブックで知った。およそきれいとは言い難い至さんの字で【国宝】とタイトルが書かれたスクラップブックの中身はすべて俺が載った雑誌の切り抜きで、カラーだけじゃなく白黒の写真も、文字だけのごくごく小さなインタビュー記事まで、マスキングテープで丁寧に貼られていた。これだけ集めるとなるとけっこうな労力と金額になるはずだ。ゲームが一番でゲームの課金のために働いてると豪語してるのに、俺に隠れて俺の写真をこそこそコレクションする至さんかわいすぎる。
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