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    did_97

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    did_97

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    セキツバ♀(先天性)の話

     セキは今日だけで何度目になるのか分からない溜息をつく。長になって以来、否、ある意味ではこの世に生を受けて以来の難問に行き当たってしまった。
     胡座をかいた腿の上に片肘をつき、手の甲に頬を乗せる。集落の中では薄々気づいていた者もいるようだが、セキとしてはあまりにも唐突であった。まさかこれまでずっと弟として接してきていたツバキが、自身と異なる性別――――つまりは女性であるとは微塵にも思っていなかった。
     引っ込み思案であった頃からセキにだけは懐いていて、たとえ切り立った崖だろうと、普通に歩くのが困難な沼地だろうと、構わずついてきていた。自分では戦力にならないと分かっていながら、一日でも早く敬愛するアニキに追いつこうとしていたし、セキの方もそれを喜んでいた。
     加えて風呂も、昔は一緒に入っていた。ある時期から別々に入るようになったが、彼も――――彼女も自立したいのかと勝手に解釈して片付けていた。それがまさか、性差によるものだとは。
     確かに容貌は中性的ではあるが、声が女性にしては低く、毎日セキと共に日が落ちるまで駆け回っていたために、すっかり男だと信じ込んでいた。女だと気づいたのは、つい先日のことだ。

     野暮用があって早朝からツバキの天幕を訪れると、扉を開いた直後に久しく見ていなかったツバキの裸身が目に入った。寝間着からコンゴウの衣に着替ている最中だったらしい。セキを上回る長身、すらりと伸びた肢体、そして明らかに同性ではありえない乳房が胸部にあったのだ。
     驚愕のあまり、セキは要件も忘れて立ち尽くしてしまった。一方でセキの来宅に気づいたツバキは、板張りの床に脱ぎ落としていた寝間着で胸から股間までを覆う。その仕草は、まさに年頃の女性であった。全身を駆け巡る血が、一気に沸騰したような感覚がする。胸を突き破りそうな程に激しく脈打つ心臓を押さえ、セキは急いで踵を返した。
    「あ、アニキ?こんな時間からどうし……」
    「わりぃ……出直してくる」
     ツバキの問いを遮り、セキは足早に天幕を出て扉を強く閉める。少しでも平静を取り戻そうとして、集落から少し行った先にある川で顔を洗うも、火照りが抜けない。動悸が止まらないのは、女性の裸体に対する免疫が無かったせいか。それとも弟と信じていた者の真実を突きつけられた衝撃か。己でも判然としない感情に周章狼狽している。
     幼い頃から見てきたツバキと先刻の一糸纏わぬ姿が繰り返し頭に浮かんでくる。今まで思っていた性別と違っていただけだ。共に過ごしてきた時が無かったことになるわけではない。それなのに、どうしてこんなに動揺しているのだ。
    「アニキ……その、ごめんよう……」
     コンゴウの衣に着替え終わったツバキが、いつの間にかセキの後ろに立っていた。おそらくすぐに追ってきたのだろう。普段丁寧に櫛を入れている髪が少々乱れていて、頭巾も被っていなかった。
     セキは顔をあげてツバキを凝視する。昨日まで気を許せる弟分だったはずなのに、まるで別人のように見える。これしきの事で、見方が変わってしまうなんて。
    「なんでおめえが謝るんだよ……謝んのはオレの方だろ」
     ツバキから意図的に目を逸らし、頭を押さえて息をつく。知らなかったこととはいえ、裸を見てしまったのだ。ツバキの方もさぞ狼狽えただろう。
    「ううん。少し驚いたけど……嫌では、なかったからね」
     それより、とツバキはセキの隣に腰を下ろす。仄かにいい香りが漂っていた。つける香油にこだわりを持っているのは知っていたが、今日まであまりその匂いを意識していなかった。
     ツバキは静かに、性別を隠していたのは事実だと話し始める。セキが弟分として信頼を置いているのは知っていたし、期待を裏切らないようにしようと男を演じ、ヨネ達にも口止めをしていた。ところが年月を経るごとに、ツバキの意に反して体は女らしくなっていく。乳房はサラシで無理矢理に潰していたが、誤魔化し続けるのも限界を迎えつつあった。しかし騙していたと受け取られるのが怖くて、今まで事実を明かせずにいたのだ。
    「悪かったな。おめえにそんな気ぃ遣わせちまってよ……」
     やはり己は長として未熟だ。セキは自嘲の笑みを浮かべる。すぐ近くにいる存在の懊悩さえ気づいてやれなかったのだ。本当は何も言わずとも察してやるべきだったのに。
    「アニキがそんな風に思う必要ないだろ。悪いのは……全部隠していたツバキなのだから……!」
     ツバキは不意にセキとの距離を詰め、顔を近づける。何をするつもりなのか、と疑問をぶつける暇さえなく、彼女の柔らかな唇がセキのそれと重なった。
    「ツバキは……アニキと未来永劫の時を過ごしたいと思ってる。今までも、これからも――――」
     頬を染め、胸に手をあてて、ツバキは真摯な眼差しを向けてくる。未来永劫の時を過ごす。それはコンゴウの者が、将来を共にしたい人間のみに伝える文句だ。コンゴウ団への帰属意識が人一倍強いツバキが知らないはずがない。知っていてセキに告白したのだ。

     時を大切にするならば即断せねばならない場面だったのに、結局返事を保留にしてしまい、今に至っている。ツバキの事は好きだ。しかし彼女が向けている感情とセキが抱いている感情は似て非なるものなのだろう。果たして己がツバキに対して想う心の中に、彼女との共通点はあるのだろうか。それを明確にするために、しばしの時間を要した。
     ツバキは性別を誤魔化していた間もセキを恋慕し続けていたのだろうが、セキの方はそもそもツバキが女性であることを知らなかったために、時の隔たりが生じている。そのため寸暇を惜しんで熟考していたが、ようやく結論が出た。これ以上は最早時間の無駄というものだ。
    「……よし!」
     セキは強く自身の腿を叩く。同じ天幕にいたヨネとツバキが此方を向いていた。
    「ツバキ、結婚すっか!」
     セキが豪快に告げると、ツバキは突然のことに硬直し、ヨネは前のめりに倒れかける。
    「あ、あんた……そういうことはもうちょっと段階を踏んでから……!」
    「アニキ!!」
     ヨネの言葉を遮り、喜色を満面に浮かべたツバキは、まるでポケモンがたいあたりをするかのような勢いでセキに抱き付いてくる。最も隠したかった人物に本来の性が知られたために、今日はサラシをつけていない。密着すると豊かな胸の感触が直接的に伝わってきた。
    「本当?!本当にツバキと結婚してくれるのかい?!」
    「あ、あたりめーだろ……!コンゴウ団のリーダーが、一度言ったことを覆すかよ!」
     迂闊だったが、結婚するとなると毎日この蠱惑的な肉体にくっつかれるのだ。否、それだけでななく世継ぎを作るために、一線を越えなければならない。
     男として理性を保っていられるのだろうか。そんなセキの心境など知る由もなく、ツバキはヨネの眼前にも関わらず、セキを床に倒して口付けてくる。ヨネは肩を竦め“色気も何もない決定だけど、あんたららしいかもね”と呆れていた。
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