「お前、吸血鬼なんだろ」
「なぜそれを…というかお前は一体…」
「オーエン。そう呼んで。ねぇ、お前はなんで血を吸わないの」
「それは…」
「まだ誰のも飲んだことないんだろ?ははは、吸血鬼なのに馬鹿みたいそんなんじゃ力、出ないんじゃないの。」
「でも、これが俺の決めた生き方なんだ」
「痩せ我慢するなよ」
「お前…何がしたい?」
「ふふ…ほら。」
オーエンは首元をぐいっと広げた。白い肌が顕になる。
「血、飲めばいいだろ」
「なっ…」
「ほらぁ、騎士様。あ、吸血鬼様今まで頑張って人間社会に馴染んできたみたいだけど…もう限界だろねえ、ほら…君の餌はここにあるよ」
「やめてくれ、人を傷つけたくはない…」
「傷つけるこれは食事だろ。」
どくどくとカインの心臓が大きく脈打つ。
食欲という、生き物に当たり前に備わった欲求がじわじわ脳を支配する。
「そんなダラダラよだれを垂らすなよ…みっともないな。でも、滑稽でおもしろい。もう我慢できないんじゃない?さぁ、のめよ。」
「お前…」
「何年我慢してきたか思い出してみなよ。ほら、早く吸いたいでしょ?」
オーエンはさらに首元を広げた。
「できないの?はは、赤ちゃんみたい。手伝ってやるよ。」
そう言うとオーエンは無理やりカインの頭を掴み、ロの部分を自分の首元に押し当てた。
ごきゅっとカインの喉が鳴る。
「…後悔しても遅いからな.…っ」
本能のままに食事にありつこうとするカインの吸血鬼としての姿。それを見たオーエンは満足そうに笑った。
「いただきますくらいいいなよ、騎士様。」
カインの鋭い牙がオーエンの白い肌を赤く染めていく。
「…っ」
流石にオーエンも痛みを感じたようで顔を歪める。 けれども、その顔に浮かぶのは愉悦だ。
「ねえ、騎士様。初めての食事はどう?」
「っは……血って…こんなに…甘いのか…」
「は?鉄の味とかじゃないの?」
「わからない…お前の血しか飲んだことがないから…」
「そう…僕の血しか…はは…そっか。」
オーエンは心なしか嬉しそうな表情になる。
「ねえ、カイン。」
急に名前を呼ばれてカインははっとする。取り返しのつかないことをしてしまったという、後悔の念が襲ってくる。それと同時に、今までに感じたことのない幸福感、高揚感も湧き上がってくる。そんな未知の感覚にカインは少しの恐怖を覚えた。
恐る恐る顔を上げる。カインの口から溢れた血が、オーエンの服を、そしてカインの服までも赤く染めていく。
まるで薔薇が咲いたようだった。
「お前、この人間社会で生きていきたいんだろ。」
「でも、もう俺は、戻れない…」
「……。」
「血の味を、知ってしまった…」
その言葉を待っていたように、オーエンはニヤリと笑うとこう言った。
「僕の血だけ吸えばいい。」
カインは、オーエンが何を言っているのか理解できなかった。不思議な高揚感に支配された心が、正常な脳の稼働を邪魔する。
「他のやつの血は吸わなければいい。」
オーエンの声は、子供に優しく物を教えるような、そんな優しい声だった。
その声色に、カインも少しずつ落ち着きを取り戻す。
「そうしたら、お前だけが苦しむことに…」
「苦しむ?僕が苦しんでるように見える?」
カインの目の前にあるのは、甘ったるい優しさと怪しさを含んだ微笑だ。
「……見えないな。そういう趣味があるのか?」
「雰囲気とか考えろよ…」
オーエンはため息をついた。そして、その陶器のような白い手で、カインの頼に触れる。
「騎士様。僕の血だけを吸って。」
それは提案というより、お願いだった。カインにとっては誘惑と等しいが。
「...…いいのか。本当に…」
「まだ騎士でいたいんだろ。その代わり、僕の以外は吸うなよ。そしたらお前はハンターに殺されるだろう。だから…食事は僕 に会うまで我慢しろ。」
「次は、いつ会えるんだ…?」
カインの口からは自然にその言葉が出ていた。
まるで恋人が逢瀬の約束をするみたいだ。
「なに?もう味をしめたの?単純だね、騎士様。」
オーエンは、怪しい笑みを含んだままの唇を、そっとカインの耳元に近づける。
「夜、僕の家に来て。ご馳走してあげる。」
そう囁くと、オーエンは急に倒れた。
「…オーエン」
オーエンの顔は青白くなっていた。おそらく貧血だろう。
対照的に彼の首元には赤い花が咲いている。
「お前は…なんで俺に」
カインはオーエンに聞きたいことがたくさんあった。
なぜここに来たんだ
なぜ俺を知っていたんだ
どうしてその血を差し出したんだ
どうして俺にそこまで尽くしてくれるんだ
カインはふと思い出す。つい先程の出来事が遠い昔のように感じられる。オーエンの血は甘かった。 もしかしたら、他の同胞たちも彼の血を狙いに来るかもしれない。
(俺が、こいつを守ってやらないと…)
初対面の相手を、それも自分から血を差し出すような頭のおかしいやつを守るなんておかしい。そんなのはわかってる。
でも、もうオーエンとは切っても切れない縁で結ばれてしまった。
因縁ができた、とでもいうのだろうか。
他の吸血鬼に狙われないようにするにはどうしたらいいのか、カインは考えた。
吸血鬼の苦手なものを持たせれば、自分も近づけなくなってしまう。
(どうすれば…)
改めてオーエンのかおをみつめる。彼は人形のような美しい造形をしていた。
(よく見ると、締麗な顔をしている…体は…ああ、こんなに細い…折れてしまうんじゃないか...?あんなに血を吸わせて大丈夫だったのか…?)
カインの中で守らなければという思いがどんどん強くなっていく。
もしかしたら、これはオーエンの策略だったのかもしれない。カインはそれにまんまとはまってしまったわけだ。
悩んだ末、思いついた彼を守る方法。
今できそうな、簡易的な方法。
これ以外に思いつかなかったのだ。
(なんか動物みたいになってしまうが…)
カインは自分の上着をオーエンに着せる。こうすれ ば、オーエンからはカインの匂いがするはずだ。
(同胞なら、俺の気配がわかる、ということに階けよう。)
ああ、どうか、オーエンが他の吸血鬼に襲われないように。
俺の印をつけておこう。俺のものだという印を。
(っ…俺のものってなんだ…血を飲むと思考までおかしくなるのか…)
カインは頭を振って思考を散らす。
「はは、何やってるの騎士様。」
気がつくとオーエンは目を覚ましていた。そして彼は自分にかけられた上着に気づく。
「…ふふ、騎士様の匂いがする。」
その顔には、さっきまでとは打って変わって純粋な微笑みが浮かんでいた。
「あったかい…」
オーエンはきゅっと上着を握り閉めてカインの方を向く。その顔にはもう先程のような微笑みは浮かんでいなかった。一瞬で、ガラリと雰囲気が変わっている。
そして、意地悪そうに笑いながらカインに言った。
「もう戻れないね、騎士様。」