あるところに、超皮肉屋・超毒舌の自称悪い子、オーエンがいました。そしてオーエンは、とても長寿な双子、スノウとホワイトにこき使われていたのです。
「これ、オーエンちゃん!掃除してって言ったでしょ〜?」
「オーエンちゃん、我チュロス食べた〜い♡」
双子は次から次へと注文をしてきます。彼らの弟子が逃げたのも納得でした。
「うるさいな、自分でやればいいだろ…。チッ、フィガロのやつ逃げやがって…」
かといって言うことを聞かないとつら〜いお仕置きが待っているので、オーエンは渋々双子に付き合っていました。悪いことをすると、双子の弟子の1人であるオズに雷を落とされるのです。
ある日、オーエンが適当に掃除をしていると、双子がきゃっきゃっと笑いながら駆け寄ってきました。オーエンは心底気味悪がりました。
「今度は何?」
「オーエンちゃん!我らアーサーの城の武闘会を見にいくことになってのう。」
「そうそう!オズに無理矢理おねが…ごほんっ。オズが気を利かせてくれてな。」
「オーエンちゃんもみに行きたい〜?武闘会。」
「そんなの微塵も興味ないね。そこらへんのやつよりも僕の方が強い。」
オーエンがそう答えると、双子はにやにやしながら言いました。
「そっか〜…武闘会にはあのアーサー専属の騎士、カインも出場するらしいのだが…」
「興味ないならいっか〜!」
「は、騎士様も参加するの?聞いてないんだけど。」
カインは、オーエンの恋人の騎士様です。オーエンは思いました。騎士様はまだ赤ちゃんなんだから武闘会なんかに出ても野垂れ死にするだけだと。
「おい、僕も連れて行けよ。」
「え〜っ。だってオーエンちゃんは興味ないんだもんね?」
「ということで我らだけで行っちゃうね〜!おーい、ミスラちゃん!」
双子がその名を呼ぶと、赤髪の男があくびをしながら現れました。
「はぁ、うるさい。今回だけですからね。<アルシム>」
短い呪文を唱えると、空間の扉が開きました。その扉の先を見ると、アーサーの城が見えます。
「じゃ、オーエンちゃんはお掃除よろしくね〜!」
「埃が残ってたらオズに雷頼むからね〜!」
そう言って双子は扉の向こうへ姿を消しました。
「はぁ、ほんっとうに最悪。あいつら結界まで張りやがって…」
オーエンはイライラして、手に持っていたモップの柄を思わず折ってしまいました。しかし、その拍子に手を怪我してしまったのです。
「うわ…」
オーエンが水洗いだけで処置を済まそうとすると、突然目の前に紫の目をした魔法使いが現れました。
「ダメだよオーエン!薬を塗らないと…」
「は?お前誰?いい迷惑なんだけど」
そんなオーエンの言葉に怯みもせず、その魔法使いはにっこり笑って言いました。
「俺はクロエだよ。オーエンを武闘会に招待しにきたんだ。」
「武闘会に?」
「うん!それじゃあ早速…<スイスピシーボ・ヴォイティンゴーク>!」
魔法使いが呪文を唱えると、オーエンの服がたちまち上等なものに変わってゆきます。手の怪我も治っていました。
「…これ、お前が作ったの?」
「えっ?う、うん…そうだけど…気に入らなかった…?」
魔法使いは心配そうにオーエンの顔を覗き込みます。おろおろしている彼をみて、オーエンは楽しい気分になりました。
「はは、何焦ってるの?…まぁいいんじゃない、この服。」
満更でもない顔をしながら、オーエンはその場で一回転して見せました。そして、魔法使いに尋ねます。
「で、武闘会に連れて行ってくれるんだろ。さっさとしなよ。」
「……」
「クロエ?」
「あっ、ごめんごめん!オーエンがかっこよくてつい見惚れちゃった。今連れていくね!」
そう言ってクロエがどこからともなく鹿のステーキを取り出すと、先ほど双子に呼ばれていた赤髪の魔法使いが再び姿を現しました。
「ここの連中は人使いが粗いですね。まぁ、今回は肉に免じて許してあげます。」
赤髪の魔法使いはあっという間にステーキを平らげると、呪文を唱えました。
「<アルシム>」
すると、また空間の扉が現れたのです。
「さっさと行ってください。俺は寝たいんです。」
「武闘会楽しんでね、オーエン!」
オーエンは2人の魔法使いに見送られながら、扉の向こうに足を踏み入れました。その時、こんな童話を思い出したのです。
いい子にしていると、2人の赤髪の魔法使いが現れて、素敵な騎士様の元へ連れて行ってくれる
そんなお話でした。
武闘会の会場に着くと、既にトーナメントが始まっていました。中央にあるフィールドでは、顔に傷のある白黒髪の男と、滅多に見ない美しい水色の髪の男が激戦を繰り広げていました。一瞬の隙も許さない激しい攻防の中でも、2人の顔は笑っていました。
「なんなんだよあいつら…」
そんなことよりもオーエンにはやることがあります。騎士様を探すことです。
オーエンは辺りを見回しました。
目的の彼は、案外早く見つかりました。澄んだ青空をした銀髪の王子様と談笑をしていました。
「次は俺たちの番だな。まさかアーサーと戦うなんて思ってもいなかったよ。」
「私もだ。カイン、手加減はしないでほしい。私の成長した剣技を見てほしいんだ。」
それを
あの王子様となら死ぬことはないだろう。そう安心しかけたオーエンの目に入ったのは、あの世界最強の魔法使い、オズです。
彼はアーサーとカインを睨んでいました。
「…確かオズはアーサーを育てたんだよな…っ、騎士様が王子様に傷でもつけたら…」
さっと血の気が引きます。なんとしても阻止しなければ。オーエンはともかく騎士様が雷を喰らったら確実に死んでしまいます。
「おい、騎士さ…」
声をかけようとした時、2人は既にフィールドにいました。先程の戦いは終わっていたのです。白黒髪の男と水色の髪の男は、傷だらけで笑いながら肩を組んでいました。白黒髪の男が一方的にやっていたようですが。
フィールド上の2人が戦闘体制に入ると、会場全体が湧き上がりました。オズだけを除いて。
2人は激しい剣の打ち合いを繰り広げています。金属と金属のぶつかる音が、やけにうるさくオーエンの耳に響きます。
柄にもなく緊張しながら、オーエンが戦闘を見守っていると、激戦の末、カインがアーサーの剣を弾き飛ばしました。
その拍子にアーサーの頬が少し切れてしまいました。
オーエンが反射的にオズの方を見ると、彼は世にも恐ろしい顔をしていました。無言でフィールド上の2人に歩み寄っていきます。
「アーサー!大丈夫か!?」
「これくらいの傷ならすぐに治る。どうか謝らないでくれ、手加減をしないでと言ったのは私の方だからな。」
2人がそんな会話をしている間にも、オズはどんどん近づいていきます。
そしてオズが2人の目の前に来た時…
「オズ様…」
「オズ…とオーエン?」
オーエンは咄嗟に間に入っていました。
「な、なんでお前がいるんだ?」
「そんなのどうだっていいだろ。おい、オズ。騎士様に手を出すなよ。こいつを殺すのは僕だからな。」
「な、なんで俺がお前に殺されなきゃいけないんだ…」
カインは状況がうまく飲み込めていないようです。オーエンは舌打ちをしてオズに言いました。
「2人の会話、聞いてただろ。王子様が怪我したのは騎士様のせいじゃない。」
オーエンがオズを睨みつけると、オズは少し黙った後、ため息を吐いてこう言いました。
「わかっている。私はアーサーの傷を治しに来ただけだ。」
「は?」
呆然としているオーエンに見向きもせず、オズはアーサーに近づいて、呪文を唱えました。
「<ヴォクスノク>」
アーサーの傷がみるみるうちに治っていきます。
「オズ様、ありがとうございます!見ていてくれましたか、やはりカインの剣技には敵いませんね。」
「あぁ、そうだな。しかし、危ないことはするな。」
「ご心配をおかけしてすみません…。」
アーサーとオズの間には和やかな雰囲気が漂っています。
オーエンは早合点してしまったのが馬鹿らしくなって逃げ出そうとしました。しかし、その腕をカインに掴まれます。
「離…」
「オーエン、見に来てくれたんだな。嬉しいよ。」
蜂蜜を溶かしたような美しい目を細めて、カインはオーエンに微笑みます。その顔を見てオーエンの顔がかっと熱くなりました。
「別に騎士様のおこちゃまみたいな剣を見に来たんじゃないよ。」
「そうか。でもこうして会えたんだから、俺は嬉しい。」
そう言ってカインはオーエンの前に跪くと、優しく手を取り直しました。そして、その手にそっと口付けをします。
再び会場が湧きあがります。
「何やってるんだよ!?」
「はは、照れてるのか?可愛いな。」
カインは悪びれもせず、真っ直ぐにオーエンを見つめます。
「せっかく会えたんだ。俺の勝利の記念に、一曲踊ってくれませんか。」
「は、何で敬語…嫌に決まって…」
動揺するオーエン。彼の返事はまだなのに、どこからともなく優雅な音楽が流れ始めました。チェンバロの音です。
「会場にいる全ての方、今日は武闘会に来てくれてありがとう。皆のおかげで素晴らしい会になった。この後は、かの有名な音楽家、ラスティカ・フェルチの演奏と料理人が腕に寄りをかけた食事を楽しんでくれ!」
アーサーがそう呼びかけると、会場内はより一層盛り上がりました。人々は音楽に合わせ、次々にステップを踏み始めます。
「なぁ、オーエン。ここで断るのも無粋だと思わないか。」
カインは少し意地悪そうに笑うと、オーエンの手を引っ張ってステップを踏み始めました。会場の皆と同じように。
「…今日だけだからな。」
「はは、ありがとう。今度甘いものを奢るよ。」
2人のダンスは会場の誰よりも美しく、人々を魅了しました。音楽家も、2人の姿を見て楽しそうに演奏します。
そんな素敵な時間はあっという間に過ぎていきました。
オーエンはそろそろ帰らなければなりません。帰らなければ、双子に頼まれたオズに雷を落とされます。
「騎士様、そろそろ手を離して。」
「あ、すまない…」
カインは少し残念そうな顔をしてオーエンに言います。
「ありがとう、一緒に踊れて楽しかったよ。」
すると、オーエンもその人形のような整った顔に微笑を浮かべ、カインに言います。
「悪くなかった。僕だけの騎士様を独り占めできた。」
オーエンは名残惜しそうに、自身の手をカインのそれに擦り寄せます。
その仕草のなんといじらしいことか。
カインは咄嗟にオーエンを引き寄せていました。
そして彼の耳元で囁きます。
「なぁ、今夜俺の家に来ないか。俺もお前を独り占めしたい。……ダメか?」
「なっ…は…?何言って…」
すると何処からともなく双子がひょこっと現れました。
「若いのう。」
「若いねぇ。」
「なんでお前らがいるんだよ!」
「だって、招待されてたし…」
「お客様だし…」
きゃっきゃっと笑いながら双子は答えました。
「まぁ、今日はお掃除いいから、楽しんできてねオーエンちゃん!」
「え」
「いいのか、オーエン…」
「ちょ、いいって言ってな…」
「ミスラちゃーん!カインの家までアルシムしてあげて!」
「嫌ですよ、俺は食べるのに忙しいんです。」
そう答えたミスラは、突然スケッチブックでぶたれました。
「痛っ!なんなんです!」
「なんなんです!じゃないですよ!もうっ、ミスラさんたら…カインさんとオーエンさんを応援してあげなきゃダメでしょ!」
「なんで俺が…痛っ!ちょっと!もう殴らないでくださいよ!あなたのそれ結構痛いんですよ!?」
ミスラの後ろにいた男は、気にせず彼を殴ります。
「わかった!わかりましたから!やればいいんでしょう、やれば…<アルシム>!」
「やっぱりミスラさんは優しいです!」
「疲れました…帰らせてください…」
カインとオーエンはミスラの呪文でカインの家に飛ばされました。
「ねぇ僕返事してないんだけど!?」
オーエンがそういうと、カインは少し悲しそうに尋ねました。
「……そんなに嫌か?」
そう聞かれるとオーエンは何も言い返せません。だって彼も期待してしまっているのだから。
「…別に、嫌じゃない。」
「そうか。」
こうして2人の夜は更けていきました。
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「ねぇねぇ、それで!?それでどうなったの!?」
「お前うるさい、服でも作ってろよ!」
「それってカインとのデート服ってこと!?」
「なんでそうなるの!?大体この話誰に聞いたんだよ!」
「スノウ様とホワイト様!」
「あいつら絶対殺す!」
そして双子を倒しに行こうとしたオーエンが雷に打たれるのはまた別のお話……
Fin.