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    kamliner

    @kamliner

    ワンクッション置きたいやつや、載せたやつの倉庫代わりに投稿します。

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    kamliner

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    女攻めが見たいWEBオンリー展示作品でした。沙羅の誕生日なのでPASS解禁します

    マイ・フェア・レディ(沙羅シャピ) 来月、私の誕生日なんだ。
    訓練の合間、僅かな逢瀬の中で沙羅が不意に呟いた。
    忘れているはずが無い。無いのだが、シャピロにはそう言われる心当たりがあった。
     この時期になると、春に入ったばかりの訓練生の気が緩み、大小様々な問題を起こし始める。シャピロから見れば少年兵に毛が生えた程度の若輩者が、訓練をサボろうが校内で喧嘩をしようが知ったことではないのだが、監督する立場としてそうも言っていられない。
     その上、日々の演習プログラムに上から押し付けられた書類仕事が積み上げられていく——要するに、まともに時間が取れないのだ。沙羅と過ごす時間どころか、睡眠時間すら危うい。
     それでも恋人の誕生日を祝う時間を設けないことは、彼の中であり得ないことだった。

    「来月までには片付けておくさ。心配しなくていい」

     シャピロがそう言うときは有言実行、確実に仕事を片付けて来る。
     それでも、沙羅の顔はいまいち晴れなかった。シャピロ自身には大したことではないのだが、無理をさせていると感じるのだろう。

    「でも、そうだな……当日は沙羅のしたいことを何でもひとつ叶える、と言うのは?」
    「何でも?」

     沙羅がその顔からこぼれ落ちそうなほど大きな目を輝かせた。
     シャピロにしてみれば、決して考える時間が惜しいのではなく、手早く仕事を片付け空いた時間で沙羅のためのデートプランを考えることは容易い。
     しかし、沙羅の前では時々こうして甘えるように彼女に委ねることも重要だと知っている。
     歳の差だとか役職の差だとか、些細なことに必要以上に気を遣わせないためのシャピロなりの配慮でもあった。

    「本当に何でもいいの?」

     思いがけず、想像以上に効果的だったようだ。沙羅が持っている少女らしい願望をくすぐるのか、シャピロの言葉は魔法そのものだった。
     恋人が見せる子供のような反応に、シャピロは思わず笑った。

    「あぁ、何でも叶えてやる」



     ——と、言ったのが先月のこと。今日は沙羅の誕生日当日だ。
     宣言通り仕事を調整したシャピロは、休暇を取り軍の車を借りて、彼女の願い——『希望した店へ行き服を買って欲しい』というものを叶えるために街へ出た。
     もっと大きな願いでも良いのに、とシャピロは思ったが服やおしゃれが好きな沙羅らしく、微笑ましくもあった。
     車を近くに停めてから、店の並ぶ通りを歩いていると沙羅が不意に「ここだよ」と足を止めた。

    「……ここか?」

     シャピロの目が僅かに見開かれる。
     シックで歴史を感じる店構えに、窓から覗くきらびやかな装飾。何より、看板に書かれている名前はシャピロでも知っている有名ブランドだ。
     それなりに収入のあるシャピロからすれば財布が痛むほどでもないが、ティーンズにとってはなかなかの高級店だろう。

    「…ダメかな?」
    「いや…少し意外だっただけだ」

     素直な感想を口にしつつ、ドアを開けた店員に促されるまま、沙羅を先に進ませる形で店に入った。
     やはりというべきか、店内も洗練されている。シャンデリアからこぼれる暖かい光がドレスの光沢に反射して、深いエメラルドや柔らかいアイボリーの光に変わっていた。
     店内で流れるクラシックのピアノ曲は、商品を眺めるのに邪魔をしない音量で優雅に流れる。
     落ち着いた雰囲気をシャピロは気に入ったが、こういう店に慣れていないであろう沙羅は少し緊張しているようにも見えた。

    「どれにする?」
    「あ…そうね、えぇと…」

     不自然にならないように気を遣っているのか、かえってぎこちない動きでドレスを見る少女がシャピロには微笑ましい。
     たどたどしい指先が選んだのは、真っ赤な——燃えるような彼女の髪に似た真紅のロングドレスだった。

    「これ、すごくきれい…」
    「これか?」

     確かに沙羅が選んだのはシャピロから見ても上品で、それでいて華やかさのある美しさだ。ウエストが絞られ、裾にかけて広がっていくスタイルもスレンダーな体型に合いそうだった。
     しかし、背中側が大胆に開いており、十代の少女が着るにしては少々露出が多いのが気になる。
     沙羅は女性にしては長身なために、服装によっては年齢よりも大人びて見えることもあったが、このドレスを着たところを想像するのは恋人の視点から見れば些か心配になるのも仕方がないというもの。

    「これがいいと思うんだけど、どうかな」

     何でも良いと言った手前、口を出すのもどうかと悶々と考えている間に、沙羅はやや控えめに、しかし確かに期待を孕んだ口振りで訊ねてきた。
     そして、その手に持ったドレスがそっと——シャピロの身体に押し当てられる。

    「………ん?」
    「うん、いい感じ…! すごく可愛い!」

     沙羅が思わず声を上げるのを、シャピロは混乱しながら聞いた。
     何故、沙羅に贈るはずのドレスが自分の身体に合わせられているのか、聡明な指揮官の頭脳を総動員させても不思議でならなかった。

    「あ…の、沙羅…? これは、どういう……」
    「………ごめんなさい!」

     声を絞り出すように問い詰めた結果、沙羅が勢いよく頭を下げた。相変わらずシャピロには訳が分からない。

    「私、一度で良いからシャピロを着飾らせてみたかったの。だって、ちょっとしたモデルなんか目じゃないくらいきれいなんだよ」
    「………」

     堰を切ったように早口で話す沙羅の話が、少しずつシャピロにも理解できてきた。
     同時に、沙羅が珍しくハイブランドの店や、大人びたドレスを選んだ理由も分かった。
     他にも色々と話してはいるが、要するにシャピロをモデルとし、沙羅がプロデュースしてメイクやドレスを選びたいということだ。
     それが女物である必要性にはまだ若干の疑問が残ったが。

    「先にシャピロに言ったら許してくれないかもって思ったから……やっぱりダメだったかな」

     言っている内に沙羅の顔が一瞬曇る。
     シャピロは言葉に詰まった。彼の高いプライドからすれば、着せ替え人形にされる上にそれが女装とあっては正直かなり抵抗はある。
     しかし、無条件で何でも叶えると言ってしまった手前、自分から言い出したことを覆すこともまたシャピロのプライドに反するのだから悩ましい。
     何より今日に限っては沙羅の誕生日だ。誕生日にそんな悲しげな表情を彼女にさせたくはなかった。
     ——となれば、シャピロが次に口にするべきは。

    「別に構わない。何でもいいという約束だからな」

     果たして何とか笑顔を取り繕えただろうか——沙羅の顔が満面の笑みに変わったのを見れば、どうやら大丈夫だったらしい。まるで答えを知っていたかのように、表情の変わる速さがやけに早かった気はするが。

     そこから先は早かった。あれよあれよという間に店員が来て試着室へ案内され、着付けられる形でドレスを試着させられた。
     サイズが入ったことにも驚いたが、着てみれば沙羅の髪に合うと思った深紅のドレスは、シャピロの菫色の髪にもよく似合っていた。実際、沙羅の見立ては間違いなかったらしい。
     試着室を出た時、ただドレスを着ただけの時点で沙羅は感動を抑え切れない様子だった。隣に立つ店員にまで「お似合いですよ」と言われると何とも複雑な心境になる。

    「ありがとうございます。またお越しくださいませ、お待ちしております」

     試着を終えたドレスを購入し、店を出る。満足げな沙羅を横に連れ、店員が深々と頭を下げるのを見たシャピロは確信していた。
     この店にはもう二度と来られそうにない、と。



     場所は変わり、シャピロは士官学校女子寮の沙羅の部屋に居た。
     教官の権限を私的に使いここへ来るのはこれが初めてでは無かったが、今日は少し趣が違う。
     シャピロは沙羅が普段使用するドレッサーの前に座らされ、メイクを施されていた。無論、服装は先ほど購入したばかりの深紅のドレスだ。

    「シャピロって肌もきれいだよね。色が白いから、メイクが映えそう」

     沙羅は上機嫌に、まるでシャピロの顔をキャンバスにでもするように化粧筆を動かしていた。
     鏡の中の自分が仕立て上げられていく様子を見ていると、メイクは確かに女性向けではあるが、シャピロの肌質や目の色、骨格まで考えられたそれは性別を忘れ素直に感心するほどだ。
     いつだったか沙羅が、士官学校に入っていなければモデルかファッションデザイナーになりたかった、と言っていたのがよく分かる。

    「こんな感じかな。どう?」

     生まれつき端正なシャピロの顔を引き立てるように、しかし何処か優しげな面影に施された化粧は沙羅のシャピロに対する印象が内包されているようだった。
     元の髪と同色のウィッグまで使って長さを出し、アレンジされた髪型も完璧な出来だった。
     しかし、どうかと問われればプライドと天秤にかける癖は抜けない。それでも、これだけ沙羅が嬉しそうにやっていたのだから、やはり返す言葉は決まっていた。

    「いい、と思う…自分ではない気はするが…」
    「そうでしょう シャピロが自覚してるよりもきれいなんだよ!」

     そう解釈するのか。シャピロは心の中で苦笑した。
     だが、実際沙羅が興奮気味にはしゃぐのを見ていると悪い気はしないし、彼女の言い分もそうかも知れないと思えるのだった。

    「ねぇ、最後に屋上へ行って写真を撮らせてくれる? 記念に残しておきたいんだ」
    「写真? あぁ…分かった、構わないぞ」

     シャピロはあっさりと承諾した。もうここまで来てしまったら、写真を撮るくらいどうということはない。毒を喰らわば皿までということだ。
     それに一応誕生日として形に残るものを贈れるのなら、これはこれで構わないとも思った。

    「じゃあカメラ取ってくるから」

     女性が好みそうな小さなデジタルカメラを手に、二人は女子寮の屋上へと上がった。
     メイクに時間を要した為に、時間はもう消灯時間を過ぎていた。道中、人に会った場合の言い訳やごまかし方を十個ほど考えたが、結果的に誰ともすれ違うことは無かったのは幸運としか言いようがない。
     季節はちょうど晩夏に入ったばかり。夜遅くと言えど、ドレス姿で出歩いても寒さは無い。むしろ夜風が心地よいくらいだ。

    「この辺でいいかな、そこに立って月を背にして……」
    「これでいいか?」
    「うん! すごくきれい……本当にモデルみたい」

     事実、シャピロは美しかった。
     白人特有の色素の薄い肌や髪が月光に透かされ、男性にしては細身の身体に紅いドレスを靡かせた様は、神秘的でぞっとするような美を纏っている。
     恋人の美貌を余すことなくファインダーに収めながら、沙羅は何度も法悦の吐息を漏らした。

    「…沙羅、そろそろ部屋に戻ろうか。いくら夏でも身体を冷やすぞ」
    「そうね、メイクを落とす時間もあるし……少し、名残惜しいけど」

     カメラの一覧画面が一画面以上シャピロの写真で埋まる頃、沙羅も至極満足した様子で応じる。
     屋上を後にし、消灯して薄暗くなった階段と廊下を歩く。何でもない時なら少し不気味に写りそうな光景が、二人で居るだけで秘密を共有する心を燻られ、僅かな高揚感となるのが不思議だった。

    「ねぇ、シャピロ」
    「ん?」
    「今日はありがとう、ね」

     満面の笑顔を見れば、シャピロも腹を括った甲斐があると思えるもの。されるがままで、沙羅をここまで喜ばせられるなら悪くはない。
     シャピロもまた、沙羅に喜んでもらえて嬉しいという気持ちを、珍しく素直に認めようと思った。

    「またやってもいい?」
    「来年の誕生日にか?」
    「クリスマスかも」
    「毎回プレゼントをこれにしたら、俺が贈るものが無くなる」

     他の人間の前ではまず言わないであろう冗談めいた言葉に、沙羅はくすりと笑った。まるで、その特権を噛み締めるように。
     二人は自然と、これから先もずっと一緒に過ごすと決まっているように、他愛もなく未来の話をして歩いた。

    「じゃあ、今度はちゃんと欲しい物をねだっちゃおうかな」
    「ふふ、覚悟しておこう」

     もうじき日付が変わろうとしている。シャピロは、話しながら今日を静かに振り返った。
     思いがけず味わった非日常的な行為は、普段の堅苦しい軍務から少し解放された気がした。
     女装したことが良かったとは思わないが、自分でも驚くほどこの一日に満足していることを自覚する。

    (感謝するのは、俺の方かも知れんな——)

     傲慢さの権化のような男らしからぬ思考で、シャピロはそう呟いた。これからも、時にはこうして彼女に振り回されることも楽しいと感じていくのだろう。
     次はそれがいつになるだろうと、想いを馳せながらシャピロの長い一日は終わった。



    「だから、本当に見たんだって〜」

     翌日の昼頃、食堂に雅人の声が響いていた。

    「あのなぁ、さっきから言ってるけど見たことねぇって」
    「忍が興味無いから覚えてないだけじゃないの?」
    「お前の言ってる通りなら、そんな目立つ奴見たら忘れるわけねぇだろ」

     雅人と忍が食事を終えた後も、何やら話しているらしい。というより、雅人が一方的に話しているのを忍が適当にあしらっているというのが正しいか。

    「大体な、俺じゃなくてそんな美人が居たらとっくにお前が声掛けてるだろ」
    「う…それはそうなんだけどさ…」
    「見間違いじゃないってんなら、来客とかじゃねぇのか? それか…幽霊とか」
    「ゆ、幽霊…」

     忍の脅かすような言い方に、雅人は大袈裟に驚き自分の上腕をさするような仕草をする。
     思い通りに後輩を怯えさせた忍はケラケラと笑った。

    「脅かさないでよ! …いや、でもあの雰囲気は人間離れしてた気も…」
    「おい、亮。お前も聞いてたろ。“赤いドレスの女”見たことあるか?」

     側でコーヒーを飲んでいた亮にも話を振ってみる。カップを傾けながら、亮もまた首を振った。

    「心当たりはねぇな。…案外、忍の言う霊ってのも冗談じゃないかも知れないぜ。寮には色々噂があるからな」
    「ちょっと、亮までやめてよ…」
    「俺よりも知ってそうな奴がそこに居るだろ、訊いてみろよ」

     亮の一言で、三人分の視線が一斉にこちらを向く。
     沙羅は、昼食を食べる手を止めた。

    「何の話?」
    「雅人が女子寮で赤いドレスの女を見たって言うんだよ。それもすげー美人だって」
    「うん、月の光の中に立って、ドレスと髪が靡いて…門限過ぎて慌ててたから、遠目からちょっと見えただけなんだけど、スタイルもめちゃくちゃ良くってさ…」

     思い出しながら陶酔したように語る雅人を見て、横で忍が呆れ気味に溜息を吐いた。

    「でも誰もそんな美人に心当たりがなくってよ」
    「そう…あいにく、私も知らないね。見たことないよ」
    「そっかぁ…沙羅も知らないんじゃ、手がかりは無さそうだなぁ…」

     目に見えて落胆する雅人。コミックのキャラクターのように表情を変え、肩を落とす後輩を見ていると僅かに心が痛む。
     沙羅は嘘をついた。件のドレスの女の正体は——無論、シャピロだ。おそらく、雅人からは死角になっており一緒に居た沙羅が見えなかったのだろう。

    「…ま、女子寮に居たって言うなら何か関係のある人じゃない? もしかしたら、また会えるかもよ」
    「なるほど…確かにそうだよね。あーあ、また会えるならお近づきになりたいなぁ」
    「やれやれ、お前の女好きにも呆れたもんだな」

     彼らの話す様子を尻目に、沙羅は改めてシャピロの姿を瞼の裏に浮かべた。雅人が一目惚れするのも無理は無い。
     あの時のシャピロは本当にきれいだったし、元の彼の美麗さだけでなく自身のセンスまで認められたような気分だ。
     誰にも知られずにほくそ笑みながら考える。もしかしたら、いつかシャピロのことを教えても良いかも知れない。
     しかし、まだ今は——この些細な秘め事を、自分と彼だけのものにしていたかった。

     愛しの——私の麗しいお嬢さん《マイ・フェア・レディ》
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