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    朝尊の話。
    始発の時の空気は独特

    ##梟は黄昏に飛ぶ

    追跡 僕たちはあの家を発った。まだ朝の早い時間だ。薄暗く日が昇り切っていない。朝尊は相変わらず具合が悪そうではあるけれど、それを表に出すまいとしていることが見て取れた。指摘したところで、どうにもならない。ただ、僕は朝尊の半歩後ろを相変わらず歩いている。街中はまだ静かだ。街灯は消えるような明るさはあるけれど、人がまだ寝静まっているような時間だ。新聞配達のバイクの音がわずかばかりに響いて聞こえてくる程度。駅に行くのだという。でも花巻駅ではなく、次の駅だと彼は言った。
    「バスには乗らないの」
     朝尊は頷いた。理由は分からないけれど、何か都合の悪いことがあるのだろう。僕は「そう」とだけ返して足をすすめた。何故、神社であの不可思議な移動を挟んだのか考えたけれど、攪乱の意図もあったのだろう、くらいの認識で止まっている。ただ、あの家が朝尊の『主』の家であったことから、あの家で過ごすことも込みでの移動だったのだろう。
    「どこか、宿でも取れたらいいのだけれどね」
     と朝尊は呟いた。すまなそうな響きをはらんでいる。何より、宿は取れないということを暗に言っているのだと感じた。
    「能天気に聞こえるかもしれないけれど、旅みたいでいいなと思っているよ」
     僕の右手を掴む朝尊の手にわずかに力が入った。僕は左手で相変わらず黒いコートを抱えている。駅にたどり着き、朝尊が切符を買っている間、僕はぼんやりと駅構内を眺めていた。小規模の駅で始発に乗りたいのだろう人が数名いるくらいだった。酔っ払いの思しき中年の男性がベンチを占領しているし、待合の真ん中の椅子でお化粧をしている女性もいた。電光掲示板には、始発の文字と何時に来るのかという時間が書かれている。朝尊は戻ってきて僕を手招きした。
    「ホームへ行こう」
     その前に、と僕は朝尊に駅構内の売店を指さす。朝ご飯を買おうという提案だった。僕はお金を持っていないから、彼にせびることになるのだけれど。朝尊は頷いて僕は朝尊と二人分のおにぎりと飲み物を買った。おにぎりはパックに二つとから揚げ、柴漬けが入っている。
     僕はホームのベンチでさっさとおにぎりを食べることにした。お米を食べるのは久しぶりだなと感じたけれど、実は四日前くらいには食べているのだ。自分で炊いた米を。相変わらず朝尊は食べようとしないけれど、おにぎりを一個渡した。
    「おや……」
    「中身は鮭だって。こっちも中身は同じだけど、朝尊は梅干し平気?」
     朝尊が拒否しないように話をする。彼は困ったような表情をしていたけれど、おにぎりを口に運んだ。良かった、と食べてくれたことに安堵しつつ、僕はおにぎりを一つ食べ終えお茶を飲んだ。始発まであと十分くらいある。恐らくまたローカル線だろうから、中では到底食べられない。飲み物は持って行けても、おにぎりの入れ物はホーム設置のごみ箱に捨てていきたいのだ。
     お互いふたつずつおにぎりを食べ、から揚げと柴漬けも朝尊に片方押し付けるように渡し、空いた入れ物はごみ箱へとさっさと捨てに行く。アナウンスが鳴る。僕がベンチに戻るころには、線路の奥から電車の姿が見えてきていた。
     始発駅は何処か分からないけれど、電車の中にはもうすでにまばらに人は乗っていて、朝尊と僕は電車に乗り込んだ。
    「電車って、僕はあまり乗ったことがなかったんだ」
     朝尊に話を振る。学校への通学はバスか徒歩だったし、大きな街のほうへと行く用事だってなかった。僕の行動範囲は学校から家までのごく狭い場所だけで、そこから外に出ようと思いもしなかった、と僕は話す。朝尊は、学校は楽しかったのかい、と尋ねられた。窓ガラスにかすかに映る自分の姿を見ながら、僕は答える。
    「まったく、楽しくなかったよ」
     僕は思い返していた。何でもかんでも比べられるつまらない場所。誰もが誰かに揃えなければならない。良くも悪くもそこからはみ出せば地獄の日々だ。でも朝尊に言ったところでどうしようもないことだった。朝尊は僕の沈黙に何か察するところがあったのかもしれない。ただ静かに、僕の顔を見ていた。僕が話さないと判断をして初めて相槌を打ってくれる。
    「そうか」
     と。優しい言い方だった。
    「でもね、ひとりだけ友達がいたんだ。僕とは正反対の女の子で、彼女と話したり遊んだりしている時は、楽しかったかな」
     少しまずいことを言ったと僕は悟った。朝尊は目を伏せて僕から目を離し、罪悪感をにじませる表情浮かべていた。なんと言えばいいのだろう。
    「僕はね、何度でも貴方から離れる機会はあったんだよ」
     朝尊が寝ている時、留守にしている時、いつだって側を離れて何処へなり助けを求めることは容易かっただろう。でもそうはしなかった。そういう意味を込めて、僕は朝尊に告げた。ガタン、ガタン、と電車が揺れる。流れるように景色は後ろに飛んでいく。薄暗かった空はどんどん明るくなってきている。
    「次は何処に行くの?」
     行先を教えて、と僕は朝尊に問うた。彼は目を丸くしていた。どうだろうか、彼は答えてくれるだろうか。朝尊は小さくうなずいて僕に聞こえるだけの声量で話してくれた。
     しばらくだんまりとしていたけれど、居心地が悪いような沈黙ではなかった。朝尊も本来そこまで話すタイプではないのだろうし、僕もそうだった。降りる駅は何処だろうと路線図を見上げている。そして文字盤が下りる駅から一駅前の駅名が表示される。
     朝尊は突然、何かに気付いたような様子で僕の手掴む。そして、閉まる直前に僕の手を引いて電車から降りた。
    「どうしたの」
    「……行こう」
     ちらと電車の窓に黒いコートと赤いスカーフが見えた気がした。朝尊に手を引かれるままに改札を抜けて、駅から町へと走り出す。僕も息が上がって、苦しくなってきたけれど朝尊は止まる様子を見せない。なるべく早く、駅から遠ざかることを目的としている気がしていた。
     何とか人通りの多いところまで出てきた。出勤や通学の人たちが駅に向かって歩いている。それを遡るように僕たちは進んだ。
     そして、スッと路地に入り込み立ち止まる。朝尊も息が上がっていて、僕は咳き込んでいた。朝尊はやはりもっと早くに出るべきだったと、呟いていた。追手、それが僕の頭を過った。ビルに訪れていた彼らとは別人だろう。恐らくだが、写真に写っていた金髪の男と同じ顔をした誰かが僕たちを追っている、のではないだろうか。
     ここから徒歩で行くのは現実的ではないと僕でもわかる。バスやタクシーという手段を使わず、人目を忍んで進むのであれば徒歩しか方法はないように思われた。朝尊は明らかに焦っていて、冷静な判断を欠いてしまいそうだ。僕は朝尊、と声をかけた。
    「僕、歩くのは平気だよ。でもね、今後のことを考えたほうがいいと思うんだ」
     どういうルートで何日かけていくのか。ぶっ通しで歩くのは現実的じゃないよ、とも。あえて「僕の体力がもたない」と言いはしたが、体力がもたないのは朝尊も同じだ。朝尊は落ち着きを取り戻したのか、すまないと小さく謝った。
    「街中も危ないかな」
    「おそらくは。せっかく一度は距離を開けたのだが」
     ――時の政府から逃げられると本当に思っているのか?
     その言葉が蘇ってくる。時の政府というものが、今の政府中枢を指しているのだろうか。ただ、あの言い方はそうではないような気がした。おそらく何か大きい組織で、情報伝達だけでなく、何か失敗したとしても、そのリカバリーが早い相手ということだろうか。個人で逃げ切るにはきっとかなり難しいのだろう。
    「日が暮れる前に、この街からも少し離れて身を潜めよう。君はあまり夜に出歩いていると危ないからね」
     朝尊は言う。その意味がよく分からなかったけれど、僕は頷いた。朝尊は改めて僕の右手を掴んで歩き出した。
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