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    朝尊の話。
    ごめんよ長義くん。

    ##梟は黄昏に飛ぶ

    遭遇 僕たちは街から出るべく、ひたすら走り続けていた。時折、立ち止まったりもしたけれど、悠長に構えている場合じゃないのはさすがに僕も理解していた。人通りの少ない道を選んで、どんどん狭い路地や建物の間の小道を進んでいく。駅から遠ざかって、どれくらい進んだころだろうか。大きな道にぶつかろうというときに、そこに誰かがぬっとあらわれた。
     朝尊は立ち止まり、僕は勢いづいて朝尊にぶつかってしまう。朝尊が僕の勢いを殺すためか右手を壁についた。
    「俺が一番乗りかな」
     グレーのフードを深くかぶった男がそこに居た。ちらりと銀髪がのぞく。青いリボンタイも見える。ふっと、写真にいたあの人物が脳裏をよぎった。
    「南海太郎朝尊」
     かつん、と一歩男は踏み込んでくる。朝尊は僕の様子を見ながら一歩引いた。僕の右腕を掴んでいる手に力がこもる。表情が固くなっているのもよくわかった。
    「今なら大目に見てあげよう」
    「いったい何を大目に見るのやら」
    「おや、しらばっくれるとはね。なるべく穏便に済ませたいのだけれど」
     男が一歩進む。朝尊はジリジリと一歩下がる。僕を庇うようにして、だ。僕はふと朝尊が何かを握るような動作をしていることに気付いた。朝尊が右手に何か紙のようなものを持っていて、それを千切ろうとしている。目の前の男が一歩踏み出すと同時に、朝尊はその紙を千切った。
     瞬間、耳を劈く破裂音と、水蒸気が上がった。熱気が僕の方にも伝わってくる。朝尊が右手をついたあたりに、何か文字が浮き出ていた。くそ、と男が悪態をつく声が聞こえたかと思ったら、ぐっと朝尊が僕を抱きかかえて踵を返し走り出し、壁を蹴って建物の上に登った。
    「あまり使いたくはなかったのだがね」
     薬包紙を折ったようなものを屋根に一つ放り投げ、素早く屋根の上を走り抜けていく。その薬包紙が落ちたあたりから火事かと見まごうほどの煙が立ち上るのを見た。目くらましというところだろうか。朝尊は適当なところでビル横についている階段に飛び移り、そこからさらに地面に飛び降りる。ふわっと浮遊感のあと着地の衝撃もずしりと伝わってくる。僕をおろした後、朝尊は右脇腹を押さえていたがすぐに僕の腕を掴むと再び走り出した。
    「さっきのは、誰?」
     朝尊が答えるとも思えなかったけれど、何とか足音にかき消されないような声で尋ねた。ただ、答える余裕なんてない朝尊は角から様子を窺うようにあたりを見回して慎重に進む。こんなことをして移動をするほうがかなり目立つように思うけれど、やはり、道行く人は朝尊を気にも留めない。それについている僕にも視線を投げかけることも無い。
     消防車がけたたましいサイレンと共に何台も走り抜けていく。先ほど男と遭遇した方向へと向かっているようだった。
    「先ほどの彼は、僕たちを追っているものの一人、とでもいうべきか」
     朝尊は前を向いたまま、先ほどの僕の問いかけに対して答える。
    「前、朝尊が斬ったふたりも同じ?」
    「ああ、そうだね、そうだとも。僕が斬ったんだ。今回も僕が手傷を負わせている」
     朝尊はそれだけ言うと口を閉ざした。先を進む朝尊の顔は見えないけれど、苦しそうな声色だった。僕が同じように退けられたら、彼が苦しむ必要もないのだろうか、と出来もしない『もしも』を考えてしまう。大丈夫だよ、とは言えなかった。無責任なことを言っても朝尊にとって何の慰めにもなりはしない。
     息を切らせ、足がもつれるように走り続けて、僕たちがいる場所の風景は街から町へ、そして木々の多い茂る林、森へと移り変わっていく。木の根に足を取られて僕は思いっきり転んでしまった。朝尊が掴んでいた手が自然と離れ、朝尊が焦って戻ってくる。
    「怪我は、何処も折れていないかい?」
    「怪我はしてないよ。大丈夫、気にしないで」
     立ち上がって膝についた葉を払う。そして腕から飛び出してしまった黒いコートを再び抱えて、僕は朝尊を見た。口の中を噛んだのか、鉄の味が口の中で広がる。念のため口の中を舌で触ってみたけれど、歯が折れたり抜けたりしている様子はない。朝尊が僕の手を再び掴んだけれど、ひどく震えている。そんなに驚いたのだろうか。
    「朝尊?」
    「ああ、いや、すまない。取り乱したようだ」
     朝尊はそれから少し早さを落として走ってくれていた。昔は道があったであろう場所を通り、僕たちは森の奥へと進んでいく。少ししたら朝尊の震えも落ち着いたようだった。
    「腕を取ってしまったのかと思ってね。力加減を失敗したのかと」
     言い訳のように朝尊が進みながら呟く。僕は目を丸くして、なんというべきか迷った。普通、そんなことにはならない。たとえ手を繋いだまま勢いよく転んだとして、あり得るのは脱臼くらいだろう。でも、冗談で言っている様子でもなく、今そんな軽口をたたく余裕などお互いにない。何より、朝尊は普通の人よりも力があるのだろうということは察していた。そうでなければ、人ひとりおぶったまま長距離を走ったり、山の斜面を降りたり、今回のように人を抱えて足の力で建物の上に登ったりなんか出来るわけがない。
    「朝尊、僕は平気だよ」
     貴方が原因の怪我なんて負っていないという意味で僕は告げる。平気だよ、とか、大丈夫だよ、というような気休めの言葉しか出てこないのは、僕も疲れてきているからだろうか。道を進むと廃墟群に立ち入ったようだ。古びて草木に覆われた建物が森に呑まれるように立ち尽くしている。まだ原型をとどめているものも多く、放棄されてからもしかしたら二十年と立っていないのかもしれないと感じた。
     まだ日は高いけれど、朝尊はこのあたりで今日は休もうという。考え事をしているようだ。川の対岸の崖にそびえるように建物が立っていた。崖の下には木が多い茂っていて、森のように見える。川もあるのかもしれない。結構丈夫そうで立ち入りにくい立地の廃墟だ。窓ガラスはすべて割れて無くなっている。あの建物に身を潜めようということらしい。どこから来るか分からないより、たどり着ける道を絞ってそちらで対処したほうがいいという判断だろう。
     朝尊は僕に建物の中にいるように話したけれど、僕は手伝いを申し出た。
    「何か出来ることはない?」
     朝尊が迷っているのが分かった。けれど、彼は頷いた。
    「罠を仕掛ける。絶対にここまで来るだろう。だから外に足止めを仕掛け、内側には」
     一旦言葉を区切る。朝尊はためらっていた。良心の呵責というものだろうか。でも少しの沈黙ののち、驚くほどはっきりと僕に告げた。
    「内側には、彼らが『折れる』ほどのものを敷く」
     折れる、今まで聞いたことがない表現だった。朝尊は懐から紙を取り出す。上下がおられていて、中に細長い菓子切のようなものが入っている。
    「それを僕が言うところに刺してきてくれるかな」
     朝尊に言われた位置へ、この木片を刺す。朝尊は僕が見える位置でずっと地面に何かを書いている。この廃墟の道に面している側にはすべて刺し終えた。朝尊も地面に書いていたものが終わったようで、僕を手招きして廃墟の中へと入っていった。振り返っても朝尊が書いていたものはさも初めから無いかのように見えなくなっている。
    「その、僕たちは平気なの」
     罠とは条件を満たせば無差別に動作するのでは、と僕は聞いた。朝尊はその条件を僕たちは満たさないようにしている、と話す。どういう識別をしているのか、地面に書いているものは何か、分らないことがたくさんある。窓がすべて割れていて、西側の崖下から風が吹き上げてくるようだ。まだ外は十分に明るいけれど、この廃墟群は寂しさを出している。階段はすべて無事で上階へと昇っていけるようだ。三階建ての建造物で、元がどういった用途だったのか、よくわからない。ただっぴろい空間が三つあるだけだ。細かく部屋に分けられているわけでもない。
    「向こうにも、時間はかかっても解除ができるものがいる。だが、足止めが重要でね」
     相手が複数人いるとするなら、足止めているうちに仕留めるということなのかもしれない。罠は一面に敷き詰めるわけではなく、ランダムに仕掛けた上で、そこに誘導する方がいいという。階段の一段目には罠は仕掛けず、五段上がったところに仕掛けるなどもしていた。
    「あちらにも階段があるから、覚えておきたまえ」
     内側はコンクリート打ちでまだ丈夫さが見えるが、外の階段は金属製で錆びついて強度は頼りないかもしれない。朝尊がいう罠とは、ただの罠ではない気がしている。何だろう。とても呪術的な要素を含んでいるように思えた。内側も手伝うと言ったけれど、彼はそれを拒否してきた。技術的な問題だというのだから、僕は引き下がるしかなかった。その代わり彼はほんの少しだけ過去と思しきことを話してくれた。僕が退屈しないように、なのか、それ以外の理由なのか。
    「僕は学問という全般に興味があったけれど、その中でも古来の式法をよく調べて実践していた。少しでも皆の力になればと思ったのだけれどね」
     朝尊は話す。恐らく、なぜこんなことが出来るのかと僕が疑問に思っていると察したのだろう。
    「やりすぎると元の結界を阻害するから、干渉しあわないように工夫を凝らしもした。結局、役に立ったのかも分らないままだけれどね」
     僕は黙って聞いていた。詳しいことが分からないから口をはさめないというのもあるけれど、僕の発言は不要だと思った。彼は懺悔しているのかもしれない。不安になってくる。虫の知らせではないことを僕は祈るばかりだ。朝尊はそれからもう少し話してくれた。彼の主は『審神者』という職業でそれに仕えていたこと、強さには上限があって、それに達してからより学問に励んだということ。昔の同僚たちと共に、別件で任務をもらうこともあったということ。花巻のあの家に今年の冬も訪れようと話をしていたこと。
    「ふたたびと、返らぬ歳をはかなくも、今は惜しまぬ身となりにけり」
     朝尊がぽつりと呟いた。僕はその歌の意味を考えた。今、ここで言わないで欲しかったと感じている。別の意味があるわけでもない。恐らくそのままの意味で言っているのだから。話を変えようと僕は朝尊、と呼びかける。
    「僕、ずっと朝尊って梟っぽいなって思っているんだ」
     突然の話の転換に朝尊はしばし硬直したようだったが、突拍子もない僕の発言にふふ、と久しぶりに笑ってくれた。
    「突然どうしたのだね」
    「いや、なんていうか。博識だからっていうのもあるのかな。外見からすでに学者って感じがしているし、学問の神様、とか、この国じゃないけど別の国だとそういうから」
     朝尊はしばらく笑っていた。
    「丸眼鏡で目もそのように見えるのかもしれないね」
    「今まで言われたことはない?」
     はっきりと無いと言われた。僕はそっか、と返したけれど彼は僕のことをずっと導いている。知恵も力も貸してくれている。ただ、理由も分らずついていくだけの僕に。
    「恐れ多いものだ、僕にとって梟は守り神としての印象が強くてね」
     朝尊はそういうと目を細めて何かを懐かしむように僕を見た。なんだろうか。昔梟を見たのだよと、彼は言う。
    「あれを美しいというのだろうね」
     きっと彼の脳裏にはその時の情景が蘇ってきているのだろう。僕はその様子を共有することは出来ないけれど、彼は僕をみてにこりと笑うと再び文字を書く作業に集中をしていた。風は相変わらず吹き込んでいて、きっと夜になると寒いだろう。けれどきっと、この山並みの間に沈む夕日は美しいに違いと、僕は思った。
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