連休を利用した合宿に、いつもの学校に加えて烏野も参加するのがほぼ当たり前になったある日のこと。
その日も、前日の夜に宮城を出発して、朝には東京に到着したらしい。
そのまま午前の練習をして、昼を食べて、午後も練習をして――。
決められた時間での練習が終われば、夕食を食べて、風呂に入って、自由時間。
消灯時間前に各校の部長がわざわざ見回りにくる決まり。
クロはすっかり慣れたみたいだし、なんだかんだ烏野の部長も増えて、部長たちのオカンみが増した気がする。
あと少しのその時間だな、と教室の時計をチラ見して、そのあとに肩と背中にかかる重みに視線を向ける。
「翔陽、眠いんでしょ?」
「んぇ……寝てない、けど」
「眠いって聞いたんだよ。目閉じてるし、半分寝言みたいじゃん」
ちょうどさっきまで、リエーフたちと一緒にゲームをして、あらかた盛り上がりを見せて終わる頃にはすでにこの状態に入りつつあった。
それでも自分の教室には戻らない、まだ遊ぶと言い張る。
とはいえ、船をこぎ始めてる状態で遊べるわけもなく。
ゲームしているところを見せてなんとなく一緒に遊んでいる感を出しながら、肩と背中にだんだんと翔陽の体重がのしかかってくるのを支えていた。
声をかければこんな風に返事も返ってくるけれど、まあ見ての通りだ。
「部屋戻るなら、一緒に行くよ?」
「やだ……けんまとまだ一緒にいる」
それまでだらんとしていた腕がのそのそと腹に回ってくる。
抱き着かれた、といえば聞こえはいいけれど、子供がぬいぐるみを抱きしめて離さないそれに近いような気がしてならない。
「寝ちゃってから、そっちの部長さんに起こされるの、嫌じゃない?」
「いやじゃない……なんでぇ……けんまと一緒にいたいんだって」
ぐりぐりと肩に額を押し付けてくるのも、まるで子供のそれだ。
うざい、と思ったことはなく、翔陽がやるとほかの人より可愛く見える。
リエーフにやられた時にはこんな感情は一ミリたりとも生まれない。
ぎゅうぎゅうと抱きついてくる翔陽の頭をぽんと撫で、その手で胡坐をかいている自分の足を叩く。
「その体制で寝るの、おれもしんどいからこっちにしな」
「やだ……」
「……明日、昼休憩にトス10本」
「ほんと?」
「ほんと」
絶対にそれ以上はやらない、と心の中で固く決め、そう返事をするとへにゃりと翔陽が笑った。
「へへ、約束。指切りしよ」
「はい」
ごろんと寝転がって、ちょうど胡坐の真ん中に翔陽のふわっとした髪の毛が足に当たる。
見下ろしながら伸びてきた小指に小指を絡め、ふにゃふにゃとした声で歌う翔陽にあわせて、なんとなく歌って指を切る。
「なんか、研磨をこんなふうに見上げるの新鮮」
「そうだろうね」
「顔、見えないからゲームどけて……」
翔陽が眠るまでゲームでもしてようかと取り出したものをぺしっと叩かれ、言われるままにしまう。
いうことを聞いてくれたことが嬉しかったのか、崩れ切った笑顔を浮かべたまま、こちらを見ている。
「おれさあ、けんまのトスもいっぱい打ちたいんだよなぁ」
「いっぱいは、いやかも」
「へへ、言うと思った。でもさあ……たまに思うんだよな。同じチームだったら、どうなってたのかなーとか。研磨のこと、研磨先輩って呼んじゃったりして……へへ、研磨先輩かぁ」
「ちょっと気持ち悪いね。それに、きっと音駒にいたら、こんな風に仲良くなってないよ。今の翔陽じゃない、別の翔陽だもん」
「今の?」
「そ。だから、今みたいに仲良くなれてないかもね」
「それは……やだなぁ。おれ、研磨のこと、好きだもん」
閉じていた瞳がうっすら開き、翔陽の瞳に自分が映っているのを確認する。
数秒視線が交わり、瞼が下りてしまったことによってその交わりが途切れる。
もっと見てほしかった、とはさすがに口にしたらちょっと気持ち悪いかもしれない。
もご、と口を動かしただけに収め、本格的に寝そうな翔陽の頬を撫でた。
「おれも、」
翔陽の言葉の意味と、おれが口にするその言葉の種類はたぶん違う。
だから言葉を飲み込んで、ただふっくらした頬を撫でるだけ。
教室には幸いおれと翔陽だけしかいない。
廊下に聞き耳を立てても、誰の足音も近づく気配はない。
撫でていた手を頬から滑らせて、顎を撫でる。
くすぐったそうに無意識に顔をそらす翔陽が可愛くて、つい悪戯をしながら、ちょっとだけかがんで距離を詰める。
「おやすみ」
口にするかちょっと悩んで、ちょっとずれて額に唇を押し当てた。
それだけでも正直勇気を出しての行動だ。
ぽっと熱くなる自分の頬に気づいて、なんだか照れ臭くなりながら、足の間ですっかり寝息を立て始めた翔陽の寝顔を眺める。
「あーあ、このまま布団の中に隠しちゃおっかな」
そんなことしたら、きっと烏野の部長と、クロに怒られるからしないけど。