いつ寝落ちていたのだろう――。
夜中まで動画編集が終わらず、エナドリを飲みながらなんとか編集を終わらせ、ファイルを保存し、部屋の電気を暗くしたところまではかろうじて覚えている。
ディスプレイの横に置いてある時計を見れば、朝の6時。
「さいあく……」
掠れた声でそうぼやき、欠伸を一つ。
背もたれを倒していたものの、体にいいわけもなく、起き上がって大きく伸びをすると、どこかの骨だか何かがパキッと軽い音を鳴らした。
動画編集のスケジュールを余裕があるからと怠けていたツケが最悪なタイミングでやってきてしまっていた。
もっと早めに終わらせていれば、一人でデスクチェアで寝落ちすることもなければ、せっかく遊びにきている翔陽を一人で寝かせることもなかった。
からからの喉が水分を求めているのに、デスク上のペットボトルも空。エナジードリンクの缶も空。
カタン、と缶をデスクに戻し、背もたれを元の位置に戻し強制的に体を起こす。
何度目かの欠伸をかみ殺して、PCを切って立ち上がった。
寝室に直行したいところだったけれど、喉の渇きは眠気に勝つらしい。
「あれ、研磨。おはよー」
「ん、おはよ」
普通に返事をして、数秒――。
顔をあげると翔陽がいた。
半開きの目を擦って、再度見ても翔陽は消えずにそこにいる。
「徹夜? それとも、部屋で寝てた? ……その顔は寝落ち? やること、終わった?」
心配そうに尋ねてくる翔陽をぼーっと見てしまう。
「くぁ……しょうよう、こっち来て」
止まらない欠伸をかみ殺すことも抑えることもやめ、大きく口をあけながら呼ぶとスリッパを鳴らして歩いてきた。
「どした? なんか食べる?」
「いーから」
かすかすの声帯を動かして、目の前に素直にやってきた翔陽の頬に手を伸ばした。
両手で頬を包み込んで、むにっと押したり、手触りのいい頬を確かめるように撫でる。
「…………」
「あ、の……研磨サン?」
「ん~……何?」
「いや、何はこっちのはな、んむっ」
ぎゅっと頬を両側から押して唇を尖らせるような表情にさせる。
自分でやっていることなのに、翔陽の可愛いとはあまりいいがたいその表情に笑ってしまいながら、またむにむにと頬を触る。
「もちもちだねぇ……」
「ソ、ソーデスカ」
最初から抵抗こそしていなかったけれど、戸惑っていた瞳もさまよっていた視線も瞼の下にしまわれ、体もただ突っ立ったままで触られることに徹してくれているようだった。
翔陽の頬は肉付きがいいかというと、そういうわけでもない。
そう感じていたのは高校生だった数年前のことだ。
今じゃ、輪郭がすっきりしているし、ほどよい肉付きというのは一番いい気がしている。
海外に行ってしまった頃は日焼けと水と睡眠とストレスと、とまあ肌が荒れていたらしいが今じゃすっかりそんなことがあったとは思えないほど、すべすべの肌になっていた。
肌を撫で、頬を揉み、頬を揺らし――。
散々頬を弄び、ようやく満足した。
両手でたまにそれなりに整っている翔陽の顔が崩れるのが少し楽しく感じていたのも、きっと翔陽にはバレているだろう。
その時だけ、ほんの少し眉間に皺が寄っているのをしっかり視界に収めていたから。
最後に、きゅっと両頬を挟む手に力をいれ、唇にちゅ、とだけキスして手も唇も離した。
「ありがと」
「どーいたしまして」
なんだったのか、とは聞かないのが翔陽の優しさだ。
頬を撫でている時には一切現れなかった欠伸が再びまた喉の奥から出てくる。
「高校生の時もよくやられた気がする。起こす時によくやってたよな」
「うん、可愛かったよ。あの時の翔陽。さっきみたいにたまに眉間に皺が寄ったりして」
「さっきのは研磨が俺の顔で遊んでるっていうのがわかったからだよ! 絶対面白いって思ってただろ」
「まぁね……くぁ。満足したし、寝る」
翔陽の横をすり抜け、本来の目的だった水をコップに注いで喉を潤す。
喉を通っていく水が心地よく感じ、何時に起きようかと考えていると翔陽が先にリビングの扉の方に向かっていた。
「走りに行くの?」
「え? 違うよ、ベッドに行くんでしょ?」
「そうだけど……翔陽も寝るの?」
普段なら、朝のトレーニングでも行きそうなのにと不思議に思って首を傾げてみせる。
「そりゃ……だって、えぇー……なんか、言うの恥ずかしくなってきた」
扉の前でぼそぼそと言いながら少しずつ顔を赤くしていく翔陽に、口角が自然とあがった。
「言ってよ」
「……俺も、ベッド行くだけ」
「行くだけ?」
「……眠いんじゃないのかよぉ」
「眠いよ。だから早く言って」
その証拠とばかりに欠伸をする。
わざとに見えるかもしれないけれど、わざとでも嘘でもなく、この時間の欠伸は全部本物だ。
小さく唸っていた翔陽も観念したのか、ちらりと視線を一度寝室のある廊下に向けたあと、こちらに戻ってくる。
「だって一人じゃ寂しいじゃん」
「そっか」
翔陽の答えに満足し、その手を取る。
自然に指と指を絡めて手をつなぐ。
朝でも昼でも夜でも関係なく翔陽の手は暖かくて眠気を誘ってくる。
「やばい、ベッドに入ったら5秒で寝そう」
「ゆっくり寝なよ。俺もたぶんすぐ寝ちゃうと思う」
「じゃあ、今日は一日ベッドの上にいよ」
「そんなことできる?」
「できるんじゃない? やってみればいいでしょ」
繰り返し出てくる欠伸をまた一つすると、隣にいた翔陽にも移っていた。
自然となんとなしに欠伸をした翔陽も、俺の視線に気づいたのか、「あ」とだけ声をあげた。
「うつっちゃった」