ホークスの懺悔「荼毘ぃ〜!ただいまぁ!!」
「……るせェ。」
いつもと変わらない、とある平和な日の深夜にホークスは仕事から帰宅した。唯一違うのは、いつもは疲れた顔で帰ってきて、寝ているであろう荼毘を起こさぬよう扉の開閉や歩く音にも気を遣うホークスが、今日ばかりは豪快に扉を開け放ち、大声で荼毘を呼びながら帰宅した。
当然、突然起こされた荼毘の機嫌は最低だ。起こした当人である馬鹿鳥に罵声のひとつやふたつを浴びせてやろうとそいつを見ると、いつもの仕事後の疲れ顔は何処へやら、顔を真っ赤に染め、ニコニコと笑顔で荼毘を呼ぶホークスがいた。
「てか酒クセェ!!」
「荼毘ぃ〜!!」
上機嫌な笑顔で荼毘に抱きつくホークス。その身体からは尋常じゃない程の酒の匂いと少しばかりの煙草の匂いがしており、余程呑まされたのだろうという事が伺えた。
「おい、大丈夫か?」
「荼毘ぃ〜……ふふ、好き。」
「大丈夫じゃねェな。」
「はぁ〜……荼毘の匂いがする。」
「お前は酒クセェよ。」
支離滅裂な発言を繰り返すホークス。しきりに「荼毘」と「好き」と言うホークスに適当に相槌を打ちながら「あーハイハイ俺も好きだよー」と返事をする。
「……とりあえず水持ってくるから離せ。」
「やだ。」
「……はァ、じゃあ付いてこい。」
酔っ払ったホークスにとりあえず水を飲ませてやろうと思ったが、一向にホークスが離れる気配が無い。それどころかますます身体への拘束は強くなる一方で、荼毘は諦めて背後から抱き締めてくるホークスを半ば引き摺るような形で廊下を進む。一方のホークスは、何が楽しいのか「あはは」と笑っていた。
「ほら、水飲め。」
「荼毘が飲ませて?」
いつものホークスなら絶対言わないような発言に荼毘は思わず「はァ?」と声が出る。
ホークスから荼毘への接触は、基本的に性的なものだったり、肉欲を感じるようなものが一切無い。しかし、ホークスが自身で抜いてるという事も、繋がりたいと思っている事も以前本人に聞いたから、荼毘への性的関心が無いという訳では無い。奴は奴なりにしっかりと線引きを行っているのだ。
因みにキスだって出来るようになったのはつい最近の事で、焦凍が来た際の抱く、抱かないの話をするまではそれすらも一切無かった。荼毘への遠慮か、それとも半ば軟禁のような形で荼毘を攫った事の負い目か……きっと両方だろう。欲しがりで、目的達成の為なら手段を選ばない癖に、人の機微に聡い。その恐れが荼毘への触れ方でよく分かる。
そんな男が今は見る影もなく自分を求めているという事に荼毘の口端が吊り上がる。
「今日は甘えただなァ?委員長。」
「……No.2って呼んでよ。」
「くくっ、No.2?」
「やっぱり啓悟って呼んで。」
「しかも我儘ときたか、啓悟ォ。」
真っ赤な顔が自分の言動ひとつで不機嫌そうに眉を顰めたり、わざと面倒な要求をして甘えてきたりするのが面白い。いつもは紳士ぶってる男がこうも剥き出しに求めてくる所を見れるのは中々に良い気分だ。
荼毘はホークスへと身体を向け、左手をホークスの頬に添える。高まった自身の体温よりも低い荼毘の手が心地良いのか、ホークスは添えられた荼毘の手へと擦り寄る。「離さないで」と言わんばかりに添えられた荼毘の手の上から自身の手を重ね、そこへ固定する。ちゃっかりもう片腕も荼毘の腰へと回っており、ベッドの上にいた時のようにまたも全身を拘束されてしまった。
「おら、ひよこみてぇに口開けて待っとけ。」
「……あ。」
パカッと開くホークスの口。本当に餌を待ってる雛鳥みたいで、荼毘は口に含んでいる水を吹き出しそうになる。
ちゅ……っと僅かな音を立てて重ねた口からとくとくとホークスに水を流し込む。ホークスの喉仏が上下に動き、もう水は無いにも関わらず離れようとはしない。むしろ、無くなったからこそ自由に動けるようになった舌が荼毘の口内を蹂躙する。
「ン、ふ……っ、おい、俺は酔っ払いを相手にしたくはねェぞ。」
「は……ッ、分かってる。ちょっとだけだからぁ……」
離れがたそうに荼毘の舌を吸い、最後まで唇にちゅ、ちゅ、と吸い付きながらやがて離れた。二人の間を紡いだ銀糸はやがてぷつ、と途切れ、お互いの唾液に塗れた荼毘の唇を最後に舌で舐め取り、離れていった。
「……荼毘ぃ。」
「なんだ?」
「好きだよ、本当。」
「……あァ、知ってる。」
「……ぐすっ」
「……!?」
荼毘に抱き着きながら、頭をぐりぐりと押し付けるホークスの声が次第に涙声に変わった。驚いた荼毘は思わず身体を離そうとしたが、ホークスががっちりと腕を回しているようで離れられず、仕方なく震える背中を片腕でさすってやる。
「どうした、啓悟?」
「……荼毘ぃ」
「なァんだよ。」
「俺さァ……エンデヴァーさんの事、昔から好きで尊敬しとったっちゃん。」
「……………………?」
予想だにしなかった問いかけへの答えに、思わず荼毘から低い声が上がる。
なんで今その男の名前が上がるのか。散々さっきまで俺の事好き好き〜言ってたじゃねェか。ふざけてんのかこのひよこ野郎……。
と荼毘の内心は酷い荒れようだが、それを知ってか知らずかホークスは言葉を続ける。
「あん人、今も辛い身体で頑張りよーし、苦労したろうし、幸せになって欲しかっちゃん。」
「……ヘェ〜〜〜?」
(俺は何を聞かせられてンだ?)
荼毘の額には青筋が浮かび、先程までホークスの背をさすっていた手はホークスの服を握り込み、シワを作っていた。
「でもさァ……俺、あん人の大事なもん取ってしまって、でもおれ、幸せなんっちゃんね!!おれ、最低や……」
わぁ〜!!と泣き出すホークス。
そちらとは裏腹に風向きが変わった話題におや?と思った荼毘は話に深く切り込んでいく。
「大事なもん、って?」
「お前だよォ〜!!」
ぐすぐすと泣きながらそう言うホークスに荼毘は先程まで眉間に皺を寄せていた顔を綻ばせる。
「あん人が、お前が元気んなったら一番一緒に……ひっ、過ごしたいろうに、お前もそうだろうに……ひぐ、でも、おれも一緒になりとうて……どげんしてもっ、欲しくて、諦められんやったァ……!!」
しゃくり上げながら必死に言うホークスに荼毘の機嫌は上昇していく。顔が見たくなって身体を離したが、今度は抵抗されなかった。ホークスは真っ赤な顔で金の瞳からぼろぼろと水を零しており、「さっき水飲ましたのに勿体ねぇ」と荼毘は笑いながらホークスの頬を指で撫でる。
「くくっ、俺をお父さんと一緒に過ごせてやれなくて謝ってんの?」
「そうばい……」
「ンな事で泣いてんなよ馬鹿。」
尚もぼろぼろと零す涙をちゅっと唇で吸い取ってやる。金の瞳から絶え間なく涙を流すその姿は目が溶け落ちてしまいそうで心配になる。
「本当に馬鹿だなお前、俺が自分で選んでここに居るんだぞ。思い上がんな。テメェ如きに無理矢理閉じ込められる訳ねぇだろ。」
「……ゔ。」
「あと別にお父さんと一緒になんて居たかねェ。あの家に帰るくらいならムショにぶち込まれた方がマシだわ。」
「……ゔ。」
言葉をかけながら額同士を合わせ、金の瞳を覗き込む。
「俺が幸せになるかどうかはお前次第だな?精々頑張れよ。」
「ゔ〜……頑張る。」
「おう。ほら、とりあえずそのぐちゃぐちゃの顔どうにかしろ。顔洗ってこい。」
「ゔ。」
未だぐずぐずと鼻を鳴らしながらホークスはふらすらと洗面所へと消えて行った。
俺もお前といて幸せだ、とは言ってやんねェよ。精々一生頑張れ。
ホークスの後ろ姿に荼毘は笑いながらそう思った。