続、焦凍襲来編〜抱いてくれないんだけど〜 焦凍の好きって何だ?という小学生時代に終えてそうな疑問の話題が終わって、他愛もない世間話を三人で交わしていた。
ここにいる三分の二が轟家の人間なのだから、会話の多くは必然的に家庭関連の話が多かった。特に二人から聞くエンデヴァーの話はどれも面白く、ヒーローとしてのエンデヴァーの側面しか知らなかったホークスにとっては、どの話も新鮮だった。
「最近親父からのラインが鬱陶しい……」
「どれどれ……うっわ、おぢ構文じゃねぇか。」
「おじ構文……?」
「おぢ構文。〜なのカナ!?とかおっさん達が使う、実におっさんらしい文面の事。」
「なるほど。」
「……エンデヴァーさんは焦凍くんと仲を深めたいから親しみやすい文章で送ってるんじゃないかな?」
「エンデヴァー全肯定鳥は黙ってろよ。」
「ピンポイントで狙い撃って悪口言うやん。」
「飛ぶ鳥は撃たなきゃな。」
「もう飛んでないけどね。」
「……燈矢兄、流石に言って良い事と悪いことがあるぞ。」
「そうだそうだ〜!!」
「これは言って良い事だぞ、焦凍。何故ならこいつ、普段俺が火使った料理すると『炎熱個性持ちだったのに火加減下手くそだね』って言ってくるんだぞ。」
「ホークス……?」
「いや俺は悪くないぞ焦凍くん。こいつが『弱火で20分なら強火で5分だろ』って言って、外は黒焦げ、中は生焼けのハンバーグを出してきたのが悪い。」
「燈矢兄……?」
「いや俺は悪くねェ。俺の個性だったら中までちゃんと火が通ってた。」
自分の旗色が悪くなった途端にむすっとした顔でそっぽを向いた荼毘に、焦凍とホークスは二人で目を合わせ小さく笑った。
やがて話題は移り変わり、他の兄弟の話題になった。意外だったのが荼毘が他の兄弟の話を焦凍から聞きたがって、「冬美ちゃんは先生やってンのか。」「夏くんは彼女がいるんだって?」と興味深そうに焦凍の話を聞いていた事だ。妹と弟の話を聞いている荼毘の表情はどこか柔らかく綻んでいて、それを眺めているホークスもまるで自分の事のように嬉しさを感じた。
家族の話だ。自分がいてはしづらい話題もあるだろうと、ホークスは「ごめん、ちょっと残ってた仕事があるから少しだけ片付けてくるね。」と客人の前で失礼にあたるかもしれないが、彼なりの気遣いで二人にそう声をかけ、部屋を後にした。
あれから30分程経っただろうか。ホークスは全く気乗りしなかった仕事を適当に片付けて、荼毘と焦凍のいる部屋へと戻ろうした。
しかし、部屋から聞こえる二人の会話を耳にした時、ホークスの扉にかけた手の動きが止まった。
「なァ、焦凍ォ……委員長が俺の事抱いてくんねェんだけど、どう思う?」
「ホークスが?」
ピシリと髪の先端から足の爪先まで石になった感覚がした。耳には自身のドッドッとうるさいくらいの心臓の鼓動音が響き、緊張のせいで溢れた唾液を音を立てないよう、慎重に飲み込む。
(え……そげな話を焦凍くんにする……?てか、荼毘……!もしかして、そげん事を俺としたいって思ってくれてて……!?)
もう剛翼は無いはずなのにあった時と同じくらい神経を集中させ、聞き漏らさないよう細心の注意を払う。所々聞き取り辛いところはあるがまだ同じ話を続けているようで、時々自分や荼毘の名前を出されているのが聞こえる。そして突然、天然ピュアと名高い焦凍の口からとんでもない爆弾が落とされた。
「頼めば抱いてくれるんじゃないか?」
(焦凍くんんんん!?君はそげん事言うキャラじゃなかったっちゃやろ!?)
なんて事を言ってくれるのだろうか。それとも流石は荼毘の弟だ、とでも言うべきだろうか?
今までだって散々荼毘に誘われた事はあった。……が、しかし、ホークスは今まで一度たりとも性的な意味で荼毘に手を出したことは無かった。何故なら、荼毘から聞いた彼の性に関する経験談はあまりに辛く、これまで愛のある行為をした事がなかったのだと彼の口から聞かされた。そのせいもあってか、荼毘は結構即物的だ。ホークスが溜まっているのを察せば自分を使え、とまるで物のように言ってくる。
ホークスにはそれが耐えられなかった。荼毘にそんな気は無いだろうが、まるでこれまでの者たちと同じにされているようで……。同じにはされたくない。だからこそ、彼を一等大事に扱い、どうせするのなら身体だけじゃなく、彼の心も満たしてやりたい。
そんな荼毘がもし心から自分を望んでいるのならこんなに嬉しい事は無いだろう。ホークスはいつの間にか熱くなった顔に手を当て、ニヤける口元を抑える。
「頼めば、なァ……。そうだろうけど、兄ちゃんそろそろ寂しくってさァ〜」
「俺が抱いてやろうか?」
(エッ!?!??)
なんだと……!?と思わず前のめりになり、扉に耳を押し当てる。
「焦凍…………、……、デカ……」
「燈矢兄……、……意外と、…………なんだな。」
「ちょっと待ったァ〜ッ!!!!」
慌てて部屋に飛び入るホークス。眼前に現れたのは、あられもない姿でまぐわう二人の姿─────では無く、二人ともきちんと服を着た格好で抱擁をする姿……であった。
「あ、あれ……?」
「ホークス?どうしたんだ慌てて。」
「本当に。どうしたんだァ?慌てて〜」
前者は不思議そうに、後者は煽るように言う。
焦凍はともかくとして、荼毘は恐らく……というか絶対確信犯だろう。ニヤける口元を隠そうとすらせずこちらを見ている。
「……ごめん、なんでもないよ。」
「そうか……?」
心配している様子の焦凍にひらひらと手を振って大丈夫だと伝える。慌てた様子のホークスを見れて満足したのだろう、荼毘はにやにやと笑いながらもそれ以上言及する事は無かった。
・・・・・・・・
日もだいぶ暮れてきた頃に焦凍は「そろそろ帰ります。お邪魔しました。……燈矢兄も、ホークスも元気でな。」と少し寂しそうな顔でそう言いながら焦凍は帰って行った。
お茶請けやグラスの片付けなどをホークスがキッチンでしていると、ふと背後に誰かの気配がした。
「なァ、想像した?」
不意に聞こえた背後からの声に自然と眉間の皺が寄る。
「……俺で遊んで楽しい?」
「あァ、凄く。」
「それは良かった。」
上機嫌にくすくす笑う荼毘にむくれるホークス。荼毘はまるで内緒話をするかのようにホークスの耳元へ口を寄せる。
「そんなに慌てんならさっさとしろよ。いつまで俺がお前と他の奴を重ねてると思ってんだよ?」
荼毘のその言葉に、バッ!と勢い良く振り向く。
「気付いてたん……?」
「お前が前、疲れて帰ってきた時にこんな感じの泣き言言ってたぜ。」
「マジか……」
「で?どうすんだよ。」
お前がもたもたしてるなら本当に焦凍に抱かれてやろうかなァ〜と笑う荼毘の両肩を両手で掴む。
「抱く。絶対抱く。」
「お前俺が上やりてェって言うと思わねェの?」
「別にそれでもよかよ。繋がれるんなら何だって。」
「馬鹿、冗談だよ。抱かれる方が興奮する。」
くすくす笑う荼毘を己の両腕で閉じ込めて、きつく抱きしめる。
「……俺、荼毘の身体だけが目的やなかけんね。」
「知ってる。」
「お前がいつも『俺を使え』って言うてくると。あれ実は俺嫌い。」
「そうか。」
「心も、身体も、全部欲しい。……貰ってもよか?」
「前から良いって言ってンだろ。」
「そうだった。」
「でもとりあえずお前はまず休みとってゆっくり疲れ取るところからだろ。」
「いや、いい。そんなんに休み使うの惜しい。次仕事行った時に絶対有給取ってくる。」
「ふは、必死かよ。」
「必死だよ。」
二人顔を見合わせて笑う。
次の休みの予定が決まった。ホークスは絡めとった荼毘の小指に自身の小指を絡め、ぎゅっと力を込め、有給が取れますように、と強く願った。