さようならのその後で ■さようなら【藤堂視点】
「さようなら、藤堂くん」
それだけ言って、千早は俺の方を振り返る事なく歩いて行ってしまった。
いつも別れ際に言ってくれる「また、今度」の言葉が今日はない。本当にこれで終わりなんだろうという気持ちが実感として込み上げてきた。
3月末。もう綻んだ桜もあるというのに冬に逆戻りしたかのような冷たい風にハーフアップの髪が巻き上げられた。頭上では桜の枝が大きく揺さぶられ、ざわめく音だけがうるさく響いている。
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千早はいつも恋人との別れとは思えない程にあっさりと帰ってしまう。
それでも別れ際には「さようなら、藤堂くん。また今度」と言って少し眩しいものを見るような笑顔を見せてくれる、俺はその顔が好きなんだ。可愛いと言えばまたからかわれるのがわかっているから言わない。ただあの黒目がちな目が細められると余計に小さな子どものようになって、なんだか自分の中の保護欲みたいなものを掻き立てて余計に離れ難くなるんだ。ここが公道でなければ、その形の良い頭を撫でてその感触を覚えておきたい、もう一度その手を握っておきたい、できれば一瞬でも良いから抱き締めておきたい。
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