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    ヨモギ

    @yomogibl

    松をあげる垢。24多めの予定。

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    ヨモギ

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    『風と来たりし猫の恋』展示小説その1です!パスワードは『旅日記に君をのせて』でした!

    グラいちオムニバス第壱話 愛猫 坊主頭にサングラス。人呼んでグラサン風来坊は今日も一人町から町へ旅を続けていた。ここは義理と人情が交差する遥か昔の世界。行く当てなどない。風と己の心に従うのみ。賑わいを見せる町の中、グラサン風来坊は何やら不穏な気配を感じ取った。前方三十メートル。人だかりができている。
    「オメェ知らねえってそれはねえべよ!!」
    「ひぃっ!?やめてくれぇ!」
    どうやら複数人の野郎共が寄ってたかって一人の男を脅しているらしかった。遠巻きに見ている人達も助けに入る様子はない。グラサン風来坊―カラ松は大きく息を吐いた。
    「目立つのはあまり好きじゃないんだけどな…」
    ザッ、ザッと人だかりの方へ歩み寄って行く。連中がカラ松に気づく様子はない。そこでカラ松は静かに、しかしよく響く声をあげた。
    「そこまでにしときな」
    「なっ……、お前はっ」
    「グラサン風来坊!?」
    野郎も男も一斉にカラ松の方を向いた。と同時に野郎が一斉に飛び掛かってくる。その一瞬の動きだけで彼らの実力を悟ったカラ松は刀を抜かず全員を手刀で仕留めた。見ていた人たちからはまばらに拍手が飛んできた。男は腰が抜けて立てないらしい。カラ松が手を貸すとよろよろと立ち上がった。余程怖かったのだろう、カラ松が握った手からは震えが伝わってくる。男はぽつりぽつりと呟くようにお礼を言った。
    「ありがとうございます……ありがとうございます……」
    この男を家まで送り届けた方がいいがどうやって所在を聞こうとカラ松が悩んでくると、丁度向かおうとしていた方向から藍の着物に身を包んだ男が二人やってきた。
    「ご主人様!!!」
    「ご主人様、お怪我はありませんか!?」
    どうもこの二人は男の使用人らしかった。使用人を雇っているということはそこそこ裕福な家なのだろうか。カラ松は男を二人に引き渡そうとすると、男が使用人を見据えてこう言った。
    「こちらのお方は先程私を救ってくださったんだ。盛大にもてなすように」
    「はっ!」
    使用人二人のうち一人は来た道を帰り、カラ松は気づかぬうちに男の屋敷でもてなされることとなっていた。



     「この屋敷があなたの……?」
    「そうだ。遠慮するな、一番良い客室を用意してある」
    道中で聞いた話だが、この男は町一番の富豪らしかった。重厚な雰囲気を放つ門をくぐるとそこから屋敷の入り口までもが遠かった。右側には池があり、左側には造られた林がある。普段は無関心を気取る風来坊だが、あまりのもの珍しさについ辺りを見回していた。またしばらく歩くと、建物の前に着いた。使用人が扉を開けると、そこには広い玄関があった。この前カラ松が泊まった宿屋の部屋位の大きさだ。靴を脱いだ後は女中が部屋へと案内してくれた。荷物を持つよう提案されたのだが、自分よりも力の弱い女子にそのようなことはできない、と断った。通された部屋からは池がよく見えた。部屋の広さもさることながら、装飾品も選りすぐりのものばかりだった。芸術には疎いカラ松でもその名を聞いたことがあるような作家のものだ。いつだったかその作家の作品を盗んだ悪人を懲らしめたことがあった。荷物を置くことも忘れて部屋の中をうろうろしていると、食事が運ばれてきた。あの富豪の男も一緒だ。二人は向かい合わせになって食事をとった。急な来客とは思えないほどの豪華な食事にカラ松は少し肩身が狭くなった。普段野宿することもある彼にとっては住む世界が違いすぎる。食べ物の味もよく分からないまま無理やり口に運んでは噛んで飲み込んだ。一方富豪の方は酒も入り上機嫌だ。
    「いやあ、本当に昼間は助かったよ。あの若衆、急に言いがかりつけてくるんだもんなあ。……あ、確か君はグラサン風来坊、だっけ?変わってるよねえ、こんな夜でもサングラスなんかしちゃって」
    「は、はあ……」
    豪快に笑う富豪にカラ松は内心ビビっていた。この人の町での怯えようはなんだったのだろう。正直早くこの食事が終わってほしい。そんなことを考えていると、富豪がぽん、と手を叩いた。
    「そうだ実はすごいものがあってだね……最近手に入れた宝物なんだ。本当は誰にも見せたくないんだけれど風来坊くんは命の恩人だからね!」
    そう言って富豪が二回大きく手を叩くと襖が開いた。
    「は……?」
    カラ松は目を疑った。女中が二人、そしてその間には、
    人間がいた。



     紫の猫耳と猫の尻尾がついた露出の多い服装に身を包んだ男は俯きわずかに震えていた。富豪はそんなことお構いなしに手招きしている。
    「ほらおいで、私のにゃんこ」
    にゃんこ、と呼ばれた男はおずおずと部屋に入ってきた。心なしか富豪はさっきよりも上機嫌にみえる。
    「ほら、こっちに来るんだ」
    「わっ」
    富豪に勢いよく腕を引かれ、にゃんこはバランスを崩し富豪の隣に膝をついた。富豪はまた豪快に笑い酒をあおる。
    「内気なものでね、どうだ?愛らしいだろ?」
    カラ松の思考回路には追えなかった。親子?にしてはよそよそしすぎる。恋人?をわざわざ見せびらかすだろうか。そういえば富豪は『最近手に入れた宝物』と言っていた。まさか人を物のように扱っているのだろうか。カラ松の思考をよそに富豪はにゃんこの頭を撫でた。
    「それじゃあ私のにゃんこ、自己紹介できるね?」
    そう言われてにゃんこはようやく顔をあげた。今すぐにも泣いてしまいそうな弱弱しい表情をしていた。にゃんこはゆっくりと口を開いた。
    「あ……、せ、セクシーニャンコ……です、にゃん」
    にゃんこ―セクシーニャンコは機械のように右肘から先を挙げた。セクシーニャンコ。カラ松は口の中で呟く。大方自分についたグラサン風来坊のように、誰かからつけられた仇名だろう。自己紹介が終わると富豪は満足気に頷いた。そしてセクシーニャンコを再び撫でたが、彼の表情は硬いままだった。
    「よくできたね。風来坊くん、いいだろう?実はこれがうちに来たのはつい三日前位なんだよ。だからまだまだ不慣れなところもあるけどね、私には分かるんだ。これは逸材だって。しかも嬉しいことに初モノときた。これからじっくりたっぷり躾をしてゆくゆくは私の愛玩人形となってもらうんだよ」
    手袋の内側でセクシーニャンコが拳を握ったのが分かった。カラ松はぞっとしていた。人間をまるで家畜かのように扱う態度。富豪はセクシーニャンコを人間だと見ていないし、そのことに違和感すら覚えていない。もしかして昼間オレは救う人間を間違えていたのではないか?そんな疑問がふと心を染めた。だがそれを表には出さないようにカラ松は富豪に提案した。
    「……それは素晴らしいな。手は出さないと約束するから一晩その、セクシーニャンコと二人きりで過ごしても良いだろうか?」
    酒が入っていたのが功を奏したのか、カラ松の申し入れはあっさりと承諾された。



     食事も終わり、富豪が部屋から出て行った途端、セクシーニャンコが頭を掻きむしり始めた。小さく呻き声のようなものが聞こえる。
    「ああ……んああーっ……」
    「大丈夫か!?」
    カラ松は咄嗟に駆け寄ったがセクシーニャンコの手で払われた。セクシーニャンコはカラ松の方を睨みながら続ける。
    「何だよお前こんなんでおれのこと助けたつもりかよ……意味ねえよこんなの」
    カラ松は真っすぐにセクシーニャンコを見つめた。
    「オレはカラ松だ。お前のことが知りたい」
    「話聞けよ、おれのこと知ったって何の意味も」
    「何故この屋敷に来たんだ?それにセクシーニャンコって本名じゃないだろう?」
    セクシーニャンコは大きく目を見開いた。が、
    「っ、そんなのお前には関係ない!」
    噛みつく勢いでカラ松に迫った。しかしカラ松は引かなかった。
    「オレは正義の味方だ。もしお前が無理やりここに居させられているのなら、オレにはお前を助ける義務がある。まあ望んでこの屋敷に住み着いているのなら話は別だが……その顔を見るに答えは明らかだな」
    セクシーニャンコの顔は真っ赤で、目からは今にも涙が零れ落ちようとし、噛んだ唇はわなわなと震えていた。未だカラ松の方を睨んではいるが、恨みよりも泣かないために必死になっている印象を受けた。しかしそれも長くは持たない。つー、と涙が頬を伝うとダムが決壊したようにセクシーニャンコは泣き始めた。嗚咽交じりで彼は叫ぶ。
    「……こんなとこっ!いたくているわけ、ないっ!……おれは、セクシーニャンコなんか、じゃないっ!愛玩、にんぎょなんて、やだ!やだよおっ!」
    カラ松は黙ってセクシーニャンコの背中をさすった。彼の顔は涙と鼻水でべちゃべちゃになっている。カラ松は敢えていつもの調子で聞いた。
    「なあ、……その、お前の本名はなんて言うんだ?それと、何故ここに来たのかも教えてほしい」
    彼は目を擦りながら答えた。
    「いちまつ……。松野一松」



     幼いころから、セクシーニャンコ―松野一松は猫が好きな少年だった。暇さえあれば煮干しを携え猫を探しに行っていた。町中の猫が一松に懐き、また一松もその猫達と共に過ごしていたので住人からは『にゃんこの一松』と呼ばれていた。そんな一松には夢があった。それは自分自身も猫になることだ。しかし普通に考えてそんなことできっこない。一松は猫になった自分を夢想しながら日々を過ごしていた。そんなある日だった。一松の住む町に貿易を営む商店がやって来たのだ。町は大いに賑わった。甘味処はやけに甘ったるいお菓子を出したし、外っ国の柄の着物に身を包む人が増えた。一松も何度か商店の前を通った。異国情緒溢れる店は海の匂いがした。そして出会ってしまったのだ。猫をモチーフとしたきわどい衣装。それが肌を隠せる面積よりも一松は猫耳や尻尾、肉球の再現に惹かれていた。今までの服で、こんなの見たことない。すぐに店主と話をつけ、貯めていたお小遣いでそれを買った。うきうきしながら家に帰り、いざ着てみると、まだ幼かった一松にはぶかぶかだった。猫耳の頭飾りは良いものの、腕にはめる肉球は肩まで隠れてしまうし、ぴたっとするはずの履物もずり落ちてしまう。折角猫になれると思ったのに。一松は肩を落としながらその衣装を籠の中へ閉まった。

    それから十数年の時が過ぎた。押入れを掃除していた一松はその奥に小さな籠を見つけた。不思議に思い開けてみるとそこにはあの日のまま、猫に憧れた少年が手を伸ばしたものが入っていた。服を着ただけで猫になれるはずがないのに。昔の自分に苦笑しつつ、籠を閉じようとしたが、一つの考えが一松の頭をよぎった。あの時からかなり成長したし、今ならこれ、着こなせるんじゃない?そっと袖を通してみる。思った通り、今の一松にはぴったりだった。少しだけ布に乗った腹が気になるが、見なかったことにする。自分がどんな姿をしているか知りたくて、姿見の前に立った。
    「これがぼく……?」
    いつもの鬱々とした印象とは違う、活動的な雰囲気。生まれ変わったみたいだ。体に羽が生えたかのように軽い。今なら何だってできる気がする。試しに姿見に向けてポーズを取ってみた。決まってる。一松の心は再びこの衣装に奪われていた。中からみなぎる元気が止まらない。きっと自分の足りない欠片がはまったんだ。

     こうして一松は着物を脱ぎ棄て、セクシーニャンコとなった。この格好で散歩しているところを富豪に見つかり屋敷に連れてこられるのはまた別の話。



     次の日。カラ松が目を覚ますと隣には一松が寝ていた。まだ幼さの残る愛らしい寝顔だった。左手でそっと頭を撫でるとほんのり一松が笑顔になった。せめて夢の中だけでも幸せであってくれ。そんなことを考えていると、おずおずと襖が開かれた。カラ松は一松を起こさないように、しかし素早く起き上がった。襖の向こうには女中がいた。カラ松は襖へと近づき小声で挨拶する。
    「おはよう」
    「おはようございます。起こしてしまわれましたか?」
    「いや、そんなことはないさ。こんな朝早くからどうしたんだ?」
    女中は気まずそうに目をそらした。
    「ええと、実は昨晩風来坊様があの猫と二人きりで過ごすと仰ってから、今朝風来坊様がご主人様のものに手を出していないか、見に行くよう仰せつかっておりましたので」
    「なるほどな。それなら心配ないさ。誓って何もしていない」
    カラ松は体の芯が熱くなるのを感じていた。昨日の富豪といい、この女中といい、一松を人間として見ていない。湧き上がる衝動を必死に抑えていた。横目で一松を見ると、現実とは乖離したかのように健やかな寝息を立てている。これからこいつは富豪の玩具にされる。その時何かがカラ松の中を駆け巡った。そして気づいた時にはもう音になっていた。
    「なあ、しばらくコイツと一緒に過ごしてもいいか?」



     表向きではこの町が気に入ったから、ということにしたが、しばらく屋敷に滞在する旨を富豪に伝えると快く快諾してくれた。さらに幸運なことに、カラ松が屋敷に滞在している間彼の客室には一松がいることとなった。これでしばらくは一松が襲われる心配もない。カラ松はずっと引っかかっていた。富豪や女中の人間を人間として見ない態度。一松の望んで屋敷に来たわけではないという発言。カラ松はある憶測に辿り着いたが、首を横に振った。まずは町で話を聞いてみるしかない。少ない荷物を携えて、風来坊は町へ出かけて行った。

     町は人で賑わっていた。昨日は野郎共のせいでどこか緊張感が走っていたが、今日はどこまでものびのびとしている。普段ならば口笛でも吹くのだが、生憎そんな気分にはなれなかった。さて、誰から情報を聞くのがよいだろうか。カラ松は近くの甘味処へと足を進めた。あんこと抹茶の匂いが鼻孔をくすぐる。店員の中に昨日の騒動を見ていた人がいたようで、抹茶を一杯おまけしてもらった。抹茶で喉を潤しつつカラ松は問うてみる。
    「実は聞きたいことがあるんだが……昨日オレが助けた人ってどういう人なんだ?」
    店員は首を傾げる。
    「どうって……見た通りの金持ちですよ。何代も前からずーっと、この町で金持ちといえばあの家ですからね」
    「ずっと……、一体どんな商売をしてるんだ?」
    「ええ?うーん……そう言えば聞いたことないな……店長!」
    店員に呼ばれ店の奥からのそのそと店長が出てきた。手に刻まれた皺がこの店の歴史を感じさせる。
    「どうした……?そだに呼ばんでも聞こえとる」
    「店長~、このお客さんがあのお金持ちのこと知りたいんですって。店長は何か知ってます?」
    その刹那、店長の纏う空気が変わった。店長はカラ松に詰め寄る。
    「お前さん、あの家に近づいちゃいけねえよ」
    「何故だ?」
    「何も知らなくていい。もし知ったとしても忘れるんだ。お前さんのためだ」
    「答えになってないぞ」
    「やかましな!」
    店長が卓を叩いた。他の客の視線が集まる。
    「結局世の中金が全てだ……お前さん旅人だろ?もうこの町を出ろ」
    「待て、意味が分からない」
    カラ松の反論も虚しく、甘味処から追い出されてしまった。責任を感じたらしい店員が有力な情報を教えてくれた。夜に町の外れの居酒屋に行くといい。あそこは情報通が集まる所だから。

     早速その日の夜、カラ松は甘味処の店員に言われた居酒屋へ来ていた。怪しい雰囲気の割には小綺麗で外観もしっかりしている。暖簾をくぐり中に入ると、そこには見知った顔がいた。
    「よお、あんちゃん。昨日ぶりじゃねえか」
    居酒屋では昨日カラ松が手刀をくらわした野郎共がたむろしていた。内心気まずさを覚えつつも空いている席に着いた。その瞬間隣の席の男に強く背中を叩かれた。
    「あんちゃん強えよなあ、俺達のことみーんな一瞬で気絶させて」
    男の吐息は既に酒臭かった。既に酔っているのだろう。野郎共はカラ松を咎めるどころか酒を勧めてきた。
    「ほらほらあんちゃんも飲め飲めえ!」
    「すまないがオレは酒が飲めなくて」
    「なあーんだあー?俺の酒が飲めないってかあ?」
    「ち、違うんだ……」
    この状況を収集してくれる者はいないかと辺りを見回したが、同情の視線しか無かった。塩辛と一緒にちびちび飲んでいた男がぼやく。
    「あんにゃがああなっちまうのも無理はねえ。あんにゃん家(げ)の息子、連れてかれたんだと」
    「連れてかれた……?」
    「んだ。ちっと目さ離したらいねぐなっちまってよ、んだども声さ聞こえたから追いがげだんだど」
    「追いかけて……どうなったんだ?」
    「したらあの屋敷さ着いたんだと。おめも見たべよあのでっけえの。もうあの門の向こうさ行っちまったらお終いだ」
    「それは何故なんだ?」
    カラ松の問ははやし立てる男達の声に消された。
    「んだば飲まねっかやってらんねえばい!」
    「んだんだ!おら飲め飲め!」
    「オラはぁあんにゃが可哀想で仕方ねえだ!」
    「オメは酒が飲みたいだけだべした!」
    段々大きくなる声をよそに、カラ松は思考を巡らせていた。再びよぎった考え。オレは味方する方を間違えたのかもしれない。……屋敷が男を攫っている?とても人手に困っているとは思えなかったが。昨晩の富豪の発言を思い出す。アイツは確か一松を愛玩人形にすると言っていたが……まさか他にも被害者がいるのか?甘味処の店長を思い出す。彼は極度に富豪のことを話したがらなかった。考えれば考えるほど疑念は増していく。
    「チッ……どうにも嫌な予感がするぜ」
    お祭り状態の男達を尻目に、カラ松は居酒屋を出た。



     カラ松がこの町に来て一週間ほど経っただろうか。段々と顔見知りも増えていき、はじめは頼りなかったものが今では確固たる証拠となっていた。今のところ一松とあの男の息子以外、屋敷に連れていかれたのは五人。しかも全員が男で年齢は十代後半から二十代前半だった。こんなにも人を攫っておいて役所が手を出さないのは、単純明快、富豪が金で黙らせているのだとか。さらに今日はかなり有力な情報を手に入れた。これを提示すればきっと一松を自由にすることができる。カラ松は未だ圧倒される門をくぐり足早に部屋へと駆けていった。いつかあんなに心を奪われたはずの庭など目にも入らない。風のような速さでカラ松は部屋へと辿り着いた。
    「いちまーつ!今帰ったぞ……一松?」
    カラ松の部屋はもぬけの殻だった。厠に行ったとかではない。そこにいた温度が感じられないのだ。
    「嘘だろ……」
    カラ松は完全に油断していた。自分が富豪の恩人だから、という驕りが少なからず存在した。目に留まった女中に一松の居場所を聞いたが、答えは濁された。仕方なく手当たり次第に部屋を開けていく。屋敷は腹が立つほどに広かった。歯をぎりぎりと鳴らす。握りしめた拳には爪が食い込んでいた。柱に頭を打ち付けようとしたその時だった。かすかに一松の声が聞こえた。間違いない。この先の部屋だ。再び風来坊は駆けだした。音すらも置き去りにしていく。目的の部屋の前についた。声がはっきりと聞こえた。襖を開けることすら惜しくてカラ松は襖を蹴り飛ばした。中の様子が見える。そこには裸の富豪、行方不明であったであろう少年達、そして辛うじて服は着ているものの今にも泣きだしそうな一松がいた。どこかでブチッ、と鈍い音がした。
    「覚悟はできてるな?」



     町で絡まれたときに腰を抜かしただけあって、富豪は用意周到だった。カラ松を取り囲むように使用人が集まる。使用人の中には刃物を持っている者もいた。あまり手荒な真似はしたくないが、邪魔をするのならば仕方ない。カラ松は刀に手をかけ、大きく息を吸い込んだ。それが合図だったかのように使用人達が走ってきた。素手のものは軽くいなし、刃物はできるだけ遠くに飛ばす。幸い腕の立つものはいなかったようで、あっという間に使用人の肉壁は無くなっていた。カラ松はゆっくりと部屋に押し入り、富豪の首へ刀を向けた。富豪は裸のままかたかた震えていた。風来坊は感情のない声で告げる。
    「今まで町の少年達を攫って見た夢は楽しかったか?」
    「あっ……ああっ……」
    「お前は少年達の気持ちを考えたことがあるのか?いや、無いだろうな。なんせ好みの男を拾っても飽きたら捨てていたんだからな」
    少年達が息を飲むのが聞こえた。
    「捨てられた男だってその後生きていかなくてはならない。心に大きな傷を負った上で日銭を稼ぐのはさぞ辛いだろうな。オレの短い滞在期間でもそんな奴を見かけたさ」
    甘味処の店長だ。ようやく今日店長が話してくれたのだ。厳密に言うと彼は富豪の父親が富豪にあてがったのだが、共に年を取るにつれ店長への飽きが生じ、ある日突然町へ放ったのだ。今では自分の店を構えているが、しばらくは体を売って生活する日々が続いたらしい。カラ松は刀を握りなおす。
    「いいか?ここにいる少年達の体はお前の欲でついばんでいいものじゃない。この子達の心も体も、全部お前への捧げものなわけないだろう?本来ならば、いつか愛する人のために存在するものなんだ」
    富豪は失禁していた。この気の弱さでよくこの人数の少年を集めたな、と呆れる。それだけ欲には逆らえなかったのだろうか。そうこうしていると部屋の外から複数の足音が聞こえてきた。役所の人間だ。富豪は小さくなんで、と繰り返していた。



     攫われていた少年達もそれぞれの家に戻り、富豪もこってり絞られ、まさに一件落着。あの時役所の人間が屋敷に入ってきたのは居酒屋にいた男達の直談判を食らったかららしい。事件の行く末を見届け、風の赴くままに風来坊は次の旅へ向かおうとする。が、その腕を引くものがいた。
    「……ん?一松?まだその恰好なんだな」
    「気に入ってるんだからいいでしょ。ねえカラ松、旅、出るんでしょ。あのさ、おれのことも連れてってくんない?」
    一松は上目遣いでカラ松を見つめてくる。カラ松はわざとそっぽを向いて答えた。
    「すまないが一松。オレの旅には危険が伴う。とてもお前には耐えられると思えない」
    「は?耐えられるし。俺だって男なんだよ?」
    「一松、何故オレが刀を持ち歩いているか分かるよな?」
    「……」
    一松は頭を掻きむしった。そして両手でカラ松の顔を掴み無理やり自分と向き合わせる。
    「それでも行きたいって言ってんの!そりゃあおれは戦いの経験もない屑だけどさ……、でもアンタ言ってたじゃん。おれの体も心も愛する人のために存在するって。おれが心を捧げたいのはアンタなの!」
    「へ?」
    途端にカラ松の顔が真っ赤に染まる。それに釣られたかのように一松の顔も真っ赤になる。
    「……なんというか、熱烈な告白だな」
    「う、うるさいっ!忘れろ!いや忘れんな!」
    「どっちだ一松!?」
    グラサン風来坊の旅は続く。愛すべき猫の一松を連れて。
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    ヨモギ

    DONE『風と来たりし猫の恋』展示小説その4です!パスワードは『旅日記に君をのせて』でした!
    グラいちオムニバス第肆話 戦姫 暖かい風が吹いていた。まるで何かのアニメのコスプレのような古風な格好の男は、大きく息を吸った。
    「春だな……」
    優しい日の光を浴びて男、カラ松の顔は思わずほころんだ。こんな天気の日は気分が良い。近くの和菓子屋で団子でも買おうかと思ったその時、カラ松の前に何かが立ち塞がった。人ではない。カラ松の三倍くらいの大きさをした、何か。一つ目でこちらを睨んでいる。ドブのような色で鼻をつく臭いがする。思わず後ずさる。何だこの化け物は。化け物が歩いた後にはヘドロのようなどろどろした何かが湯気を立てて残っていた。背中に壁が当たる。しまった。もう逃げ場が。化け物が迫る。オレの旅もここまでか。これまでの思い出が蘇る。道を間違え正反対の方角へ歩いたこと。何もない所でバランスを崩し、かなり派手に転んだこと。『あなたに心奪われました』と言われ……たことは無かった。カラ松の旅先の子は皆内気だったのだろう。様々な思い出が走馬灯となって流れていく。不思議と後悔は湧かなかった。ただ今は、流れゆく記憶の欠片に思いをはせていた。あの世とは、どんな所なのだろうか。悪人はいるのだろうか。化け物がカラ松のすぐ側まで来た。カラ松は何も抵抗しなかった。化け物の頭部だけがずる、と伸びてくる。恐怖はもう無かった。カラ松が手を伸ばす。その時だった。
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    ヨモギ

    DONE『風と来たりし猫の恋』展示小説その2です!パスワードは『旅日記に君をのせて』でした!
    グラいちオムニバス第弐話 歯車 日が昇る前から出勤して、サービス残業は当たり前。社食は硬いパンと薄いスープ。作業員には何を作っているのか知らせず、就職したら最後、骨になるまで利用される。そんな悪しき噂が後を絶たない工場、ブラック工場にグラサン風来坊は来ていた。外見から黒々としていて、名実ともにブラック工場であることを隠そうともしていなかった。あまりの黒さにグラサン風来坊―カラ松はサングラスを外した。一筋の月明りだけが彼を照らしていた。幸い警備は薄いようで、まるで駅に入るみたいに自然と建物の中に入ることができた。建物の中は暗かった。機械の錆と油の臭いが鼻につく。入ってすぐに案内図があったが、真っ黒で何も読めなかった。他の看板も黒く、手探りで向かうしかなさそうだ。工場の中は思ったよりも広かった。地下に通じる階段を下りる。臭いがさらに強くなった。あまりの異臭にカラ松は口元をいつもマントのようになびかせている布で覆った。暗闇にようやく目が慣れてきた。相変わらず道案内の役割を果たすはずの看板は、真っ黒。辺りを見回すと、ほんのりと明かりが漏れ出している部屋があった。部屋のプレートも真っ黒で読めない。思い切って扉を開けてみるとそこはこれまでカラ松が見てきたブラック工場とは似つかわしくない光景が溢れていた。まずはその明るさだ。おそらく一般的な照明のそれと変わりないのだろうが、目が暗闇に慣れたせいでかなり眩しい。カラ松はサングラスをかけた。やはり机やソファといった家具は黒いが、所々にフィギュアや金庫で別の色があるのを見つけた。そして部屋の奥、人影があった。カラ松は声をかける。
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