廃れていく関係だとしても一部が崩れた建物
伸びきった雑草
怪しく揺れる雑木林
割れた石畳
蔦に覆われたガボゼを横目に進んだ先にある廃墟へ二人は足を踏み入れた。湿り気を帯びたボロいレッドカーペットの上を歩いていくとある一室にたどり着く。
足元に飛び散った色彩豊かなガラスの破片。見上げると、元はそこにあったのだろう、大きなステンドガラスが埋め込まれている。何か人らしき絵が描かれていたらしいが、破損が激しくどんな人物かまではわからない。
両側に並んだ木製の長椅子はすっかり腐っていて、小形のポケモンが乗っただけでも崩れてしまうだろう。
その間を更に進んでいく。
繋いでいる手をしっかりと握り直し、落ち葉や木片を踏み鳴らしながら、転がっている大きな鐘の前で立ち止まった。
「ほんと、よくこんなところ見つけたよな」
「俺たちにはお似合いの場所だろ」
「かもな」
黒のスーツに身を包んだアメジオがフリードを見上げる。白のレースで覆われているため表情を確認できないが、弾む明るい声色で機嫌を窺い知れた。
アメジオとは真逆の真っ白なスーツを身に纏ったフリード。
かつて教会だったその場所で、二人は向かい合い手を取り合った。
「嬉しいんだけどさ、これ、必要だったか」
これ、とは何十にもあしらわれたレースが美しいベールのことだ。スーツを用意する際、アメジオの強い希望により追加されたオプション。後頭部から垂らされたそれが静かに揺れる度、アメジオの心は優しく乱された。
「綺麗だ、フリード」
「答えになってないんだよなぁ…ま、お前がいいならいっか」
場にそぐわない気の抜けそうな会話に、つい笑いあう。
こんなことをしに来たわけではないのに、真剣に向き合うべきなのに、そんな雰囲気にはならないことがある意味二人を救った。
テラパゴスとラクアを巡る争いをきっかけに、悪化してしまったライジングボルテッカーズとエクスプローラーズの関係。ペンダントがポケモンだとわかる以前より敵ながら惹かれ合い、交際を始めていた二人は身動きが取れなくなっていた。
誰にも相談できない。
気軽に会いにも行けない。
そんな中、アメジオが提案したのだ。
「お前を離したくない。結婚してくれ」
「それは提案じゃなくてプロポーズって言うんだよ。喜んで」
公式な手順を踏むわけではない。出来るはずもない。
他言なんてもっての他。反対されるに決まっている。
それでも、離れたくはなかった。他の誰かに奪われたくなかった。
相手を縛るなにかが欲しかった。
同時に、スーツのポケットから小箱を取り出す。
「病める時も」
「健やかなる時も」
「常にお前を愛し、守り」
「慈しみ、支えあうことを」
「「誓おう」」
「ほら、さっさと指輪交換するぞ」
小箱から指輪を取り出したフリードがアメジオへ手を伸ばす。
「俺が先にやる」
その手を取ったアメジオが、フリードの左薬指に指輪を填めた。情緒も雰囲気もないやり取りだが、二人はそれに心底安心する。
指を飾ったリングをしばらく眺めたあと、フリードもアメジオへ指輪を贈った。揃いのシンプルなシルバーリングの内側には二人のイニシャルが刻まれている。
「フリード、一歩前へ」
「はいはい」
アメジオがベールの両端を持ち、踵を上げて後ろへ捲り上げた。現れたフリードの頬は僅かに上気してうっすらと色づいている。両手で包み込んで引き寄せると、抵抗なく近づいた唇を静かに合わせた。
数秒押し当てるだけの、誓いのキス。
至近距離で見つめ合い、互いに口角を上げた。
「これでフリードは俺のものだな」
「アメジオも俺のものになったんだぞ」
「最高だ」
衝動のまま抱き締めあう。
契約書なんてない。二人だけしか知らない、脆い誓約。
それでよかった。否定されるくらいなら、不確かで不安定な関係を続けるくらいなら、縛り付けあった方が大分といい。
二人は満たされていた。
腕の中の存在をやっと手に入れたと、そう感じることが出来たのだから。
この廃墟のように世間から見放されても、朽ちるだけの運命だとしても、しぶとく契り続けよう。
「フリード、愛している」
「愛してるぜ、アメジオ」
誰もいない廃れた教会で、二人は再びキスを交わした。