逸る想い(後編) 昼食を終えレストランを後にすると、しばらくは腹ごなしにランド内を散策する事にした。
午前中とは違い、リズニーランドファンだという事を打ち明けたネロが細かな隠れキャラクターや景観への拘りポイントなどを語りつつ道を歩いていく。
ブラッドリーはそんな姿を可愛く思いながら和やかに相槌を打っていると、ふとアミューズメント施設が目に入った。射的や輪投げなどのミニゲームで景品を狙うコーナーらしい。
興味を唆られたブラッドリーが誘おうとネロの方へ顔を向けたと同時、
「……っ! スクワールくんの限定ぬいぐるみ……っ‼」
口を開く前に、景品に好きなキャラクターを見つけたネロが目を輝かせ小さく悲鳴を上げた。
その様子があまりにも可愛くて、思わず吹き出してしまう。
「ふはッ! そんなに好きかよ」
「うぅ……そうだよ、悪ぃかよ」
むす、と唇を尖らせる仕草も可愛い。
普段から可愛いと思ってはいたが、今日は今まで見たことない程素に近い反応を見れている気がした。
その事が、余計に心を温かくする。
「悪ぃなんて言ってねえだろ。で、どれが欲しいんだ?」
「えっと……あの、射的のやつ」
おずおずと指差したのは、回る観覧車や汽車の模型に乗る的を銃で撃ち落とすゲームの景品らしい。
なるほど。確かに、壁に飾られたぬいぐるみは今まで見てきたグッズの衣装とは違う物を着ている。
「うしッ、やってみようぜ」
「あ、あたしからやる!」
そう言ってネロはそそくさと財布から自分の分を取り出した。レストランでの食事代や、細々したものをブラッドリーが支払っているのを気にしているらしい。
そんなの気にしなくていいのに。と思いつつも、気にするネロだからこそ気分良く支払えるのだろうとも思う。
ネロはスタッフに小銭を渡すと、台に片手を付き上体を倒してギリギリまで銃を持つ腕を伸ばした。その姿勢にブラッドリーは思わずギョッと目を見開くと、サッとネロの背後に移動する。
普段履かない丈のスカートだからか、今、自分がどんな体勢になっているのか分かっていないらしい。チラチラとこちらを窺う通行人の野郎どもに目で牽制する。
伝えるべきかどうしようか、思案しているうちにネロの持ち弾はなくなってしまったらしく、しょんぼりした顔でこちらを振り返った。
もしネロが動物なら、しゅんと耳が垂れているだろう姿が浮かぶ。
「選手交代だな」
ネロから銃を受け取り、小銭をスタッフへ渡した。ブラッドリーは手渡されたコルクの弾を銃口へ詰め込むと、スッと目を細め躊躇いなく狙いを定める。
弾は三つ。
一つめ、二つめ、と難なくポコンポコンと撃ち落としていく。その様子を手を祈りの形にして静かに見守っていたネロだったが、最後の一つが撃ち落とされたところで堪え兼ねたように大きな歓声を上げた。
「すげえ! うわー、カッコよかったよブラッド!」
「お、おうよ。ほら、欲しいの貰え」
「あ、えっと……じゃあ、この子で」
ネロが指差したぬいぐるみをスタッフが手際よく壁から外し、おめでとうございます、と差し出される。受け取ったネロは数瞬ぬいぐるみを見つめると、ギュッと愛おしそうに抱きしめた。
「ありがとう、ブラッド。大事にするよ」
「……おう」
今まで恋愛なんぞに興味は無かった。
女に困る事など無かったし、競技ダンスにハマってからは女絡みのいざこざが面倒で全て相手にしなくなった。
それでも漠然と持っていた「好みであろう女性像」から大きく外れたネロに、こんな気持ちを抱く日が来るなんて。
この笑顔を、ずっと側で見ていたい。
ブラッドリーは伸びかけた手をグッと握り、込み上げた感情を噛み締めた。
***
楽しい時間は矢のように過ぎ、すっかり月光が優しく降り注ぐ頃になってしまった。
腹ごなしを終えた二人は午後も沢山アトラクションを楽しみ、夕食はショーを観ながら食べれるレストランで食事を取った(これもブラッドリーが席の手配をしてくれていた)。食後はネロのオススメポイントで夜のパレードを観覧し、電飾煌びやかな景観を楽しんでいた二人の耳へ、静かにワルツ調の曲が届いた。
「あ……」
閉園が近いと告げる曲だ。
何度も来園し、そのたびにギリギリまで滞在していたネロには馴染みの曲だった。いつもなら寂しく思いつつも、一日満喫した充足感を感じていたのに、今日は寂しい気持ちが勝る。
帰りたくない。まだブラッドリーと一緒に居たい。
曲調と、ネロの反応から閉園の気配を感じたのか、ブラッドリーがチラリと時計を見る。その姿が余計に胸を締め付けた。
そんなネロの様子に気付いたブラッドリーが、柔らかに微笑みポンポンと灰青の頭を撫でる。
「また来ればいいじゃねえか。な?」
「えっ。また、一緒に来てくれんの……?」
「てめえ以外の誰と来んだよ。なあ、それより少し踊らねえか?」
誰も居ねえし、と無邪気な顔で誘われるがまま、差し出された掌に自分の手を重ねる。
この曲は、リズニーランドの親会社が制作しているアニメーション作品で使われている曲だ。お伽話がモチーフの作品で、舞踏会で王子様とお姫様が踊る時に流れる大好きな曲。
そんな曲に乗り、大好きな場所で、楽しい一日の締めくくりに大好きな人と踊れるなんて。
夢見心地のネロだったが、不意に、大きな破裂音に意識を現実へ引き戻された。
ドーン、ドーン、
動きを止めた二人が空を見上げれば、夜空には大輪の花が咲いていた。
すっかり忘れていた。作品になぞり、魔法が解ける時計の鐘が鳴る代わりに、花火が上がるのだ。
「お。季節外れの花火もいいじゃねえか。おいネロ、こっち寄れ」
グイ、と引き寄せられ、目の前に伸びたブラッドリーの手にはインカメラにセットされたスマートフォンがあった。
「ふは! なんつう顔してんだよ。花火上がったら撮るから笑えよな」
画面の中で、目を丸くした自分がみるみる赤面していく。こんな顔をしていたら想いがバレてしまう。し、写真になんて残したくない。
正面から密着するのは慣れているのに、横並びでこんなに近いのは初めてだ。僅かに触れる肩から心臓の響きが届いてしまいそうで、緊張から身が固くなる。
なのに、数回シャッターが切られ、離れていく温度が少し寂しかった。
「しゃ、写真! あたしにも送って!」
「おう、後でな。そろそろマジで出ねえとだろ」
背後で一際大きな花火が上がる。急げ急げ、と誰も居ないパーク内を駆け抜けるのも、何だかとても楽しかった。
帰りのドライブは行道よりも短く感じ、あっという間に今朝の待ち合わせ場所へ着いてしまった。
いつもより沢山一緒に過ごした。いつも話さない事も沢山話した。なのに、ぜんぜん足りないと思ってしまうのはワガママだろうか。
ネロは完全に停まった車の中で、中々ドアを開けられずに居た。
「どうした? 気分悪くなったか?」
「いや、あー、何でもない。今日はありがとな」
「おう、また行こうな」
「ッ、行きたい! ……じゃあ、また、レッスンで」
「おう」
ネロはゆっくり滑り出したブラッドリーの車を見送ると、深呼吸と共に夜空を見上げた。満天には程遠いが、星達がいつもより数多く輝いて見える。
楽しい一日だった。幸せな一日だった。
新たな一面も沢山見れた。もっともっと、ブラッドリーへの想いを自覚した。
どうしようもなく、ブラッドリーが好きだ。
ブラッドリーは自分をどう思っているのだろう。こんなに優しくしてくれるのは、自分がパートナーだからなのだろうか。……それとも。
自分なんかが、期待していいのだろうか。
そんな逡巡を巡らせていると、ポケットでスマートフォンが着信を告げた。画面には「母」の文字が浮かぶ。
「わ、やべ」
気付けば帰宅予定時刻を過ぎてしまっていた。
ネロは慌てて応答しつつ、玄関へ向かい駆け出した。