心に触れて ——ついにこの日が来てしまった。
製菓会社の策略に乗せられているのは十二分に分かっている。自分はキリスト教徒ではないし、そもそも聖バレンタインという人物が何をしたのかすら分からない。
分からないが、毎年のように町中がピンクとチョコレート色に染まり、雑誌もチョコレート特集に埋め尽くされ、この日に向けて色めき立つクラスメートたちに囲まれ年を重ねれば自然と意識が向いてしまうものだ。
「……そう、だからこれはなんつうか、空気に流されたというか……」
「ブツブツとドアに向かって何言ってんだてめえ」
背後から聞こえた訝し気な声に、ネロの心臓は盛大に跳び上がった。
レッスン場があるビルの入口前、立ち尽くしていたネロが反射的に振り向くと、そこには大きな紙袋を片手に下げたブラッドリーが首を傾げて立っていた。見慣れぬ紙袋に自然と視線が向いた先、その中には可愛らしくラッピングされた有名店のチョコレートたちが所狭しと収まっている。
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