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    昔書いた白雪姫改変

    ※表記 呪い:のろい
        お呪い:おまじない

    この世で最も幸せなのは どうしてこうなってしまったのだろうか。嗚呼、どうにか時間を巻き戻したい……

    「鏡よ鏡、この世で最も美しいのはだぁれ?」
    「離れの塔に閉じ込められた、白雪姫にございます」

     その言葉と同時に大きな鏡に、汗を流しながら部屋を掃除する白雪姫が映された。后は俯き、そして―

    「ええ、ええ、その通りよ! この世で最も美しいのは白雪姫、当然でしょう? 見て頂戴、この子の綺麗な肌。鏡いっぱいに映っているのに、くすみ一つないわっ! 髪も極東の色をした深い黒。異国の色だからって嫌厭されているけれど、白い雪のような肌に映えて美しいと思わない? 嗚呼、見て! あのグロス、私が誕生日に贈ったものだわ! 似合ってる…」
    「嗚呼、差出人を書かなかった所為で、誰の贈り物か分からなかった、あのグロスですね」
    「黙らっしゃい!」

     呆れてそう言う鏡に、后は自身の手袋を投げつけた。
     何故、后がこうして白雪姫を離れの塔に閉じ込めているのか。それは、布教はしたいが有名にはなってほしくない、彼女の微々たる(?)オタク心である。
     城下町に行けば彼女の美しさに惹かれた、もしくは黒髪を物珍しく思った人間(主に男)が多くいる。中には彼女に執拗に声をかける勇者もいる(その後、彼の姿を見た者はいない)。后直々に護衛をしてもいいのだが、兵士達に止められたため、渋々鏡で様子を見るのだ。

     因みに、白雪姫が部屋を片付けているのは、暇すぎるためだ。離れの塔なんていうと、石造りの地面に、光の入らない肌寒い部屋を思い浮かべるかもしれないが、実際そんなことはない。后は少女に、離れの塔丸々一つ与えたのだ。肌触りのいいラグ、清潔なベッドにふかふかのソファ、何故か毎日五冊ずつ増える棚の本(白雪姫が退屈しないよう、后が毎日増やしている)、日差しの入る大きな窓には白いカーテン。他の部屋も豪勢だ。食事は朝昼晩、おやつは十時と三時にシェフが作ったものを兵士が届ける。人間が生きるに十二分な生活を、寝たきりで過ごすことができる。
     ……が、当然毎日同じならば飽きる。本もその日の分を読み終えてしまえば、することはない。存外アグレッシブな白雪姫はその時間をどう過ごすか考えた結果、既に綺麗な塔を、更に綺麗にしようと考えたのだ。元より綺麗だった家具は更に美しくなり、埃一つない。光を跳ね返す床は、ラグが滑り出すほどだ。先日も食事を届けに来た兵士が、数人滑って転んだらしい、なんてこった。

    「彼女は何が欲しいかしら。三人の妖精が仕立てた色変わりのドレス? 髪を更に輝かせる黄金の花の髪飾り? 舞踏会映えするガラスの靴は? 口を噤むほど美しい巻貝のネックレスはどうかしら⁉」
    「断定はできませんが、何故か別作品な予感が……」
    「煩い鏡だこと。かち割ってしまいそうだわ」
    「ツッコミ役に未来は……? 理不尽」

     鏡は一呼吸置いて、漸く后の質問に答えた。

    「消耗品がいいのでは? 珍しいものを欲すると思えませんし、流行り物を着る機会もないでしょう」
    「離れの塔でファッションショーは? ねぇ、これ見て頂戴! この本の主人公が着てるウエディングドレス、オーダーメイドしましょうよ。白雪姫のためにあると言っても過言ではないわっ‼」
    「過言です」

    最近寝不足に悩んでいるらしい白雪姫。それを考慮した鏡VS趣味全開な后の葛藤の末、安眠作用のあるお呪いをかけた香水(林檎の香り)に決まった。

     その後、后は兵士に香水を届けさせた(またもラベルに差出人を書き忘れた)。その光景をただ一人、コッソリ眺めている男が一人いた。羽帽子を被り、弓を手に持った、后の側近の狩人である。この狩人、中々に拗らせていた。后の側近の彼は、何度か白雪姫と関わる機会があった。しかし、彼女と会話をしたことがない。彼女を前にすると、言葉が出ない。これは、狩人が女性経験のないピュアな男性であるためだ。

     この国には、后が呪いを使える、という噂がある。実は后が使えるのはお呪いであって、呪いではない。しかしなんと狩人、后が呪いを使えると信じている。

    《お后様が自分に呪いをかけているから、自分は白雪姫と会話ができない!》

     とんだとばっちりである。
     大事なことなのでもう一度言おう。狩人は女性経験のない、ただのぴゅあぴゅあ男子である。

     そして彼は『ホウレンソウ(報告・連絡・相談)』が壊滅的だった。情報の伝達も受け取りもできない。后が白雪姫に贈り物をしていることを知らなかったのだ。

    「衛兵さんこんにちは。これを私に? 嬉しいわ!」

     人懐こい笑顔で微笑まれた兵士は、顔を少し赤らめた。この後彼は、私だってあんな笑顔向けられたことないのに……と、后から妬まれる未来が待っている。
     狩人は他人よりも優れた視力で、香水瓶に巻かれた青紫のサテンリボンを目敏く捉えた。彼には分かる。あれは后が好んで、贈り物のラッピングによく使っているものだと。城下町で売っているものは、赤に黄色に青。青紫は見かけない。

    《なんてことだ、お后様はきっと白雪姫にまで呪いをかけるつもりだ!》

     ……盛大な勘違いをしていた。呪いではなく、お呪い。安眠作用付き。字こそ同じだが全く別物。そもそも后は狩人の拗らせ事情なんて、微塵の興味もないだろう。彼女は白雪姫にゾッコンなのだから。
     しかし、それを修正する人はいないわけで。

    《白雪姫は自分が守らねば……!》

     なんと無駄な正義感。
     狩人は、その超絶無駄な勇気&超絶無駄な正義感を振り絞って声を上げた。

    「白雪姫様」
    「狩人さん、こんにちは。今日はいい天気ね」

     蚊の鳴くような声だが、彼女には届いていたらしい。

    「そんなことを言っている場合ではございません、姫様。貴方はお后様に狙われています」
    「お后様が……? まさか! ありえないわ」

     白雪姫は可笑しそうに笑った。

    《嗚呼、彼女は洗脳されているのか、なんと惨たらしい! 悪逆非道の后め!》

     尚、こうして会話のキャッチボール(ドッジボール)をしている今も、后が自身に呪いをかけたと信じている。白雪姫と話せなくなる呪いとは。

    「彼女はとてもいいお方よ」
    「……貴方は、何も分かっておりません!」

     仕方がないといったように、白雪姫を抱えた。
     こうして狩人は、初めて会話したその日に、憧れの白雪姫を半ば誘拐といった形で森の中に放置したのだ。真っ直ぐ走って、と振り返り、馬で颯爽と森から去る彼のドヤ顔を見て白雪姫は、帰ったら一発ひっ叩いてやろうと思ったとか。

    「はぁぁぁあああ⁇ あんのバッッカ‼」

     后は怒っていた。理由は簡単、例の狩人のやらかしの件である。
     白雪姫が消えたという情報は、一瞬で后の耳に入った。兵士全員から直接目撃情報を聞き出した后によって、彼は森からの帰宅と同時に取り押さえられた。処罰は、その場で行われた后の即席裁判により、開始五秒で有罪を言い渡された。大きな斧を持ち出した后が直々に処罰しようとするのを、兵士が全力で止めた記憶は未だ新しい。こうして狩人は、地下牢に投獄(という名の保護を)された。

    「鏡、教えて頂戴! あの子は、どこなのよっ!」
    「森の奥の家でドワーフに看病されています」
    「看病ですって⁉ 怪我でもしたの⁉」
    「靴擦れ、擦り傷、気触れ痕、小さな切り傷。随分歩いたようですし、脚を動かすことも億劫なようです」

     室内用の靴は、当然長距離を歩くことには特化していないため、靴擦れの原因となった。森には鬱蒼と植物が茂っていて、中には毒性や棘のある植物も生えている。気触れ痕は毒性のある植物、切り傷は尖った小枝や棘のある植物によるものだろう。鏡に映し出された少女の傷は、あまりにも痛々しい。
     彼女の様子を見た后は、眩暈がした。

    「き、きっと大丈夫ですよ!」
    「妖精族であるドワーフに手当てされたようですし!」

     兵士達は持ち得る語彙を全て、使ってなんとか后を励ました。このままでは、后がいつ寝床に伏してしまうか分からない。心配だ……というのは建前で、本音はいつ彼女がトチ狂って自分達の首と胴を離すか……という、我が身可愛さからくるものだったりする。彼等は必死だった。

    「そうね、ドワーフが……ん?」
    「どうかなさいましたか⁉」

     突然、后がスンと真顔になった。神妙な面持ちで鏡に問う。心なしか、顔が青ざめているように見える。

    「か、鏡、教えて……その、ドワーフは、男……?」
    「……その通りでございます」

     真実を話す魔法の鏡は流石に嘘を言うことはできず、恐る恐るそう答えた。叩き割られる覚悟も決めた。
     しかし、叩き割られなかった。代わりに大発狂した后は、鏡に映された森の家まで走った。とてつもないスピードで。戦場でかつて剣を手に戦った、スピード自慢の近接衛兵でさえ后には追いつかなかった。

     場所は変わって森の中。白雪姫は花咲く森の道でファンシーなクマさんに遭遇する代わりに、薄暗い雑木林で出会った七人のドワーフに助けられていた。

    「白雪姫、大丈夫? 少し歩けそう?」
    「この先に僕達が暮らす家があるんだ。狭いけれど、一先ずそこへ行こう」
    「大丈夫よ。ありがとう」

     ドワーフの魔法では完全に治療するには不十分だったが、暫く歩いても問題ないほどには回復していた。

    「白雪姫、それなぁに?」

     移動中一人のドワーフが、白雪姫が握る青紫色のサテンリボンを指差してそう聞いた。離さないように持っていた香水瓶のことを聞いているのだろう。

    「香水よ。どんな香りかまだ分からないけれど……」
    「そうじゃなくって。これ、お呪いがかかってる」
    「安眠作用。最近よく眠れなかったりした?」
    「ええ、確かに……」

     それを聞いて、白雪姫は后がお呪いを使えたことを思い出す。割と察しのいい白雪姫は、これはお后様がくださったのか、と彼女への好感度を一気に上げた。同時に、狩人に対する好感度は一気に下がった。

    「折角だし、僕達の家で使ったらどう?」
    「七人のベッドを繋げれば、きっと休めると思うよ」
    「それは……申し訳ないわ」
    「僕達、これから鉱山に宝石を採掘しに行くんだ。帰ってくるまで、もう少しゆっくりしてくといいよ」
    「それに、急いで帰らなきゃって思ってるなら、気にしなくてもいいと思う」
    「……嗚呼、なるほど」
    きっとお后様がきてくれる……そう、七人のドワーフと白雪姫の考えは一致した。
    「それなら、お言葉に甘えて」

     七人のドワーフを見送った後、白雪姫は小さく欠伸をした。小洒落た香水瓶を取り出し、中身を少し吹きかける。七つのベッドでできた、大きなベッドで眠りについた。
     普段の暮らしが豪勢すぎる所為で寝心地こそ悪かったが、今までで一番よく眠れた。

     馬の足音を響かせ、誰かが森に入ってくる。白い馬の背には、飾りがゴテゴテについている服を着た、隣国の好奇心旺盛な王子が跨っていた。彼は美形の類に入るが、女好きで有名な『残念なイケメン』だった。

     その頃、ドワーフは家にいた。実は彼らは、鉱山には行かなかった。出会って一日目だが白雪姫との出会いを祝おうと、ちょっぴり手の込んだ食事を、彼女に手伝わせずに用意したかった。白雪姫が眠りについたことを窓から確認し、裏口から入ったのだ。
    王子は家を見かけた。一階の天井が頭の天辺ほどしかない、ドールハウスのような家が気になって、中を覗き込んだ。一階では小人が忙しなく動いている。

     今度は二階を、背伸びして覗き込むと、少女が眠っていた。その少女、残念なことに(?)王子のタイプだったのである。この国には異国の色の髪を持った、見目麗しい娘がいると聞いたことがある。彼女がその娘なのか、と絵に描いたような美しさに驚いていた。
     もう一つ、驚いたことがある。彼女が蝋人形のように見えることだ。要は生きた人間のようには見えないのである。それだけ美しい、ということなのだが……。

    《確か、この国の后は呪いが使えると聞いたことがある。嗚呼、きっと后が白雪姫を眠らせたんだ! そうに違いない!》

     狩人と同様、こちらも勘違いは加速していた。

     というのも、彼の国には『美しい少女に嫉妬し、少女に呪いをかけて眠らせる女王の物語』が存在するのだ。因みに、王子との真実の愛のキスで目覚める、という典型的なオチだ。彼はこの話が大好きで、幼い頃は毎日眠る前に乳母に読み聞かせを強請っていた。
     王子は小さな扉をノックした。

    「貴方は……隣国の王子様? 何故こんな場所に?」
    「ここには少し寄っただけだよ。それはさて置き、風の噂よりここに少女が、深い眠りについていると聞いた。様子を見ても?」
    「駄目だよっ! 彼女は漸くぐっすり眠ったところなんだ。今起こしちゃ可哀想だ」

     王子はその言葉を右から左に受け流し、自分の肩ほどまでしかない扉を潜った。ドワーフ達は必死に止めようとしたが、彼との歴然たる身長差。2.5頭身ゆるふわ作画の視点には、巨人のように見えている。

    「嗚呼、なんて可哀想な姫っ!」

     白雪姫を視界に入れた王子は、あたかも悲劇のヒロイン(ヒーロー?)の如く啜り泣いた。白いハンカチーフを目尻に軽く押し当て、更に近くへと駆け寄った。

    「大丈夫! 彼女を、僕が目覚めさせてあげよう!」

     彼のストッパーはいない。王子の側近がいればまだ安心だったかもしれないが、今は彼一人。彼は白雪姫に寄り添うように、彼女の手の甲に触れた。
     ……触れようとした、という方が正しいだろう。王子へのヘイトが最も溜まった人物が、このタイミングで現れたのである。

     「こんッッッのド変態が!」

    突然現れた女性、后は王子を殴り飛ばした。華奢な腕に殴られた王子は2メートル弱後ろへ吹っ飛び、頬の痛みに目を瞬かせている。

    「寝てる間に? 恋仲でもない相手と? 顔さえも合わせたことのない人間と? 彼女がキスしたがるわけないでしょうが!」
    「しかしっ、彼女は呪いに……」
    「なぁにが彼女は呪いにぃ……よ⁉ かけるはずないでしょう⁉ ちょーっと呪いについて知ってるのかもしれないけど、知ったかぶりすんじゃないわよ!」
    「あのぅ、お后様……」
    「おはよう、白雪姫。申し訳ないのだけれど、外に出ていてもらえるかしら? 嗚呼、外が寒かったら、私のコートを着て頂戴。ドワーフさん、彼女と家の前で待っていてほしいの。お願いできる?」

     困惑する白雪姫の手を取って、部屋を出ていく七人のドワーフ。后はドワーフに下心がないことをなんとなあく察していたため、不服ではあるものの、彼等に白雪姫を任せた。今は、王子をどう捌いて……じゃなくて、どう裁いてやろうか必死に悩んでいた。
     数時間の、后による数時間お説教コースが始まった。

     后の説教は、それはもう凄かった。罵詈雑言から始まり、女性へのマナー講座(過激),それでも反抗するため后は彼を『玉子』と形容した。ショックだった王子は、床に膝を着き、項垂れた。

    「お后様、ただいま帰りました!」

     鼻歌交じりの明るい声が聞こえた後、扉から七人のドワーフと白雪姫が入ってきた。

    「あら、外で待機していると思っていたけれど……」
    「少し鉱山へ採掘に……長引きそうでしたので……」
    「なっ! 彼女が怪我でもしたらどうするの⁉」
    「ごめんなさい! 私が行きたいと言ったんです!」
    「ならばよし‼」

     少し視線を落とすと、ドワーフの一人がこちらを見ていた。顔が赤くなっているからシャイなのだろう。

    「お、お后様。実は僕達、今日頑張ってご馳走を作ったんです! ですから、その……」
    「招待したい、と。勿論分かっているんでしょう?」
    「えっと……」
    「この食事の主役のことよ。私よりも先に招待すべき人がいるでしょう?」
    「! はい……白雪姫!」

     顔が赤い彼は、白雪姫のドレスの裾をくいと引く。彼女はドワーフと目線が同じ高さになるように屈んだ。

    「僕達、食事を作ったんだ。一緒にどう? 勿論、王宮の食事と比べれば質素だし、味気ないけど……」
    「ええ、勿論!」

     白雪姫は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。后は威厳たっぷりの姿で佇んでいる……と思いきや、少女の幸せそうな笑顔に悶えて、小さく蹲っていた。

     ―はて、冒頭の文は果たして誰が言ったのだろう。狩人、王子様、それとも苦労人の兵士達?

    「あら貴方、私が過去を悔やむようなことを言うと思って?」

     教えて頂戴。今、この世で最も幸せなのは?

     ―少なくとも、その台詞を言ったのは楽しそうに笑う女王様でも、明るく歌う白雪姫でも、楽器を演奏するドワーフ達でもないことは、明らかだった。
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