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    #刀神
    knifeGod

    四月一日酔仙という人間 四月一日酔仙は参段の刀遣いであり、主に人物関係の情報屋でもある。

     人間関係や人物像は勿論、何時何をしていたのか。過去何を経験したのか。何を思って現在の立場にいるのか。対等な取引を行うことで、対象の人物に関しての情報を確実に提供すると謳っている。
     対等な取引で依頼人が出せる手札は金銭に限らない。求める情報と同等の情報、同等の金銭的価値のある骨董品等、最悪タダ働きや今後の情報提供者としての活動でも可能だ。つまり、彼女が同等と思う何かを提供すればいい。

     当然ながら情報入手経路も方法も企業秘密だが、彼女は何一つとして特別なことはしていない。ただ限りなく情報網が広いだけだ。
     例えば仲間の刀遣いやそのバディ。天照内で暇を持て余す刀神達は勿論、受付職員や事務員、アルバイトの清掃員から上の役職にも彼女の目と耳は届く。
     周辺の飲食店も、観光スポットも、人気のない路地裏に居るホームレスも、それに可愛がられる野良猫も、排水溝を棲家にするネズミに至るまで。流石に野良の生き物達から得られる情報はバディの海狸の通訳が必要且つあまり効率的ではないが、目撃情報などの説得力を持たせる有力な情報源だ。

    「まぁそれを全部まとめるのは馬鹿みたいな作業量になるのよねー!」

     決して広くはない1LDKの一室には、手帳やメモ、ノート、冊子、現像した写真等が足の踏み場すら無い程に積み重なっている。壁際に置かれた本棚も、もうすぐ全て埋まってしまうだろう。散らかしたメモを冊子にまとめて整理整頓し、外部との回線を繋いでいないコンピュータにデータ記録する作業に、終わりが見えたことは一度もない。
     手に入れた情報は人物だけで無く、妖魔の出現頻度の傾向や、何やら悪企みをしている者たちの存在もある。これらは天照に報告することもあるが、基本は独占情報として商品の一部になることが殆どだ。
     どんな些細なことであろうと全て記録し、タグ付け、何時でも確認できるようにする。それは情報屋として活動を始める前から続く彼女の趣味であり、自らに課した使命でもあった。

    ◇◆◇◆◇

     そもそも彼女は自主的に情報屋の活動を始めた訳ではない。相談に乗り、話を聞き、お節介を焼いていたら、何時の間にか人伝に「誰かの情報が知りたいなら彼女を尋ねろ」と噂が広まったのだ。

     彼女が情報に強くこだわるようなったきっかけは、刀遣いになって一年が過ぎた夏の出来事。
     当時の彼女は今と違い黒髪で短髪、化粧もしない上に口調も今より粗雑だった。というのも、当時付き合っていた恋人が化粧の匂いが苦手で、しかもアレルギー持ちだったのだ。

    「ごめんね、僕のせいでオシャレ我慢させて…」
    「いやいや!アタシ化粧嫌いだし寧ろ大義名分出来て助かる!オシャレも苦手だしね」
    「確かにオシャレな君を想像できないな」
    「ほう?じゃあ次のデートはめっちゃめかし込んでやろ」
    「覚悟決めたいからひと月後でいい?」
    「やだ。来週駅前集合ね」

     特別な時以外は友達の延長のような関係で、でも時には恋人らしく振る舞う機会もあって、その度に新鮮で楽しい日々を過ごしていた。

     そんな恋人がある日、突然妖魔に襲われた。

     妖刀を持たない一般人ではまともな抵抗もできなかったのだろう。妖魔は痛がり苦しむ彼の様子を面白がりでもしたのか、足に大きな傷を付けた後嬲ったような痕跡があったそうだ。
     命こそ失わなかったものの、以降彼ら一度目覚めずにいる。仮に目覚めたとして、彼の両足が今後動くことはないだろう。

     当時彼女は遠方に任務に出ていた為事件に気づく由もなく、彼の家族から一報を聞いて初めて知った。当然彼に会いに行こうとしたが、彼の家族に拒絶された。

    「助けてくれた天照の人が言っていたの。刀遣いの近くにいると、頭のいい妖魔に狙われ易いって。特に頭の回る妖魔は、手下に指示を出して、それはもう惨たらしく、殺されるって。
    ……ごめんなさい。貴女が悪くないことはわかっているの。でもね、お願いだから、もうあの子には関わらないで頂戴…」

     血を吐くように震えた声で彼の母から告げられた言葉は彼女の心を深く鋭く抉る。そんなこと知らなかった。噂すら聞いたことがなかった。
     呆然としたまま一方的に切れた電話にすぐかけ直したが、既に着信拒否されていた。家を訪ねても一切の反応はなく、何よりの拒絶を受けただけに終わったのだ。

     諦められなかった彼女は天照で必死に調べた。彼の身に何があったのか、彼を助けてくれた刀遣いは誰か、彼の家族にそんな情報を伝えたのは誰か、その情報は確かなものなのか。

     結果だけを言えば、助けてくれた刀遣いも、情報を伝えたのが誰かも分からず、情報の真偽は確信出来る要素はなく、ただ彼を襲った妖魔は弱い部類の自分でも倒せた程度のものだったという事実だけが判明した。
     側に居れば守れた。知っていれば、気付きさえすれば助けに向かえた。そんな後悔ばかりが募る中、意図的に情報が消されたような痕跡を見つける。

     消えているのは刀遣いの情報。前後の文章に違和感があり、恐らく氏名が載っていたのだろうことが分かる。他の部分は都度訂正したようだが、一箇所だけ、ただ名前を消されただけの部分があった。

    「なにか、隠したい情報がある?」

     あまりにも材料が足りず推測も出来ない。今持っている情報網で引っ掛かるような簡単な話とも思えない。
     手を広げる必要があった。目と耳をそこら中に張り巡らせて、ありとあらゆる情報を手に入れなければならない。それらを理解する知識がなければならない。それでも足りないかもしれない。少なくとも、今のままでは絶対に真実には辿り着けない。

     だから彼女は変わることにした。
     口調を改め、髪を伸ばし金色に染めた。苦手だった化粧も勉強して、今まで持っていた服を全て捨てて全く別の方向性のものを身につけ、一目見ただけでは同一人物だとは思いもしないように印象をガラリと変え、人付き合いの良い人間らしく振る舞うようになった。
     もしも彼が目覚めた時、万が一にも自分に辿り着かないように。どうか、自分とは違う誰かと幸せになって欲しいと願って、最後の連絡先を削除した。

     その半月後、連絡の途絶えた酔仙を心配した弟が身一つで家を特定し、事情を聞き出した後説教されたのを昨日のことのように思い出す。

    「ま、姉ちゃん何言っても気がねぇんだろ?父ちゃんには黙っとく。帰ってこないのもいい。でも俺には連絡よこせよ!」

     なんの前触れもなく姿を消した姉をたった数週間で見つけ出し、ガラリと雰囲気の変わった姉に散々ダメ出しをした後、そう言って笑った弟とは今でも定期的に連絡をとっている。やめた方がいいとわかってはいても、弟が言うのだから仕方ない。そう言い訳できる状況にしてくれた弟には、やっぱり敵わないなと思う。

    ◇◆◇◆◇

    「もう七年か…」

     時が経っても、あの日彼を助けた刀遣いの特定は出来ずに居た。時間が経ち過ぎたというのもあるが、そもそも当時の時点でほぼ完璧に情報を隠匿されていたのだ。あの時手に入れた氏名の抜けた資料だけが、唯一現存する直接的な証拠になる。
     調査が進まないのと同様に、彼もまた一度も目覚めることなく眠り続けていた。七年間も。

    「ようす、ききにいけばいいのに」
    「今更何しに来たって追い返されるのがオチだよ。あの人たち、一度思い込んだらこっちの話なんて聞いてくれないもん」

     家族ぐるみで良くして貰っていたから良く憶えている。偶々テレビでブライダル特集が流れていたからって、偶々机に開いて置かれていた雑誌が指輪の紹介をしていたからって「結婚するの」と舞い上がった人たちだ。だからこそ、裏切られたと思って強く拒絶したのだろう。

    「少なくとも、確証もない情報をあの人たちに流した奴をどうにかした後じゃないと、顔も合わせられない」
    「…妖魔のせいだったら、ボクが浄化できるかもなのになぁ」
    「さあ。アタシたちは直接見たわけじゃないから、出来るかどうかすら分からないし」

     顔を合わせてもいないのに「もしも」を想定して遠回りをすることがどれだけ非効率的かは理解している。だが、いざ面と向かって罵声を浴びせられたら、嫌悪の視線を向けられたら。そう考えるだけで身が凍りそうなほど恐ろしいのだ。
     そんな酔仙の感情の機微に海狸は目ざとく気付き、明るい声で話しかける。

    「ねぇねぇあるじ。ボクおなかすいた!」
    「あれ、もうそんな時間か。何食べる?」
    「んとね、グラタン!」
    「じゃあ外食べに行こっか」

     広げていた分厚いファイルを閉じ、部屋の扉がパタリと閉ざされる。

     四月一日酔仙は決して強い人間ではない。だが諦めの悪さは人一倍だと、この部屋を知る海狸だけは知っている。
     弱い人間が抗うため足掻く力は何よりも強い。無茶な背伸びをして昇段試験に合格したことから始まる七年間の積み重ねは、これからも増えていく【情報】という刃は、必ずや四月一日酔仙を標的の下へ導くと信じている。
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