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    EBIFLY_72

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    #刀神
    knifeGod

    人様には言えないこと 人気のない夜中の商店街の路地裏で複数の足音が響く。入り組んだ道を全て把握している男は減速することなく駆け回り、体力が削れ荒らぐ呼吸と風が肩を切る音だけが鼓膜を揺らす。
     振り返る余裕はない。そんな余裕があれば一歩でも前に進まなければ殺される。現に背後から聞こえる足音は数分前から少しも離れず、呼吸が乱れている気配すらないのだ。夜間でも目立つ橙色は着実に距離を詰めてきている。
     それでも男には勝算があった。後数メートル先を曲がった先で仲間が待っている。戦う術だってある。相手は一人なのだから、集団でかかれば勝てるはずだ、と。

     希望を胸に道を曲がる。少し足がもつれて減速したが、まだ追いつかれるほどじゃない。もう目の前には仲間が居るから。

    「皆、刺客だ早く迎撃、を……」

     男の言葉は続かなかった。仲間が居るはずの目の前は赤色に染まり、荒い呼吸が錆びた鉄の臭いを肺に運ぶ。
     赤、あか、アカ。
     決して見慣れたくはなかった景色の中で、場違いな金が視界に入った。少しだけ広い空き地の中心に唯一立っている人物がこちらに振り返り、口を開く。

    「遅かった」

     発せられた言葉を理解する前に、男の意識は刈り取られた。

    ◇◆◇◆◇

     天照から『妖魔を従えようとする団体を捕縛、もしくは処分。可能ならば妖魔も捕縛せよ』との指令を受け取った刃佩流の篠宮蒼葉と巌那定之はまず役割を分けた。
     片方は拠点の捜索。もう片方は見回り逃げ回らせて拠点へ引き返させる役目。
     偶然現場に少しの土地勘があった篠宮が拠点捜索を行い、定之は見回りを追い回し始めたのが十分前のこと。

     篠宮の「遅かった」は、逃げ帰って来た見回りの男ではなくその後ろ。定之に「そいつは殺すな」と伝えるために発せられたものだった。

    「休憩は?」
    「ん、平気。見つけるの、早かったね」
    「偶然だ。それに俺がここに着いた頃にはこの有様だったから、どちらかといえば遅かった」

     恐らく時間になっても戻ってこない見回り役の男に何かあったと察知し、すぐに迎撃できるよう檻から妖魔を出したのだろう。御しきれなかった妖魔が何をしたのかは言うまでもない。
     核を破壊され完全に霧散した妖魔を確認し、篠宮は残心を解いた。

    「捕縛、無理だった?」
    「通常より気性が荒かった。下手に手懐けられたせいだろう」

     団体は妖魔に刃向かわれ壊滅。妖魔自体も安全な輸送は不可能と判断し倒し、現在証言できそうなのは見回り役の男だけ。
     複数人の遺体から未だ止まることなく流れ、広がり続ける赤い水溜りに視線を向けて、篠宮は小さくため息をついた。

    ◇◆◇◆◇

    「ひとつ聞いても、いい?」

     現場を放置することもできず、調査を引き継ぐ警察が到着するまでの待機中、定之からの問いに篠宮は視線を傾け続きを促す。

    「今日、どうして豊和なの?」

     篠宮が今腰に携えているのはバディの漆黒の大太刀では無く、一般支給されるただの豊和。
     身バレ防止と言うには雑で、普段絶対に手離そうとしない漆黒の大太刀をなぜ今回に限っては連れて来なかったのか。定之が疑問を浮かべるのは当然だった。
     何か理由でもあったのか、と思考を巡らせようとする前に、普段と何も変わらない仏頂面の返事が返ってくる。

    「今日の任務は最悪誰かを始末する必要がある。現に死者が出てるしな。あいつにはあまり血を吸わせたくない。それだけだ」
    「…そっか。優しいね」
    「どうだろうな」

     返ってきた言葉の選びに違和感を覚えたが、表情の変わらない篠宮から真意を推し量ることはできない。だが、そこに見えた確かな優しさに暖かみを感じた。

    ◇◆◇◆◇

     定之が感じた優しさは決して勘違いでも偽りでもない。だが、篠宮の言葉は致命的なまでに歯抜けだった。

    「生憎俺は、優しさだけで動けるほどできた人間じゃない」

     篠宮は三人兄弟だ。幼少期には当たり前のように兄のお下がりばかりを身につけ、少し成長するとそれらは弟が着るようになった。お下がりは服だけでは勿論なかったし、それに対して不服だと思ったことはない。でも同時に、最初から最後まで自分だけのものが欲しいとも感じていた。
     両親に求めれば与えてくれただろうが、これといって特別欲しいものもなかった。欲求だけが燻っていた中見つけたのが、あの刀神だ。
     尋常ではない生気消費に、妖刀の強い精神汚染。扱えるのは刀遣いでも限られた極々一部で、扱う異能を考えると他の強い妖刀や刀神が選ばれるだろう、

    「でも、優しさも要因の一つ、でしょ?」
    「そうだな。だがそれだけだ」

     あの相棒は大きな我儘をしている。それは自らの真名と異能を偽って欲しいという、本来ならば即却下ものの我儘だ。しかし篠宮はそれを聞き、同僚は勿論、上にも伝えず本当の名と力を隠し通している。それがただの親切心ではない事は、他でもない自分自身が一番理解していた。
     相棒の秘密を守る為。相棒の心を守る為。育てる為。抑え込む為。建前はいくらでもあったが、それらを踏まえても、この感情を言い表すにふさわしい言葉は一つしかない。

    ──あいつにはあまり、俺以外の血を、吸わせたくない──

     人様には見せられないほどの独占欲、だ。
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