レックス先生とレヴィノス姉弟がたこ焼きを焼く話ラトリクスに行ってくると告げて出て行ったレックスが、ずっしりとした鉄板を抱えて帰ってきた。
荷物は重そうでありながら、鼻歌さえ聞こえてきそうな軽くご機嫌な足取りに、出迎えたアズリアは面倒事でなければよいなとため息を隠した。
「イスラ!アズリア!今日は皆でたこ焼き作ろう!」
意気揚々と掲げた鉄板には、ぽこぽこと小さな窪みが全面に広がっている。フライパンほどの大きさのそれはアズリアにとって未知すぎるものであった。
「たこ焼き!?家で作るの!?」
立ち上がったイスラは、物珍しげにレックスの周りをぐるぐる歩いて新しい道具を眺めている。こんなの使うんだ〜!と熱心な視線に、気を良くしたレックスは軽やかに解説を始めた。
曰く、もっと手軽にたこ焼きを島の住人に食べてもらいたいとオウキーニからクノンに相談したことをきっかけに、鉄板の素材から厚さ、大きさまでこだわりぬいたオウキーニ完全プロデュースの「たこ焼き機」製作が進んでいるということ。開発が進めば、各集落に適したものを作成していきたい。定期的な集会での食事のバリエーションに加えたい…という先行きを望んでいること。
直接火にかけるタイプとヒーターを内蔵したタイプ、それぞれの使い心地を確かめてほしいとレックスに依頼があったという。
「今回はバッテリーにつないでヒーター温める方なんだ。これなら、卓上で皆で作れるんだよ!」
「僕も作っていいの?」
「勿論!道具も作ってもらったから」
「では、食材を揃えるとしようか」
店頭の販売員のように語られる熱心なプレゼンテーションに、イスラはすっかり乗り気になっていた。アズリアも平穏な島暮らしに突然芽生えた物珍しさの方が勝ち、何だかんだと段取りを考え始める。
今夜はたこ焼きパーティ!三人のテンションはぐいぐいと上がっていった。
食材の用意はそれぞれが分担をした。
肝心要のタコの用意は、食べるのは慣れたけど捌くのは勝手が違うとレックスとアズリアが激しく譲り合った結果、発案者のレックスが気合いを入れてオウキーニの所へ向かっていった。
アズリアはレシピを元に、生地の作成。イスラは野菜などのカットを進める。
小麦粉と卵とお出汁、少しの魚粉が隠し味。かしょかしょとホイッパーを使って材料を混ぜる横で、イスラはキャベツを千切ってフードチョッパーで細かく砕いていく。糸を引くだけで野菜を細かく切れるチョッパーも、ラトリクス開発の道具だ。大量にカットする時は手間が減るとアズリアも気に入っている。
「たこ焼きって、具はタコじゃなくても美味しいんだって!」
「イスラは何か入れたいものがある?」
「うーん…ソーセージとか、エビとか?」
「いいな。フリーザーにまだあると思うぞ。野菜も入れるか」
「ブロッコリーとか…?」
「美味しそうだ」
「ナウバの実とか」
「冒険しすぎかもしれない」
先生ナウバが好きだから、美味しいって思うかも!
屈託なく続いた言葉に、まぁ食べられなくはないか…と一人ごちて、アズリアは吊り下がっているナウバの房を手に取った。
見慣れない光景ではあるが、一様に心躍っていく光景だった。
三人で食器を並べて囲む食卓のど真ん中に、バッテリーのコードを繋いだたこ焼き機が鎮座している。たこ焼きを回す為のピックも各人に一本ずつ用意され、使われるのを待ち構えていた。
「油を引いて、生地を流して、具を入れて、焼いていく」
「言葉にすれば簡単なのだが…」
「鉄板からゆらゆら出てきてるよ!」
温まってきた鉄板を目の前に、レックスは材料を指差して確認していく。
「作って覚えていこう!美味しく焼けますように!」
「僕の陣地ここ。お姉ちゃんはこっち、せんせいはこっちね」
「陣地??」
おうむ返しするアズリアの言葉に頷いて、イスラは物怖じせず油を含ませた布を滑らせた。油が温まる頃合いにレックスが生地を流し込み、アズリアが続いて刻んだ野菜とタコを乗せていく。
じゅうじゅうと、生地のフチから空気が抜けて焼けていく。徐々に小麦の焼ける香りが漂ってき始めた。
三人ともが黙って注視し、ピックを入れるタイミングを計っている。
じゅう、じゅう
先陣を切ってたこ焼きを回し始めたのはレックスだった。
めくれてきた生地に沿って、ピックを差し込んでいく。…が、
「あーーー…破れる破れる…!」
「はは、辛抱が足らないな」
「お姉ちゃんの方、ちょっと焦げてるかも」
「え!?」
自分の陣地内での格闘が始まった。
慣れないピック使いに苦労しながら、各々のたこ焼きをまぁるくまぁるくしようと育てていく。
まぁるく、じゅわじゅわ、まぁるく、じゅわじゅわ
「せんせいの、ツノが生えてる!」
「イスラのたこ焼きすっごい丸いのなんで!?」
苦戦しながらなんとか形にしているレックスをよそに、イスラは既にコツを掴んだのかくるくると景気良くたこ焼きを回している。焦げとの戦いに注力しているアズリアはひたすら無言だ。
「時間的にはそろそろ焼き上がりだね」
レックスはぷすりと一つピックに刺して皿に移し、焼き加減をあらためる。形はどうあれ、火はきちんと通っているようだった。
「もう食べていい?」
「うん、大丈夫」
譲り受けたオウキーニ秘伝のたこ焼きソースを取り出し、イスラに差し出す。ぽいぽいと皿に取り出したイスラは嬉しそうに頬を染めて破顔した。
「お姉ちゃんとせんせいが焼いたの食べたい!僕のも食べて!」
「私のと交換してくれるのか?」
うん、どうぞ!
差し出された皿に乗る、まるっとした焼き立てのたこ焼き。アズリアは恭しく受け取り眩しいものを見るかのように掲げた。三人でこうして食卓を囲み、賑やかにたこ焼きを焼く未来だなんてあの頃に想像もできなかった。
なんて愛しい日常なのだろうか。
冷めちゃうから食べようと促されるままに、箸で掴んで一口食べる。ほくほくとした生地にソースが絡み、キャベツの甘みが広がる。ぷりぷりのタコの食感も、この島で覚えた。美味しいと感じる以上に嬉しい味だった。
「イスラもアズリアも、まだまだ生地はあるから!どんどん焼こう!」
「エビとかブロッコリーも入れよ!せんせいはこれ」
「えっ これ、ナウバですけど」