「怪しい薬」 いつもの昼下がり。今日は任務の依頼整理と、メンバーのスケジュールの組み立てをしている。と言っても決めるのはアッシュなので、自分がやるのはスケジュールの把握と依頼内容の確認くらいだ。
「あれ、この日のフェイの予定どうなったんだっけ?」
先週からの継続の任務があったはずだが、どうしてもその日に狩りに行きたい魔物がいるとかでゴネてたような……?アッシュに交渉しに行ったか、他の仲間に仕事を押し付けに行ったか、そこまでは把握していなかった。
「確認するか。」
今日は城にまだいるはずだ。部屋を出て広い城内を探し始める。少し時間がかかるかと思ったが、目的の人物は案外すぐに見つかった。というか、向こうもこちらを探していたようだ。
「あ、いたいた〜。なぁ、このくらいの大きさの透明な液体が入った瓶知らなーい?」
手で示された大きさはワインボトルくらいだろうか、どうやらフェイはその瓶を探しているらしい。嫌な予感がした。
「知らないけど、それ、なに?」
「知らないならいいやー。じゃ」
質問に答えずフェイは踵を返そうとする。予感が確信に変わった。
「ちょっと待って。その液体は何なの?害があるもの?いつからなくしたの?最後はどこに置いたか覚えないの?」
そうまくしたてながら詰め寄る。フェイはちらりとこちらの目を見て──仮面越しだからそんな気がしただけだが──観念したようにため息をついた。こういう場合、白状しなければ永遠に詰め寄られ続けることを彼は経験上学んでいる。本気で言いたくないことなら絶対に口を割ることはないけど。
「大したモンじゃないってぇ〜。ちょっと精神的な副作用のあるお酒みたいなぁ?魔族とかにはキツめの酒とそんな変わんねぇし?」
ヘラヘラ笑いながら、何でもないことのように説明する。
「魔族には、って言ったよね。仮に人間が飲んだらどうなるの」
「さぁ?俺チャン人間じゃないからわっかんねー。ちょぉっと攻撃的になっちゃうくらいじゃね?」
今度はこっちがため息をつく番だ。
「で?最後にどこに置いたかは覚えてる?」
「食堂」
「食堂かぁ……食堂!?」
思わず大きな声で聞き返してしまったが、聞き返した相手はもう廊下の先に逃げている。
「見つかったら教えて〜」
ひらひらと振った手が視界から消えていくのを見る前に、大急ぎで食堂に向かった。
食堂を隅々まで探すが見当たらない。フェイの言うことが正しければ、フェイが忘れていった後に誰かが移動させたということになる。
まず考えられるのは黒霧が酒だと思って持っていった説。これが一番あり得るが、このパターンだとしたらフェイが今もなお城を探し回ってるはずがない。フェイなら──というか、同じ状況なら城のメンバーのほとんどが──真っ先に黒霧に確認するだろう。まだ探しているということはそういうことだ。
あとは、メアやルシィが興味本位で持っていったとか、エクシーが食べてしまったとか、シュナインや黒田さんが何かを察して保管してくれてるとか……いや、可能性が多すぎる。1人ずつあたるしかない。
まずは厨房を覗いてみよう。誰かがしまったかもしれない。
厨房に向かうと物音が聞こえてきた。誰かいるようだ。覗くと、一路が料理をしていた。彼はよくここで料理の試作をしたり、メンバーの為におやつを作ってくれてたりする。
「あ、真実くん、食堂で透明な液体が入った瓶見てない?フェイが忘れていったらしくて……」
「ん……見てないな」
一路は振り返らずに端的に答える。料理に集中している時の彼だ。ざくざくと包丁が小気味よい音を立てている。
「そっか。料理中ごめん、誰かが移動させた可能性もあるからちょっと探させてもらうね」
そう断って、棚を開けて探し始めた。住んでいる人数の割に厨房はとても広い。ここを探しきるだけでも骨が折れそうだ。
「探してるそれ、毒かなにか?焦ってるように見えるけど」
「うーん、フェイの言い方からするに、命には関わらないと思うんだけど、たぶんあまり良くない作用のある薬だと思う」
答えながら、一つ一つ瓶の蓋を開けてみながら色や香りを確かめてみる。どれも普通の調味料のようだ。
そうして探していると、ふと、調味料やアルコールではない刺激臭を感じた。今探している棚の中からか?
「なんか変な匂いしない?」
スンスンと周囲を嗅ぎながら一路に尋ねる。一路はわずかの沈黙の後、
「あぁ……今料理に使ってる香辛料かな。いつもと違うものを使ってるから」
と答えた。心なしか声音が冷たい。
「いや、香辛料みたいな匂いじゃなくて、なんか、腐敗臭みたいな……」
そこまで言って、先程までリズムよく鳴っていた包丁の音が聞こえなくなっていることに気づく。包丁の音だけじゃない、一切の物音がなくなっている。
咄嗟にその場から飛び退くと、一瞬前までいた床に包丁が突き刺さっていた。
「あれ、残念……もうちょっとだったのに」
一路は突き刺した包丁を床から引き抜く。振り返ったその瞳に光はなかった。普段から手入れを欠かさない愛用の包丁を愛おしげに撫でる。
「生きた人間を切る感覚が知りたくて……お願いだからじっとしてて?」
なーにが『ちょっと攻撃的になるくらい』だぁ?思いっきり殺そうとしてきてるじゃない!内心毒づきながら一路のいた調理台を見る。
そこには蓋が開けられたワインボトル程の大きさの瓶があった。まな板の上にあるのは……あれ、最近資料室に保管した魔物の臓器では………?
状況を把握しながら、じりじりと一路と距離を置く。刺激しないように、ゆっくりと──
「ハンナチャーン、みっかったぁ?」
バン!と厨房の扉が開く。現れた人物に一路は狂気の笑みで飛びかかった。
「うわ、あぶなっ」
フェイは軽い身のこなしでひょいと避けた。躱し様に包丁を叩き落とすという器用な真似もしながら。
理性を失っている一路は簡単にフェイに抑えられた。一路の額に手を当てて魔法で状態を診る。どうやら軽い錯乱状態にあるようだ。これなら簡単な治癒魔法でどうにかなる。魔法を唱えると一路は気を失った。
「あ……れ?なんで僕寝て……?どうしてここに……?」
しばらくして目を覚ました一路は、きょろきょろと不思議そうに談話室を見回した。厨房に寝かせておくわけにもいかなかったので、ソファに移動させたのだ。
「ああ、よかった。もとに戻ったみたい」
ほっとハンナは息をついた。
「う、頭がガンガンする……なにこれ、二日酔いみたいな……」
一路は顔をしかめて頭を抑える。それを見たフェイが小さな瓶を取り出して渡した。
「これ飲みな?ちょっとは楽になるから」
「……え、あ、ありが──」
「お礼は言わなくていい。元はと言えばフェイが悪いんだから」
ハンナはぴしゃりと言い放ってフェイを睨む。当の本人は「俺チャンはなくしものしただけだもーん」とどこ吹く風だ。
「これ、見覚えある?」
例の瓶を見せると、一路は「ああ、それ!」と声をあげる。
「朝食堂に行ったら置きっぱなしだったから、厨房に持っていったんだ。棚にしまう前に調味料なのか、なにかの飲み物なのか、ちょっと舐めてみて……それで……」
そこから先の記憶がないらしい。
「とんだ劇薬じゃないのっ!こんな危ないものをその辺に置きっぱなしにするなんて……!!」
「だ〜か〜ら〜、人間じゃなければここまではならないってぇ」
「嘘おっしゃい!!!そんなもの没収よ没収!!!」
「どんな薬にも用法用量ってものがぁ」
ギャーギャー喚く二人の声が頭に響くのか、一路はわずかに眉をひそめている。
(なんかよくわからないけど、今度から得体のしれないものを無闇に口に入れるのはやめよう……)
そう、心に誓った一路であった。