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    豆@創作垢

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    豆@創作垢

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    眷属になる儀式を終えた後のお話。

    満月の夜に 薄暗い城の廊下でコツ、コツ、と足音が響いている。ハンナは馴れた足どりで廊下を進む。目的の部屋の前までくると、コンコンとノックをした。
    「ちょっといい?」
     部屋の奥からの返事を聞いて、ハンナは部屋へと入った。
     中にはこの城の主、アシュタロトがいた。満月の夜、赤い月が夜空に浮かぶ前、決まってハンナは彼の自室を訪ねる。彼の眷属になってから今日で四度目だ。
     無事に眷属になって、己の魔力量に耐えられる器の身体になったが、それにはいくつもの制約が伴うこととなった。今日ここに来たのもそれが関係している。
     満月の夜は、主であるアシュタロトの吸血鬼の魔力が高まる。眷属のハンナはそれを自制することができない。血の匂いを嗅ぐだけで、仲間をも見境なく襲ってしまう可能性がある。
    ――――いや、実際にそういうことがあったのだ。
     アシュタロトにすすめられて椅子に座ったハンナは、3ヶ月前のことを思い出していた。

     ハンナがアシュタロトの眷属になって一ヶ月が経とうとする頃。
    「今日は月が綺麗に見えるだろうね。月明かりで本が読めそうだ」
     アシュタロトが誰にともなくそう言った。空は晴れ渡っていたから、夜も月が見えるのは当たり前のことのように聞こえる。しかしハンナはそれがただの天気の話ではないことを悟った。今日は満月なのだとアシュタロトは暗に伝えたいのだ。
    『他種族に力を分け与えられる力を持つ上級魔族がいる。アシュタロトもそれが可能で、その力を借りることで、自分の大きすぎる魔力に耐えうる体になった』
     仲間たちには短命を回避した理由をこう説明をした。嘘は言っていない。その方法を詳しくは伝えなかっただけだ。
     吸血鬼が己の眷属を増やす方法は、広く知られている訳ではない。ハンナ自身もアシュタロトに相談するまでは知りもしなかったことだ。吸血鬼にだけ伝わるその秘法を公にするのは避けたかったし、その必要もないとアシュタロトとハンナは判断した。仲間たちも先の説明で納得した。魔力感知に長けている者は、ハンナの魔力にアシュタロトの魔力が混ざっているのは理解できたし、そうでない者もハンナとアシュタロトの話し方から、嘘は言っていないことを感じとっていた。
     一ヶ月が経ち、人間だった頃の食事の味が全く分からなくなってしまったことも、陽の光が少し苦手になってしまったことも、少しずつ慣れてきた。仲間たちは、ハンナがみんなとの食事の後こっそりアシュタロトから支給された魔物の血液を飲み、陽の光を避けて仕事をしていることには気づいていない。ハンナは眷属であることが仲間たちに知られぬよう、細心の注意を払っていた。

    (───あの日はいつも以上に気をつけていたはずだったんだけど…) 
     過去を思い返していたハンナはため息をついた。どうした、という表情でアシュタロトがこちらを見ている。
    「あ、いや、何でもない。少し前のことを思い出していただけ」
     ハンナは苦笑いで返した。アシュタロトはそれに、「そうか」とだけ言って相槌を打つ。
    「今日は自分で噛んでくれ。腕を切って血を飲むんじゃ、いつまで経っても吸血鬼に慣れないからな」
     少し呆れ混じりの口調でアシュタロトが言った。ハンナはうっと顔をしかめた。
    「これまでずっと人間をやってたんだもの…。他人を噛むなんて抵抗あるに決まってる」
     ハンナが今日この部屋に来たのは、アシュタロトの血を分けてもらうためだ。自分の中の吸血鬼の魔力が高まる満月の夜は、主の血を飲むことでその暴走を抑えることができる。
     普通、吸血鬼が人の血を飲む時は、太い血管の通る首筋に噛みついて吸血をする。ハンナはそれがどうしてもできなかった。踏ん切りがつかないハンナの様子に、「まずは人から血を飲むのに慣れろ」とアシュタロトは腕を切りつけ、そこから滴る血をハンナに飲ませた。しかし、アシュタロトは、それを繰り返すのにもいい加減うんざりしていた。
    「最初の満月の日に私の腕を噛んだだろう。首だろうが腕だろうが噛む感覚は変わらない。これから一生私の手を煩わせるつもりか」
     アシュタロトの言う通り、ハンナは直接自ら噛みついて血を飲んだ経験がない訳ではなかった。ただ、あの時は今のような正気のハンナではなかった。

    ─────「月明かりで本が読めそうだ」とアシュタロトが言った日の夜。その日は眷属になって初めての満月の夜だった。
    (興奮状態になるとアシュタロトは説明してくれたけど、一体どういう感覚なんだろう…)
     ハンナは恐怖と緊張でその日は何にも集中できなかった。月が昇る前、時間に余裕を持って部屋を出た。自分を制御できなくなる前に、主人の血を飲んでしまえばその影響はないと聞いていた。寝静まった夜、少し遠回りにはなるが、仲間たちが普段通らない通路を選んでアシュタロトの部屋に向かっていた。
    「あれぇ?ダールチャン?こんな時間に珍しー」
     ハンナは突然かけられた声に心臓が止まりそうになった。声の方を反射的に振り返ると、闇に紛れて見知った仲間の姿がぼんやりと見えた。
    「もしかして夜這いとか?あーやだやだ」
     からかう声の主を完全に視認するより先に、むせ返るような濃い血の匂いがした。ハンナは自分の中の吸血鬼の部分が途端にざわめくのを感じた。
    「ふざけないで。早く部屋に戻ったら?」
     夜の狩りを終えた様子のフェイリアがいた。ハンナは、フェイリアがこの時間に出歩いていることなど知らなかった。よりにもよって魔物の血にまみれた姿で、神経を逆なでする言葉をかけてくる。平静を装って淡々と言い返したつもりだったが、棘を含んだ声音を隠しきれなかった。フェイリアもハンナのいつもと違う様子に気づいたようだった。
    「そんなにかっかすんなよぉ。今のハンナチャン、気持ち悪ぃ魔力してんのー…」
     フェイリアの声が遠く聞こえた。血の匂いにあてられて、自分が今何を言葉にしているのか、立っているのかどうかさえ怪しくなってくる。まだ満月は昇り切ってはいなかったが、今も乾ききっていないフェイリア自身の怪我から流れる血が、余計にハンナの正気を奪っていった。
     触らぬ神に祟りなしと、そそくさとその場を立ち去ろうとするフェイリアに、ハンナはふらふらと近づく。抗いがたい芳香がして口内に唾液が湧いた。もうその目は真っ赤な血液しか映していなかった。自分の体が自分のものではないような気がして、思考らしい思考はとうに放棄していた。
    「んもぉ…ふらっふらなら俺ちゃんに言えばいいのにぃー」
     フェイリアはハンナが人間としての自我をなくして、吸血鬼になっていることに気づいていない。足元が覚束ないハンナに思わず手を差し伸べていた。ハンナはその腕に牙を立てようと口を開けた。
     次の瞬間、口の中に鉄の味が広がった。口に満たされる液体をごくりと飲み干す。ハンナは我を忘れて血を啜った。
    「アシュチャン!?」
     フェイリアは驚きの声を上げた。視線の先には痛みに顔を歪めているアシュタロトの姿があった。ハンナを後ろから羽交い締めにする形で、腕を噛ませている。
    「説明は後だ。とりあえず部屋に来い」
     大人しくなったハンナと、呆然としているフェイリアを片手ずつで抱き上げ、アシュタロトは自室に入った。

    「アシュチャン、これどういうことぉ?」
     自分の夜狩りでの傷を治療してくれているアシュタロトと、ぼんやりと宙を見つめるハンナを見比べながら、フェイリアが頭を掻いた。
    「見ての通りだ。ハンナは私の眷属になった」
     説明になってない説明をして、アシュタロトは今度は自分の噛まれた腕の治療に入る。
    「短命を回避するのに上級魔族の私の力を借したと言っただろう。吸血鬼で言うそれは、己の眷属にするということだ」
     フェイリアとアシュタロトが話しているうちに、朦朧としていたハンナの意識が戻ってきた。あれだけ濃かった血の匂いも、今はほとんど感じない。
    「…あれ、私、なんでアッシュの部屋に」
     言って正気を失うまでの朧げな記憶を辿った。アシュタロトの部屋に向かう途中、フェイリアに会ったこと、吸血鬼の魔力により自我を失ったこと、そして口の中に残った鉄の味────。
    「……嘘、もしかして、私…フェイに…?」
    「違う。私の血を飲ませた。フェイには何もしてないから安心しろ」
     ハンナの憶測を、アシュタロトがきっぱりと否定した。それでもハンナの目から不安と悲壮の色は消えなかった。
    「でも、私、何も覚えてなくて…。アッシュ、その腕は…?」
    「噛まないと血は飲めないだろう?問題ない、治療は済んだ」
     アシュタロトは事も無げに言いながら袖を戻した。
    「あー、これ、俺ちゃん余計なこと知っちゃった感じー?」
     二人のやり取りを聞きながら、フェイリアが口を挟んだ。アシュタロトはそれを肯定した。
    「そうだな。フェイがわざわざ血まみれの格好でハンナを刺激したりしなければ、君は何も知らず、この部屋にくることもなかっただろう」
     フェイリアはそれを聞いて心外だという顔をした。
    「珍しい時間にハンナチャンいたから、ちょっとからかっただけだしぃー?」
     けらけらと笑おうとして、酷く沈んでうなだれた様子のハンナが目に入り、からかう場面ではないと悟ったのか、
    「…まさか眷属とか訳のわからない話になってると思わないじゃん?」
     とぼそりと付け足した。アシュタロトは小さくため息をついた。
    「今後満月の夜は狩りをするのを避けろ。それか狩りをしても、ハンナを刺激するような真似はやめろ。今日みたいなことを繰り返したくないならな。あとこのことは…」
    「言わない言わないー。二人の気を損ねるようなことしても俺ちゃんメリットないしー?」
     アシュタロトの忠告を遮って、フェイリアは理解したように言った。ハンナは吸血鬼になった自分が仲間を襲おうとした事実にショックを受けたが、二人の会話を黙って聞きながら、自我を失っていた間の出来事を整理できた。状況を掴むうちに、いつもの冷静さを取り戻してきた。自分の頬を一度両手で叩いて、気を取り直す。
    「…フェイは、この時間いつも出歩いているの?」
     部屋へ向かう途中に仲間に出くわすことは、可能性としてあると予測はしていた。今回の失敗はそこの予測が甘かったことが原因だ。出会った仲間がどう反応するか、どういう状態か、そこまで考えて事前に個別に対応を考えておくべきだった。
    「いつもではないけどぉ…」
     フェイリアはハンナの質問に答えた。他にもフェイリアに気になる質問を二三し、フェイリアは自分が答えてもいいと思う範囲でハンナの質問に回答をした。
    「アッシュにも聞いてもいい?二度と同じ失敗をしないためにも、対策を考えておきたいから」
     今度はアシュタロトが把握している仲間たちの夜の行動を聞きながら、起こりうる可能性を考えた。何か面白い情報が得られるかも、とでも思ったのか、フェイリアもその話を聞きながら、気まぐれに口を挟んだ。話は数刻続いた。
    「うん…これで、大抵のことはどうにかなる…かも」
     ハンナは重い瞼を必死にあけようとした。フェイリアは途中で話に飽きて自室に帰っている。最後、部屋を去る前ににやにや笑いながら「あとはお二人だけでごゆっくりぃ」と言い残して出ていった。
    「ハンナももう寝ろ。魔力が暴走した後は消耗も激しい。部屋に帰れるか?」
     アシュタロトが気遣って言った。ハンナはもう既にうとうとし始めている。
    「うん…帰る…けど少しだけ…休ませて」
     椅子に座ったままハンナは眠り始めた。アシュタロトは「よく頑張ったな」と寝息をたてるハンナに声をかけ、そっと抱き上げて自分のベッドに寝かせた。自身は部屋のソファに身を沈める。幾ばくも経たないうちにアシュタロトも眠りについた。

     
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