ご要望ふたつ「らーめん屋」
かすれた柔らかい声で漣が呟いた。自分の胸に頬を乗せて、むにむにとこすりつけている。眠たいのかと思って反対側の頬を指でくすぐると、こちらを見上げてニッと笑った。
上機嫌だ。やっと機嫌が治った……というよりは、元気が出たらしい。色々とご機嫌取りをした甲斐があった。
今日はタケルが地方のお仕事でお泊りだから寂しかったのだろう。何をやっていても張り合いのなさそうな顔をしていた。本人は寂しいなんて絶対に言わないけれども。
かく言う自分もタケルがいないのは寂しい。忙しいらしくLINKのメッセージもなかなか返ってこないし。
そんなわけで二人で寂しさを分け合っていた。……というところでもある。
「満足したか? 今日はもう寝るか?」
「んん……」
小さく唸って考え込んで、自分を見上げる。唇がちょっとへの字だ。機嫌を損ねたわけではなさそうだけど。
「マンゾクとかねー。いつでもオレ様の言うこと聞きやがれ。チビがいてもいなくてもだ」
「はは、そうだな。もちろん今日だけじゃなく明日も明後日も、できる限りのご要望に答えさせていただきます」
「ごよーぼー……」
「うまい飯でもなんでもな。かわいいお前さんたちのためだ」
「それ、もう一回言え」
「ん? かわいいな、漣」
「……ちげぇ」
調子に乗って漣の柔らかい髪を指に絡ませながら頭を撫で回していたら、ぶるぶると頭を振って手を振り払われてしまった。
「かわいい、は嫌か? でも自分にとってはお前さん、とってもかわいいんだ」
「るせぇ。そーじゃねーやつ」
「他の言葉がいい?」
むっと尖らせた唇は不機嫌を訴えているようだけど、複雑に赤くなった頬の色はそうでもない。照れ隠し、だろう。
「……す」
「うん」
「好きって言え」
目を合わせずに、そんなことを言う。自分を布団の代わりにうつ伏せに寝っ転がって、胸に頬を当てて、自分の目を見ないように首を横に傾けている。でもその頬を撫でている自分の手のひらを、じっと見つめていて……視線が熱くて、手に火が付いてしまいそうだな。
「好きだ。大好きだよ、漣」
「んんんんん」
唸って鼻を鳴らしながらジタバタして、自分の胸に額をぐりぐりと押し当てた。これはかなり効いてるようだ。
言っていて、自分でも少しばかり気恥ずかしくなるほどストレートな言葉だ、が。これ以外なんてない。全部本心だ。だからいくらだって言える。
漣はひとしきり唸って暴れて、耳まで赤くなった顔をぐっと上げて上目遣いに自分を……睨んだ。あれ?
「ちげぇ」
自分の胸に鼻先まで埋めて、キッとこっちを睨みあげている。さっきからそこで声を出されると、口の動きや唇の柔らかさがその、胸に……なんというか……。いや、そんなこと考える場合じゃない。
「そーじゃなくてェ……」
「違う言葉か?」
「……チビのことも、好きって言え」
「タケルの?」
「うるせぇ!」
思わず自分が聞き返すのを最後まで聞きもせずに、漣はまた下を向いて自分の胸に額をぐりぐりと押し当てた。かなりの力で。これは紛れもない頭突きだ。
「あっはっは、お前さん……かわいいなぁ!」
「だからそうじゃねーっつってんだろ! だから……チビの、こと」
「も?」
「も!」
頭突きの力を弱めようとしない漣の後頭部を撫でると、振り払おうとしてか頭を横に振る。回転の力が加わって余計に額が胸にめり込む。が、かわいい。
「あははは! 大好きだ、もちろん。タケルのことも、漣のことも。二人ともが自分の大好き、だ」
「〜〜〜〜〜」
漣が額を自分の胸に押し付ける力は一向に弱まる気配がない。しかし唸り声の方には変化が現れている。
「漣、お前さん今日はタケルの話ばっかりだな」
「ハア゙!?」
これは完全に余計な一言だった。そうとはわかっていても口が滑ってしまった。ついに漣は手を上げて、自分の背中を力任せに締め上げる。いつの間にか両足でもしがみつかれているようだ。
もちろん自分の胸に埋まった顔は、耳も額も真っ赤になっている。