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    masasi9991

    @masasi9991

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    土蜘蛛さんと大ガマさんの出会いの話

    ##妖怪ウォッチ

    井の中

     水の湧き出るところに、そいつは落ちてきた。流れてくる水が生ぬるく濁った。なにかの死骸だろう。たまにあることだが、そのままそこで腐ってしまうと水が汚れる。この生ぬるさはきっとまだ息があるということなのだろうが、知ったことか。ともかく水から引き上げて、水源から離れたところに捨て置かなければ。
     上流へ泳いで、湧き水の泉へ、暗い水底から岸を見上げると、そのほとりから垂れ下がったような影があり、影の真ん中から赤い靄がじわじわ広がっている。白い水面を汚している。あれだ。
     湧き水によって削り取られた水底の深いところから手を伸ばし、ひっ掴んでしまおうと思った矢先、浮かび上がろうと力を込めて水底の泥を蹴ったがためか、水面は波打ち、ほとりから垂れ下がった影がつるりと落ちて、底へ沈み始めた。
     暗く深い泉の半ばですれ違う。死骸は人のそれだった。乱れた髪が水草のように絡まって、白い頬にまとわりついている。白い顔、白い頬、白い額……しかし生気を失った死骸のそれとはどうにも違う。こんなに暗い水底なのに、それはまるで光を放つほどに白かった。泥と見紛う青白い死骸の肌とは違うのだった。そしてその唇からは白いあぶくがいくつもいくつも、水面に向かって上がっているのだ。
     水の中が揺れている。感じたことのない漣が、水面にも沸き起こっているらしかった。
     その振動の中心に泳いで近づく。首に開いた傷口が揺れている。揺れるたびに血が流れ、水に広がる。水底の暗闇にも負けない鮮烈さの赤が広がる。これは鼓動だ。胴の中心へ顔を近づければ鼓動はもっと深くへ響いて聞こえた。
     振動はそれだけではない。唇から吐き出されるあぶくと、そこに交じるもの。顔を寄せて耳を欹てる。
    「故郷へ……」
     この振動は知っている。人の鳴く声。なにやら呟いている。まだ生きているからなのか。だけど不思議だ。生きた人間が水の中でこんな鳴き声を発するとは。嘆きでも喚きでもなく、その声は呟いている。
    「戻らねば……山のあなた……海のかなたへ……船がない……八洲あまねく我々を乗せる船が……」
     この振動、この声、何を呟いているのだろう。人の鳴き声は聴き取りづらい。様々の声色が斑のように入り混じっているために。たとえばおれのような蛙には、そんなにいくつもの鳴き方はない。
     今にも死骸と成り果てそうなこれが、何を呟いているのかはわからない。聞き覚えのあるもの、聞き覚えのないもの、知らない鳴き方、声色、言葉というもの、入り混じっている。生まれてはじめて聞いたそれがある。
     だから好奇に駆られてその手を掴んだ。水面へ向かって水を蹴った。
     掴んだ手すら真っ白で、首の傷から流れ出す血よりも、ずっと熱い。湧き水の冷たさに慣れたおれには、火傷するほどに。こんな熱さもはじめてだ。


    (了)
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