口先攻防「あら? 大ガマちゃんなのね」
「人の顔見てなんて反応しやがんだ。オレがここに居たってなんにもおかしいことも不都合もありゃしねえだろ」
と言って大ガマは、一度口から出した棒状のアイスを再び口に咥え直した。今どきクーラーすらもないような古めかしい日本家屋のお座敷は、暑い。縁側ではなにかの気まぐれのように風が通ってチリンチリンと風鈴を鳴らしているが、そんなものではこの暑さには追いつかない。
妖怪だって生きているのとさほど変わらず、暑いものは暑い……と言わんばかりに、大ガマは片手にアイス、片手を団扇の代わりでパタパタと扇いでいた。
しかし座敷に現れた女郎蜘蛛の方は襟元正しい裃で白い額に汗一つ浮かべていない。
「不都合はないけどおかしいでしょ、ここは土蜘蛛ちゃんのお部屋なんだから」
「あいつの部屋におれが居るのも何もおかしくねえ。別におれの他にだって、あいつを訪ねてくるやつなんかいくらでもいるだろう。どっかの引きこもりとは違うんだからさ」
「訪ねてきたって、その土蜘蛛ちゃんがいないじゃない」
「あいつならオレが来たときからいなかったぜ」
「なのに勝手にアイスを食べてゴロゴロして」
「さすがにアイスを食いながら寝っ転がるなんて曲芸はやっちゃいねえよ。グウタラしてるだけだ」
「そのアイスは? 土蜘蛛ちゃんのでしょ」
「なんで知ってる」
「この暑さの中でこんな山の中までアイスなんか持ってきてたら溶けちゃうでしょ。仮にお土産だったとしても、自分が食べる分だけ持ってくるなんて貴方にしちゃ変じゃない」
「フッ、まあな。オレは気前のいい男だから、アイス程度の土産ならこの屋敷の中の全員分ぐらい持ってきてやるぜ」
「でしょう。だけど一つしかないわね? つまりそれは土蜘蛛ちゃんが大切に取っておいたアイスってことよ」
「判ってねえなぁ。こいつは救済なんだよ」
「フゥン?」
「このアイスはあそこの机の上に置いてあったんだ。で部屋の主のアイツはいねえ。戻ってくる気配もねえ……多分な。オレが来てやったぞと大声で呼ばわっても出てこねえんだからつまりそういうことだ。こっちは別段急用じゃねえしこんなのはいつものことだから構やしねえが、とはいえ暑さとアイスは待っちゃくれねえ。そこでオレの出番というわけだ」
そこまで大ガマは得意げに朗々と、半分まで食べたアイスを女郎蜘蛛に向かって振り回しながら、押入れから勝手に出した座布団の山に寄っかかりつつ、したり顔で語っていた。
「フゥン……ああそう、そうねぇ。別に、アタシは、大ガマちゃんでも構わないけど」
「ちょっと待て、なんだって?」
「あらあら。何んでもないわよ」
「そんな白々しい誤魔化し方はねえだろ」
大ガマは目を丸くして女郎蜘蛛と半分になったアイスを見比べる。女郎蜘蛛は口元を押さえて含み笑いをするだけだし、アイスはもちろん何も言わない。しかし明らかに疑わしい一言。
「なんか入れたか? 変な味はしなかったが」
「あらやだ、元々大ガマちゃんのものじゃないのに」
大ガマはムムムと唸って、残った半分のアイスを見つめる。
ちょうどそこに、部屋の主が戻ってきた。
「なぜこんなところに態々集まっているのだ」
「二人だけじゃない」
足早に戻ってきたらしい土蜘蛛は落ち着かない様子だ。しかしそれより落ち着かないのが大ガマで、
「お主、その手に持ったものは」
と言われるまでもなく立ち上がって、
「やる」
と一言。土蜘蛛の口の中に半分残ったアイスを突っ込んで、跳ねるように廊下へ飛び出し座敷を出ていった。
文字通り蛙の足で跳ねていくので矢鱈に早い。土蜘蛛が口の中の冷たさに目を白黒させているうちに、気配そのものまで遠くに消えてしまった。
「なんだあれは。一体何んの話をしておったのだ」
「それ、取り返しておいたわよ」
「食べかけではないか」
と、顰めっ面で言いつつ半分になったアイスを一口かじる。中の棒が見えてきた。
「と言いつつ食べるのね」
「こればかりが楽しみで急用を済ませてきたのだ」
「あら、それは残念。鍵付きの冷凍庫でも置いといた方がいいんじゃないの」
「それは逆効果だ。厳重であればあるほどあれは宝を得ようと躍起になる」
「アイスクリームが宝、ねぇ」
女郎蜘蛛が呆れ気味に首をひねったが、土蜘蛛は実に大真面目に深く頷いた。
【了】