いつもの要件 どうも、眩しい。奴と同じ時間に起きてやらなけりゃ、と思ってどうにか両目を開けてやったが、慣れないことはするもんじゃねえ。また狸寝入り、しちまおうかな。
ぼんやり開いている目で、土蜘蛛の背中を眺めている。縁側から差し込む朝日がただただ眩しい。土蜘蛛の姿は人型の影としか見えない。おれを放って外ばかり眺めて、一体何を考えているんだか。まだ目を開けたのにも気付かれちゃいないだろう。
と考えつつ、開けた目を閉じるのも面倒だ。
「大ガマよ、起きておるのだろう」
「おう。てめえのために、珍しく早起きしてやったぜ」
平然と返事をしてやったが、一体どうしてバレたんだ。こいつ背中に目玉でも付いてんのか? もちろんそうではないことはよく知っている。いくら奴が妖怪であっても。
「なあ、着物を取ってくれよ。今朝は少し冷えるね。夜の間は、あんたがあたためてくれたから良かったのにさ」
「もう戻るのか?」
「ああ、昨晩言っただろ。ちょっとした用事に出るから、暫くあんたのところにゃ来れそうもない。もう少し名残を惜しみたいかい?」
「今生の別れでもあるまいに。別段珍しくもない」
「寂しそうな顔をしてるぜ」
「誰が」
「わかりきったことを聞くなよ。ここには二人しかいねぇんだ」
手渡された襦袢を羽織る。その返事もせず渋い顔を眺めつつ。脱がせた着物を拾うために、こっちを向いて渡すために、いささか勿体ぶって時間を掛けた奴の顔、いつもの顰めっ面にいじけたような切なさが浮かんでいる。顰めっ面はそうとは認めねえが、おれに言わせりゃお見通しというわけだ。
「今生の別れじゃないが、暫くの別れだ。言うことやること、なんかあるだろ」
「……いいや、別に」
「なんだ、意地っ張りめ」
いつもの着物を羽織るのにそう時間もかからない。むっつり黙っている土蜘蛛の野郎が喋り出すよりもずっと早い。つまりそれ以上の返事がないままに、おれは着替えも終わって寝床から出ようと立ち上がった。
さて引き止める気が少しは湧いたか、奴はほんの少し息を飲む。結局何も言わない。どうせそんなところだと判っていたから、おれは立ちしなに寝床を出るでなく土蜘蛛の方へ膝を寄せた。
「おい」
抱きついてやろうかと思ったがちょっと届かない。膝を枕に撓垂れ掛る。まだ眠い。無理をして早起きしてやったんだから。
「おれはまだやることがある」
結わえた髪をひょいと伸ばして、土蜘蛛の首に絡ませる。少しばかり引き寄せる。
「何をさせようというのだ?」
「言わなきゃわかんねぇかな。まだ少し時間はあるんだ」
膝の上で転がって、奴の顔を見上げて奴には顔を見下させた。これでわかんねぇとは言えねぇだろう。
見上げた顔は朝日の中で影を落として眩しいが、眉間のシワが緩んでいるのはかすかに見える。おれにはバレてねえと思っているだろう。口元まで、緩んでいる。
【了】