崖っぷち「げっ」
と漏れた声が今の自分の姿にふさわしいものだったのか、それとも蛙の本性そのままだったのか。彼自身どちらか判断もつかないような、なんとも言えない声だった。
ガラガラ、と岩が転がり落ちてくる。砂煙に轟音、それはまあいいだろう。それより彼が焦燥困惑の声を上げたのは、その落石を生み出した元らしき……しかし岩と一緒くたになって落ちてくる……よく見知った妖怪の姿のためだった。
転がり落ちてくる巨岩と比べても何ら遜色のない巨大で歪な黒い身体。全長は数米ほどはあるだろうか。実際どれほどの巨体であるのかということに関しては彼にはしっかり覚えがあるから、仔細は捨て置くとして。問題は、その巨体が崖の上から彼の脳天真っ直ぐ目指して落ちてくるということだ。
崖は高さ二十米程度しかない。そこから自由落下でものの二秒か。途中岩の出っ張り等に打つかり落石に揉まれるとして、結局五秒もかからないだろう。アレコレ考える遑はない。
だのに、
「土蜘蛛!」
思いがけず名を叫んでいた。もしもあれが気付いて自ずと受け身でも取れるならば、もっと望んで良いのならば落ち切る前に糸でも吐いて、崖の上にしがみついてくれるならば。一縷の望み。ほんの少しの情け心。しかし無情なるかな、返事はない。気を失っているようだ。
結果、逃げ遅れる。
「ぐぇ」
と漏れた声は潰れた蛙の悲鳴らしかった。実際その通りの場面だ。彼は落ちてきた巨大な蜘蛛の下敷きに。
「おい起きろ、土蜘蛛!」
それでも怒鳴りつける元気は当然ある。
「……ムッ」
間をおかず返事があった。いささか寝ぼけた声ではあったが、落ちてひっくり返っていた蜘蛛の身体はスルスルと糸が解けるように人の姿に化けてしまった。そしてそのまま、彼の上に土足で立っている。
「何をぼうっとしておる。まだ戦いは終わっておらぬのだ」
「人の上で偉そうなことを言うんじゃねえ! まず退きやがれ! 誰がてめえのクッションになってやったと思ってんだ?」
「そのような横文字は知らぬ。敵はあすこ、崖の上だ! 遅れを取るでないぞ!」
「ああわかってるよ、クソッ! 突っ込んでいったらまた弾き飛ばされんだろうが!」
蜘蛛は彼の上を飛び降りると、崖の上を指差し糸を飛ばして再び駆け上っていく。で彼も慌ててそれを追いかける。流石に岩と一緒に転がり落ちるよりは遅いから、蛙の脚を持つ彼ならひとっ飛びに追い付くだろう。