雨の誘い なんとなく、こんな日にはあいつに会いたくなる。おれはすこぶる機嫌がいい。しかしこんな日には、あいつは外に出たがらない。あいつはたいてい機嫌が悪い。だけどおれはこんな天気の中であいつに会いたい。呼んでも来ないから会いに行く。外に出ようぜと何度も誘う。あいつは全然乗ってこない。でも帰れとは言わない。互いに意地っ張りだ。我慢比べになる。
いや、でも……入ってくるな、とは言う。
「畳が濡れる」
「わかってるよ」
と障子越しにおれは答える。そもそも入れてくれとは言っちゃいないのだ。だのにぶつくさとそんなことを言う。これは裏っ返しだ。ほんとうは座敷に上がって欲しいのだ。まあ恐らく、畳が濡れないよう身体を拭って入れと思っているのは、本当だろうが。
だがおれは土蜘蛛さんの思う通りにはならない。呼ばれて行くのも悪くないと少し思うけれども。
ザアザア雨が降っている。だから昼間なのに真っ暗だ。縁側に座って雨を眺めている。雨の音と匂いと温度が、清々しい気分にさせる。故郷のような懐かしさも感じる。身体に力がみなぎってくる。それに、たまらなくうれしい。
「きれいなもんだぜ、ここの雨は」
「それは無論、このあたりの自然に由来するものだから当然だ。だが吾輩はお主とは違って水に慣れているわけでもなく……」
「そんなことはわかっているさ。でもまるきり駄目だというわけじゃねえんだし、たまには一緒に遊ぼうぜ」
「たまにではなかろう」
「今日はものの例えで言ってるわけじゃないのさ。ほんとに遊ぶんだ。飛んだり、跳ねたり、歌を歌ったりってな具合にさ」
「それはまた随分と幼い誘いだ」
土蜘蛛が愉快そうに小さな声で笑った。当人は雨の音に紛れて隠しおおせたと思っていそうだが、いくら雨音が激しくともそれとこれとはモノが違うからそう簡単には隠せない。
それに、笑った本人がこちらに近付いてきている。障子一枚を隔てておれと背中合わせに座っている。
外は夜のように雨の暗さに覆われているから、土蜘蛛のいる座敷の灯りはいっそう眩しく目に映る。舞台の幕のように隙間なく落ちる雨だれに、座敷の灯りは光線となって投影される。だから障子を隔てて土蜘蛛がどうしているのか、背を向けていたってわかるって寸法だ。それも土蜘蛛は気付いていない。こんな日に外で遊んだことがないからだ。
「しかし吾輩はお主と違って蛙ではないから、飛ぶのも跳ねるのも歌うのも、あまり上手くはできぬかもしれぬ」
「それでもいいさ、下手でも、何をするでなくてもいいのさ。ただ雨の中ってのは気持ちがいいから、そこに土蜘蛛と一緒にいたいだけなんだ」
土蜘蛛が声を殺して笑っている。肩を揺らしているのも隠せないくらいだ。これならあとひと押しってところかな。
【了】