二人専用「なあ、そっち行ってもいいか?」
「おう。ちょうどここに座りやすい岩がある!」
おれが手招きするとグランツがパッと笑って、お湯の中に顔を半分沈めてすいすいっと泳いでやってくる。楽しそうだな! おれも泳ぎたい、がグランツはもうこっちにやってきてしまった。
「おれがそっちに行けばよかったなぁ」
「あっはっは! それじゃダメだな。おれがこっちに来た意味がない」
「うん?」
泳いできたグランツは、おれの腕の中にすっぽり入った。お湯から顔を出しておれの鼻先にそのお鼻をちょん、と。お湯の中でお鼻もポカポカになって、ピンク色だ。ううむ、近すぎてよく見えないが、暖かいのは間違いない。
「おれがここに来ちゃダメだったか?」
「いや! そんなことはない。どうぞどうぞ、おれの懐にはまだ余裕がございます」
おれが両腕を広げたら、もっと近くへとグランツがやってきた。そう、これ以上なく近く……ぎゅっと抱きついて、ぴったんこだ。
「いいだろう、この岩は。鉱床として、よりも温泉の中の腰掛けとしてぴったりだと、おれにはひと目でわかった!」
「ふっ、あはは、だから湧き出た温泉をここまで引いてきたんだな」
「うむ! ここなら通りすがりの方々にも見られず安心だしな」
「こんな場所にわざわざ入ってくるのはおれとキミぐらいのものだけどな」
「そうだろうか?」
言われてみればおれが温泉を掘り当てたのはとんでもない山奥であり洞窟の奥でもあり鉱脈が入り組んでおり、よほど腕に自身のある採掘師でもないと近寄らない場所にある。
しかしそれはそれ、これはこれ、お風呂に入ろうというのだから――つまり裸になろう! というわけなのだから、誰にも見られないに越したことはないのだ。いやそれが絶対だ。
おれの膝の上に乗ったグランツの、腰に腕を回して抱き寄せる。つまり要するに肌に触る。スベスベ……温泉の効能か……元々か? もしも温泉の効能だとしたら、おれもツルスベ肌に!? うーむ、それはそれ、これはこれ! としてやっぱりいけない。誰からも見られないようにしなくては。
「この場所だけは他の人には秘密だ。座り心地のいいこの岩のことも!」
「うん。……あはっ、その岩、キミがそう言うくらいだからよっぽど素晴らしい岩なんだろうな!」
膝の上でグランツがケラケラ笑って、お湯と一緒にゆらゆら揺れる。楽しくなってくる……いや、温泉はいつでも楽しい!
しかしそのときハッとして気付いてしまった。グランツはこの岩の上には座っていない! なぜならおれのお膝の上に座っているから。
しまった。ここはぜひとも岩の座り心地を確かめてもらいたい。しかし膝の上からは動かないでほしい。今こうやって抱きしめることによって、通りすがりの方々から見えないようにがんばっているところなのだ。いや、その心配はないんだっけ? それにしてもニコニコ楽しそうに笑っているところを見ると、やっぱりこのままここに居てほしい気持ちのほうが上回る。
ううん。岩のことはこの次また来たときに、そうしよう。ここはいつでもおれとグランツの専用の温泉なのだ。