氷 グラスの肌を水滴が滴り落ちた。中の氷が溶けて崩れ落ち、いかにも涼しげな音を立てる。その向こうに腕組みの人影。生白い肌、生白い額、澄ました目尻、きつく結んだ口元、冷たいアイスコーヒーのグラスの背景としては案外よく似合っている。いささか古風な出で立ちも、まあ、悪くはないものだ。
「飲めねぇのになんで頼んだんだよ」
「知らぬ。横文字ばかりでこれが一体何んなのかもわからぬ。お主が遅れて来たのが悪い」
「へえへえ。ま、そういうことにしてやろうか。勿体ねえからそいつはおれがもらうぜ。代わりにあんたの好きそうなものを注文してやる」
「遊びに来たのではないのだぞ」
「まぁねえ、でも今しばらくは、オレらの出番じゃなさそうだ」
通りに面した窓の外を、呑気そうに人間どもが行き交っている。何も恐ろしいことなど起こりそうにもない。何事も、起こってしまうそのときまでは、何もない、何事もない。
だからこうして喫茶店で茶でも飲んで、どっしり構えて待ってりゃいいんだ。
「お主、油断をするでないぞ」
「してるように見えるかい? オレが?」
実際そうなのかそうではないのか見極めようとでもするかのように、視線がじろりとこちらを睨んだ。しかし返す言葉もねぇんだろう、つまり、そのへの字に結んだ口元は。
それはさっきまでと打って変わって意地っ張りの不機嫌で、少し熱を含んでいやがる。