のどにやさしい まったくどこにも悪いところなんてないんだが、キミからベッドに押し込められた。
これが色っぽい意味なら大歓迎だ。いくらでも押し倒されたい。キミになら何をされたっていい。いや、それがそんな意味じゃなくても、キミにだったら本当に何をされたって構わない。
じゃあ今ベッドに押し込められたのも別にいいじゃないか。うん、それ自体は全く嫌じゃない。嬉しくなってるところもある。
朝起きて、少し話をして、着替えもしないままベッドに戻された。
一日安静だ! とキミは宣言して、ドタドタと家の中を動き回っている。
キミに心配されるのは嬉しい。しかし、悪いところもないのに寝ていろと言われても困ってしまう。
「だ、大丈夫だって。病気ってわけじゃないんだ。……ケホッ」
「ほら! 無理をしちゃいけない!」
そう言ってキミはベッドから抜け出そうとしたおれをぎゅっと押さえつける。キミに手首を掴まれてベッドの上、というのはかなりたまらないシチュエーションだ。
とはいえすぐに手は離されて、おれの上にはふかふかのブランケットがかぶせられる。
「ちょっと、騒ぎすぎて喉をやられたんだ。キミも知っての通り、昨日の夜中にキミの名前を呼びすぎた」
「う……うむむむ。だからやはりおれの責任だ。看病させてくれ。こういうときに、油断をしてひどい風邪をひいたりするんだぞ」
「キミは心配性だな。ははっ」
笑っているとまた喉の痛みが我慢できなくなって何度か咳き込む。自分でも、黙ってた方がいいのはわかっているんだが。
「今日はおしゃべり禁止だ」
「笑うのは?」
「もちろん禁止」
「おれにとっては拷問だ」
「しっ」
キミの太い人差し指がおれの唇に当てられる。勢いづいて、むにっと唇にめり込んだ。なかなかイイ。
「よしよし。おまえの笑い声が聞けないのはおれだってつらい。でも今日はその笑顔で充分」
おっと、顔に出てしまっていたか。キミの人差し指を唇で味わう感触――この百パーセントの下心が。キミは知ってか知らずか。
「ほうら、喉が痛いときはこれだ! 朝ごはんはまたあとで持ってくるから、まずはお先に」
「ん」
すっと差し出されたのは湯気の立つマグカップ。寝室には既に、そのいい匂いが漂っている。
「寝たままで飲むのは難しいな」
「あっそうか。ちょっと起きよう。はっ! おしゃべり禁止だぞ!」
「ふふ」
また人差し指が来る前に、まずは自力でベッドに上半身を起こす。流石にそのくらいはできる。そもそも病気じゃないわけだし。
しっ! をやろうとして行き場を失ったキミの人差し指はおれが起き上がるのを待ってから、やっとおれの唇に押し当てられる。
「んっふふふ」
「むむ……」
「なあ、これじゃ口がふさがって飲めないぜ」
キミの人差し指に触れられたまま喋る。おれは大いにくすぐったい。キミはどうだろう? うむむ、と唸っている。
「おまえにおしゃべり禁止は難しいな」
「キミといると話したいことが多すぎるんだ。ん、これ美味しいな」
マグカップの中身はホットミルクだ。キミとあれこれやっているうちに、程よい暖かさまで温度が下がっている。ハチミツと甘みとスパイスのぴりっとくる香りが舌に残る。かなり、喉の痛みに効きそうだ。
ここまでしてもらうと本当に病人みたいだな。
「おしゃべりしているうちは良くならないぞ」
「何かで塞いでしまうのはどうだ? 例えばキミの唇とか」
「そうは言うが、おまえのお口はマグカップに塞がれているじゃないか」
「飲み終わるまで待ってくれれば」
「もちろんそれは構わないけれども、やけどはしないようにな」
「あっははは、そう言われなきゃ一気飲みするところだった!」
キミはすんなり答えてくれたけど、ホントにキスで塞いでくれるのかな? まあでも確かにそう聞いたし、大いに期待させてもらおう。