プリンの話□1
ソイツが円城寺さんの腕に噛みついた。円城寺さんは笑って「こらこら」なんて言って、ソイツの頭を押し返している。
「腹減った!」
「さっき昼飯食ったばっかりだろ?」
「……違う。メシじゃねーやつ」
まだ諦めずに膝の上に乗り上げて迫ってくるソイツの前に腕を翳して、円城寺さんは顔を庇っている。何故ならソイツが本命で狙っているのは円城寺さんの鼻先だからだ。……多分。よくそこに噛みついてるから。
「オマエ、さっきも『まだ』って言われただろ」
「もう充分待ってやったっつーの! さっさと食わせやがれ!」
「うーん、でもなぁ……ちょっと前に確認した感じだと、おやつの時間にも間に合わなそうだ。食えるのは晩飯の後だな」
「ハァ!?」
「え……」
コイツのでっけえ声に笑っちまった。けど、俺もそこそこの声が出てたのに遅れて気が付いた。円城寺さんが笑いながら、コイツだけじゃなくて俺の顔も撫でたから。「ごめんな」と宥めるように言われて。
「あ……いや、別に俺はそこまで腹減ってるとかじゃなくて……ただあれが何なのかも気になるだけ……」
「こんだけ待たせてマズいモン出しやがったら許さねー」
「気になるか? 自分が作っていたのは実は……いや、しかしお前さんたちの驚く顔も見たいし……」
「ンだそれ。オレ様やチビが驚いたからってどーなるんだよ」
「オーブンで焼いてたからケーキとかじゃねぇのか? でも冷蔵庫で冷やして食べる……?」
「ふふ。アレは焼いていたんじゃくて蒸して……ンン、まあまあ、あと数時間は待ってくれ。しっかり驚いてもらうからな」
「ムシ……」
「オマエが考えてるヤツ、絶対間違いだからな。円城寺さんが作るおやつだからウマいのは間違いねーだろうけど」
俺とコイツが首傾げてると、円城寺さんは悪巧みしてるみてぇな含み笑いをもう一回追加した。俺とコイツを驚かすのがよっぽど楽しいのか、円城寺さんのその笑い方で膝に乗り上げてるソイツも揺れてるし、隣りに座ってる俺にもその振動が伝わってくる。くすぐったい。
□2
さっそく漣の足音が聞こえた。ついさっきまで畳に転がっていたように見えたんだが、しかし食欲旺盛なのはいいことだ。
それに、台所へ近づいてくるのは漣の元気な足音だけじゃない。タケルの落ち着いた足音も一緒だ。
「おいらーめん屋! チビより先に食わせろ!」
「俺はオマエと違ってつまみ食いを狙ってるわけじゃ……」
「じゃ、何でついて来てんだ……あ!」
二人分の賑やかな声を背後に聞きながら、焼き上がった丸い型の上にクッキングシートをかぶせておいた。まだ熱い。冷蔵庫に入れられるくらいまで、少し冷ます必要がある。
が、それが漣とタケルにとっては想定外だったらしい。
「ンで隠すんだよ!」
「オマエが勝手につまみ食いしねーようにだろ」
「はは、だってまだ完成じゃないからな」
「ハァ?」
振り向くと目を丸くした二人が前のめりで台所に迫っていた。どうどう、となだめつつ両手を広げて通せんぼをする。が、漣はそのくらいじゃ止まらない――ので広げた両手で抱きとめて、そのまま一歩前で立ち止まっていたタケルの横に押し戻した。
タケルも漣も、まだ台所が気になるようだが。仕方がないので、二人まとめて腕の中に入れて、自分自身の身体で目隠しをする。
「さっきその四角い焼くやつから出してたじゃねーか!」
「オーブンから出してすぐ完成、というメニューじゃないんだ。今すぐ食ったら口の中を火傷するぞ」
「ん……」
漣は不満そうに口を尖らせて考え込んでいる。火傷くらい、と言い出すかと思ったが、このまま諦めてくれるだろうか。
「甘い、匂い、……だった。ケーキとかなら、これからデコレーションするんだろ」
「それも、まだだ。しばらく冷やしてからだな」
「しばらくだァ? どんだけ待たせるつもりだよ!」
ぶーぶー言ってる漣もそうだが、タケルにとってもこの展開は予想外だったらしくまだ目を丸くして驚いている。二人とも、自分の料理をそんなに早くつまみ食いしたいだなんて、冥利に尽きるな。口元が緩みまくっていることは自分でもよくわかっている。
とはいえここは心を鬼にして、二人の思惑を阻止しなければ。
「まあまあ。出来上がるまで少しのんびり待とうか」
腕の中に抱きしめたそのまま、タケルと漣の二人を居間まで押し返す。二人ともまだ少し抵抗してくる。こうなると抱き上げてもいいんだが……狭いアパートの廊下ですることではないか。