知らないキス「ふふ、こういうのは……知らない、でしょ?」
唇の前に立てた人差し指が、ほんの少し震えたことに気付かれてなければいいんだけど。
人差し指が兜くんの唇に触れそうで、少し怖い。自分で顔を近づけておきながら、怖気づいている。ううん、最初からフリだけで、本当にするつもりなんかなかったんだ。
僕の囁きだけ、キミの唇に触れてしまった。大きな目を丸く開いたキミの顔がすぐそこにある。薄く開いたその唇で、キミはゆっくり息を呑んだ。僕の人差し指に吐息が触れたような気がする。大きな目がまばたきをする。
炬燵に突っ込んだ足が暑い。汗が滲んでる。ここも、すぐ近くに兜くんが居る。初めて兜くんに触れられた日みたいなシチュエーションで、こういうとこには慣れなくて、誰かの家に呼ばれるとかも、もちろん理由はそれだけじゃなくて――ずっと緊張してた。
「百々人は知っとるんか」
「だって僕は年上だよ? ね、ホントにその気がないのなら、キミの勘違いだよ。ちゃんと拒否して」
「勘違いなものか! 教えてくれ、百々人!」
兜くんの顔がスッと遠のいた。言葉の意味を受け取る前に、心に冷たい風が吹き込んだように感じた。だけど兜くんの手はすぐに、唇の前に人差し指を立てた僕の手を両手で取って包み込んだ。
強くて、熱い。とけるくらいに。
それからやっと、言われたことに気がついた。
「ワシはまだ子供じゃ。だからちゃんとしたやり方も知らん! そんなんで百々人に告白したのは確かに間違いじゃったかもしれん。じゃが百々人が教えてくれるっちゅーんなら、ワシは知りたい。未熟もんじゃが、ちゃんとものにしてみせるけぇ」
「ものに、するって」
「もちろん舞台の上やカメラの前でやるようなのとは違うじゃろうが……その、なんじゃ。百々人が教えてくれることは」
僕の手を握る兜くんの手に、ぎゅ、と強く、更に力がこもる。視線が揺れて、でも僕から目をそらさない。手のひらに熱が籠もってる。汗が滲んでる。多分これは兜くんの汗。年相応の幼さと、もっと強く、真っ直ぐ僕の中に入ってくるのは――。
「キスのやり方、じゃろう」
「……うん。でも」
僕はそれを本当に知っているわけじゃない。知識としては、人並みに知ってるけれど。
からかって、大人ぶって、余裕ぶって、逃げちゃうつもりだった。兜くんは僕に沢山のことを求めたりしないって、安心してたから。でももしもそれが裏切られそうだったら、こうやって逃げちゃおうって。年下相手にそんなこと考えちゃうぐらいには、ズルくやれるくらいの自信はついてた。
失敗した。手、振り払ってもきっと逃げられない。僕にできないこと、求められてる。
でも、こわく、ない。胸の中、からっぽじゃない。
「僕もやったこと、ないんだ。やり方なら、知ってるけど」
その代わり、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいな。
「……ほうか! わはは! 初めて同士じゃのう! 一緒に練習じゃ。二人で……そういうことで、いいんじゃな?」
「うん。お手柔らかに、ね」
ぎゅっと握った手。真っ直ぐ見つめてくる目。身体、熱いな……。もっと熱くなるんだろうか。ホントにとけちゃうかも。キスする前に。ずっとこのままでもいいな。
でも僕からキミに、キスしなきゃだね。年上なんだもん。教えるって言っちゃった。胸がいっぱいで、ドキドキしてる。