ご機嫌のファインダー「このオレ様がわざわざ出迎えてやったんだ。泣いて喜べ!」
「ああ、まあ……その、驚いた」
寝ぼけたような顔のチビから返ってきたのは寝ぼけたようなはっきりしない返事だ。こっちに戻ってきてからずっとこの調子で全然張り合いがねえ。どうも腑に落ちないがまあいい。チビのアホ面なんかいつものことだし。
「オマエ、円成寺さんに言われて俺を迎えに来たんだろ?」
「だからァ?」
「いや……」
やっぱはっきりしねぇ。言いたいことがあんのならはっきり言え、といつものオレ様ならチビにはっきり言ってやるところだが、今日は気分がいいので許してやることにした。
チビは今日までの仕事から持って返ってきた荷物をノソノソと片付け始めた。
らーめん屋のアパートにはいつの間にかチビの荷物を置く場所が用意されている。そこの壁に並んでるプラスチックのタンス。あれは多分オレ様のときと同じでらーめん屋が勝手にそういうことにしたやつだ。荷物なんかねーからンな場所必要ねぇって言ってんのに、らーめん屋は人の話聞かねぇから。
終いにチビは荷物の中からビニール袋に入れた洗濯物を取り出して、洗面所の方に持ってった。ああいうのもちゃんと出しとかないとらーめん屋がうるさい。
と、考えてみればチビもオレ様と同じらーめん屋の被害者か。そう思うとなんか笑える。
「おいオマエ」
「……ア?」
気が付くとチビは洗面所から戻ってきていた。目の前にいる。油断した。ムカつく……が、そう思うより前にチビの手が急にオレ様の顔をつねった。
「何しやがる!」
「いや、機嫌いいなと思って」
「ハア? ……何で笑ってやがる」
「オマエも笑ってたぞ。さっきからずっと……や、さっきどころじゃねーな。事務所で顔見たときから顔緩んでた」
「ンなわけねーし。泣かすぞコラ」
「その顔で脅されてもな」
フ、とニヤついた顔をして、ついでとでも言いたげにチビはつねったオレ様の頬を上に向かって軽く押し上げた。んな風には笑ってねえ。
「オマエ、昨日円城寺さんとヤッただろ」
「ハァ!? やっ……ッッ……たわけねェ!」
「その緩んだ顔見りゃわかる。オマエ全部顔に出てるんだよ。そういうの抜け駆けっつーんだ」
「ヌケガケ……」
チビの顔がぐっとこっちに近づいた。真顔だ。さっきまでニヤけてたくせに、キレてんのか? コイツ……わかんねー。
「しょうがねーだろ、チビいなかったんだし……」
「わかってる。でもすげー幸せそうな顔してたからムカついた」
そう言いつつチビはまたニヤついた顔をした。わけわかんねェ、言ってることと逆だ。
「ま、でもオマエの緩んだ面に免じて許してやる」
「アァ? それはそっくりそのままオレ様のセリフだ!」
「俺の顔に免じて許してやるって? オマエが何を許すんだ。意味わかんねーな」
「るせェ、オレ様は今チビを許してやる気分なんだ。ありがたく喜びやがれ!」
許すついでに顔つねられてた仕返ししてやろうとチビの顔に手を伸ばした。が、すばしっこく逃げやがる。チビのくせに!
そのあと帰ってきたらーめん屋にチビを取られた。
「ただいま。漣? タケル、もう帰ってるのか!?」
声も足音もうるせえ。音がデカいっつーか、デカい身体でそこの短い廊下を浮かれて走るからだ。
「円城寺さん」
オレ様の前に膝ついて座ってたチビはらーめん屋の声が聞こえるより前に身体をビクッと跳ねさせていた。アパートのドアに近づいてくる足音が聞こえてた。
「タケル! おかえり!」
部屋に顔出すなり、らーめん屋はうれしそうに叫んだ。チビもよろこんでらーめん屋の方に駆け寄る。
らーめん屋がこの部屋の入り口に両手を広げて待ってるのにチビは少し怯んでいた。
ガキみてーな扱いだ。チビがどう思ったかは知らねぇが、オレ様だったら絶対あの腕の誘惑には負けねー。数日ぶりだっつっても、そんぐらいヘーキだし。
「タケル」
だがやっぱりチビはへなちょこだ。両腕を広げたらーめん屋の前に一瞬立ち止まったものの、大げさに涙ぐんだ顔で名前を呼ばれてフラフラとその腕の中に引き寄せられてしまった。
ウソ泣きじゃ、ねーだろうけど……らーめん屋、ヘラヘラだらしねー顔し過ぎだろ。そんなにうれしいのか?
「会いたかった!」
「円城寺さん、俺も……。いや、でもこれはちょっと大げさっつーか、その……恥ずい」
「でも漣とはしてたんだろ? ズルいじゃないか」
「してない! アイツとこんなことは……! ただちょっと近くで話してただけだ! え、円城寺さん!」
らーめん屋はその両腕でチビを拘束するだけでは飽き足らず、調子に乗ってチビの顔のあちこちにぶちゅぶちゅとキスをし始めた。見てるこっちがうっとうしい。チビは腕の中でもがいてしつこいキスから逃れようとするが、らーめん屋は身体がデカいのをいいことにやりたい放題だ。
正直、同情しなくも……ない。でもいい気味だ。しばらく居なかったのが悪い。
「円城寺さん、こ、こういうのじゃなくて……」
「ん?」
「こういうのじゃないキスがいい。……昨日アイツとはヤッたんだろ」
何言い出すんだ、あのチビ。やっぱ根に持ってんのか? さっき、別にそーでもなさそうだったけど。
らーめん屋がチビを腕に抱いたままこっち見た。……わかんねーけど、恥ずかしい……気がして近くにあったちゃぶ台に寄っかかるフリをして目をそらした。
「浮気になるかな」
「俺ともしねーなら、そうなる」
「参ったな」
ガキっぽく拗ねてるチビに対して、らーめん屋は全然まいってなさそーだ。それは違ぇっつってんのに、またらーめん屋はチビの頭にキスをした。
「飯の後でいいか?」
「……でも円城寺さんは明日店に出るんだろ」
「仕込みはおやっさんにお願いしてる日だから、自分が出るのは昼前からだ。だから無理しなきゃ大丈夫」
「わかった、円城寺さんに無理はさせねぇ」
「あはは。タケル、なんだかかっこいいな」
甘ったるい、うざったい。見てないフリしてても、ムズムズする。らーめん屋のフ抜けた顔とチビの緩んだ顔が視界の端にチラチラ見えてる。
いてもたってもいられなくて立ち上がった。
「あ、漣! 待て、どこに行くんだ」
チビとらーめん屋にズカズカと近づいていったら、なぜか引き止められた。うざってェけど、仕方なくそこで足止めてやる。別にどっか行くつもりでもなかったし。
「オイらーめん屋、オレ様にキ……ッ、ちゅーしろ!」
「は」
チビが不満の声を上げたがンなのはどーでもいい。
らーめん屋はチビを抱きしめていた腕をゆるめて、片手でオレ様の顔を弱い力でつねった。さっきチビにもされたやつ……。なんだってんだ。こっち来い、って言われてる気がしてもっと近づく。
「漣、機嫌がいいな。タケルが帰ってきたからか?」
「違ェ! オレ様の気分は最悪だ。だかららーめん屋はオレ様のご機嫌を取りやがれ」
「キスで? 珍しいな」
らーめん屋が目を丸くして驚いた。ウザい。オレ様だってこんなこと言いたくて言ってんじゃねェし。ただ頭にパッと浮かんだのがちゅー……キスしろって、そういうのだっただけで。オレ様がしたいとかしたくないとか、そういうのどーでもいいだろ。
「おいオマエ……! 円城寺さん、俺まだされてない」
「ああ、わかってる。タケルが先な」
らーめん屋は片手でチビの背中を抱き寄せて、今度はチビのまぶたにキスをした。
甘ったるい焦らし方で、オレ様に見せつけてやがる。
「……早くしろ」
失敗した。だがもう手遅れだ。
いつの間にからーめん屋の手はオレ様の頭の後ろに回されて、もっともっとらーめん屋とチビの近くに抱き寄せられている。気がつくとらーめん屋の胸に寄りかからせられていた。
ここでチビとらーめん屋がキスすんの見てねーといけない。別にらーめん屋の腕ぐらい、捻り上げて逃げるのぐらい簡単だけど! オレ様が逃げるとか、ありえねーし。
「オマエ、そこで見てるつもりなのか?」
タコみてーに赤くなったチビに困惑した目で睨まれる。困ってんのはオレ様の方だ。
ンなこと、口が裂けても言えねぇ。
「うるせェ、オレ様はカンダイだから待ってやるつってんだ! だからさっさと……勝手に、やりやがれ」
この状況で笑い堪えてるらーめん屋も、趣味わりィ。この状況に仕立て上げたのはらーめん屋だろーが。オレ様は単にチビとさっさとやれっつーつもりで、そんでついでに昨日の続きを考えてただけで……。
「まずはキスだけ、な。続きは飯の後。漣もそれでいいな?」
「ん」
チビは素直に頷いてらーめん屋の顔を見上げた。らーめん屋もチビを見た。よーするに見つめ合っている。ウゼェ、うっとうしい、まだるっこしい、こそばゆくて、ムズムズする!
つーかオレ様もこの調子でらーめん屋とキスしねぇとメシにありつけねぇのか? 最悪だ! 本当に最悪じゃねーか!