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    tukaichi17

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    メンタル回復用

    無題 その日、アタリメはタコワサと海にほど近い宿の離れで無聊を託っていた。
     暇なとき、よく二人はどちらともなく海を見に行く。穏やかな西の海の時もあれば、いつも荒れている東の海の時もある。今日は東の海だった。
     凍えた風に身を晒し、肩を並べて砕けては散っていく波をずっと見ていた。そのうち雪が降り出して、これは積もると察した二人は、近場で宿を取ったのである。
     雪は、日も傾きかけた頃になってようやく熄んだ。
     その時のアタリメは、タコワサと二人で火鉢を囲み、冷えた身体を温めながら黙って炭の弾ける音を聞いていた。
     ふと鳥の声が聞こえたので、アタリメは立ち上がり、部屋の障子を開け放つ。外は一面の銀世界である。十センチは積もっているか。
     空は、生憎と曇りだが雲が早い。
     湿った風に、これは夜にまた降る、とぼんやり思った。
    「これは、雪が溶けるまでしばらく外には出られんなァ」
     思わず呟いたアタリメに、タコワサが緩く頷く。
    「オレハ別ニ構ワヌ。ドウセ貴様トテ、オレノ監視役ナノダカラ他ニ仕事モ無カロウヨ」
    「監視役ではないな。護衛兼案内人、だ」
     アタリメがそう強調して言うと、タコワサは微かに唇の端を歪めて低く笑った。
    「全ク、貴様モ厄介ナ役目ヲ押シツケラレタナ」
    「厄介だなど、思ったことも無いわい」 
     言いながらアタリメはほんの僅か、そのタコワサの表情に見惚れた。

     本人は知ってか知らずか、アタリメと二人きりの時のタコワサは、普段の険が取れて年相応の、穏やかで若者らしい顔になる。それがなんとも言えず、実に良い。
     いずれ一族を背負う立場となるこの男は、例え友好的な関係の種の中にあっても、自分の迂闊な言動でそれが破綻する可能性を常に考えて行動しているようだった。自然体のように振る舞っていても、常に気を張っているし、表情もどこか固い。けれど、こうして二人きりの時は多少気を緩めてくれる。

     表向きのアタリメは、その狙撃の腕を買われて上層部よりタコワサの身の回りの警護を命じられた軍人だ。実際はタコワサの言うとおりの監視役の方が正しいが、しかし、アタリメは端から上層部の命令に従う気など無かった。タコワサと幾度も言葉を交わすうち、そんなものは必要ないと判じたからだ。だから一切タコワサのやることには口を出さず、できるだけ彼の息抜きになるように、時折は一人になれる時間を作れるように立ち回った。
     そんなアタリメの態度のせいか、一介の護衛とその対象という鯱張った関係だった事さえ初めのうちだけで、年も近い二人は直ぐに打ち解けた。
     打ち解けて友になり、友からやがてなんとも形容し難い関係になった。
     いろんなものがまぜこぜになった、混沌のような感覚……とでも言えば良いだろうか。愛だの恋だのと呼ぶには幾分剣呑で、けれど、友情と言うには大分甘い、そんな感じの関係だ。
     それはとても曖昧で、そのくせなんとも居心地がいい。

    「ソウカ」
     気のない様な返事をするくせに、タコワサの目は普段より幾分和らいでいる。じゃれ合いのような会話は小気味良い。
     喋ることに満足し、二人はまた黙って外を見る。
     アタリメと二人きりだというのに、端然と座すタコワサの背筋は真っ直ぐだ。足を崩すことも無く、きちんとしている。所作の一つ一つがすっきりしていて好ましかった。
     微動だにせず庭を見つめるその姿はさながら一幅の絵の様である。この男は本当に好いな、としみじみ思った。
     ふと思いついて、アタリメは気付かれぬように視線を移す。タコワサを直視しないように、それでもその姿を視界の中心近くへとそっと納めた。
     凝視などすればこの男は直ぐに気がつき、この絵が崩れてしまうだろうから、そこはきちんと用心する。
     そうして理想的な構図を決めると、アタリメはそのまま瞬きをせず、ただ一点を凝視した。
     曇りのくせにあらゆるものに反射して照り返す雪面のせいで視界が眩しい。目の奥に痛みさえ覚えた。けれど、我慢して瞬きを止め、ひたすらにじっと見る。
     まぶしさに視界の隅が白くぼやけはじめた頃、漸くアタリメは目を閉じた。
     瞼には、写真のネガのように庭を見つめるタコワサの残像がくっきりと残っている。
     なかなか良い絵だと、目を閉じながらアタリメは思う。
     瞼の裏に焼き付く景色は、色彩が限りなく減り、黒い画面に赤と白、緑と黄の四つ程度で構成されていた。色の縁には青と紫が混じり合い、被写体の本質というものを如実に表しているようだった。
     残像の世界というのは、余計な色を全てそぎ落とし、灼(あらた)かなものへと還元するようで、それがアタリメの気に入りだった。
     残像が明瞭な図を結ぶのはほんの僅かだ。やがてそれは見る間にぼやけ、輪郭だけが微かに残る。
     輪郭さえも解けて消えたその時、ふっと影が差すように、残像の背景が暗くなった。瞼を閉じても光は感じるのだったと、アタリメは漸く思い出す。少し残像の中を見すぎたな、と、ちらっと思う。
     目を開けると、思ったよりも近い距離に、怪訝そうな顔をしたタコワサが座っていた。いつの間にか真横に移動していたようだ。
    「何ヲシテイル……?」
     多少不機嫌そうではあるが、確かに当然の問いである。正直に言えば殴られそうで、アタリメは、少し考え言葉を選ぶ。
    「こんな雪の日は、残像が面白いからな。それを、見ていた」
    「残像? 何故、ソンナモノヲ」
     タコワサがいよいよ訝しげに訊いてくる。
    「何、写真の代わりだ。残像として見たものは、脳の奥により強い映像として刻まれる……のだそうだ。普通の記憶より、忘れ難いということになるな」
    「何故、ソンナコトヲ?」
     流石に、今、このときのお前を覚えておきたかったのだとは言えなかった。正直自分でも引く回答だ。だから、冗談めかして言ってみる。
    「いつか、この日を懐かしく思い出す時の為に、さ」
     気障っぽく言ったせいだろうと、タコワサはちゃんとそれを冗談と取ってくれたようだ。
    「相変ワラズ、妙ナ奴ダ」
     呆れたように呟く。しかし、その物言いに棘はない。
    「お前だって大概だろう」
     軽口を叩くアタリメに、タコワサは何かを言いかけたようだったが、庭の方へ視線をやって、ふと黙った。
     その沈黙に気になって視線を辿ると、庭の先から微かに覗く海を見ているようだ。
     雪が音を吸い取るせいで忘れていたが、ここは海が近いのだった。
     十年か、二十年かはわからない。
     いずれここにも海が来る。
    「ナルホド、ナ」
     呟く声は微かだった。そういう意味ではなかったのだが、この男はそう受け取ったと言うことで、そちらの方が良いかもしれない。
     だから、アタリメも否定はせずに、また庭へと視線を投げる。
     ふたりで黙って、外を見ていた。
     
     どれくらい、こうしていただろうか。
    「アリガトウ。モウイイ」
     日がだいぶ沈み、雪を朱に染め始めた頃、タコワサがそう静かに告げた。
    「わかった」
     すっと立ち上がると、アタリメは離れの障子を静かに閉める。雨戸は悩んだが、野暮に思えてやめておいた。
     部屋の光量が減ったので、そのまま行灯の火をともし、ついでに火鉢にも炭を足す。
     夕食まで、音楽の話を少しした。少しの予定が熱が入りすぎ、最終的には話し込んだ。
     海の話は、多分意図的にしなかった。 
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