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    amyad_ri

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    ティカクロ 現パロ 世間知らずなラスティカを拾うクロエの話

    ##ティカクロ

     着古したスウェットにダウンをはおったラスティカに、早く早くと催促されて急に実家で飼っていた犬のことを思い出した。
     いつも散歩に行くと言ってもああそんな時間ね、とサバサバしているくせに土砂降りの日や雪の日、嵐の日なんかになると同じ犬かと疑うくらいに興奮して自らリードを持ってきた。変わっている。

     それでやっぱりラスティカも変わっていた。寒さがピークの二月も半ば、一昨日降った雪がまだ道に残ってカチカチで、しかも今は夜中の二時だ。よりによってどうしてこんな寒い時にコンビニ行きたいの? なにか必要なわけでもないのに。
     けれど、着いていかないと言ったらきっと思いっきりがっかりした顔をするだろうし、それでも頑固だからひとりで出掛けたとしても、方向音痴だからあっという間にどこかに行ってしまうかもしれない。それは困る。俺も甘い。

     文句を言いながらも、いざ外に出てみるとぴんと張った冷たい空気はなかなか気持ちが良かった。深呼吸をしながら歩いている間ラスティカとは何も話さなかったけれど、たまに合った視線は優しくて、別にそれだけでいいなと思った。
     暗闇の中ぼやっと現れるコンビニはなんだか異世界感があって嫌いじゃなかった。いきなり目に痛い蛍光灯や、早口でまくしたてる店内放送、油や無機質なにおい。はじめてここに来たときと同じように、ラスティカは目を輝かせておにぎりの行列を見学している。



     ラスティカとは、一週間ほど前に出会った。出会ったというか、拾ったという方が正しいかもしれない。バイトから帰ったらアパートの入り口に人が倒れていて、大丈夫ですか、と顔を覗きこんだその瞬間が運の尽き。ときめきも程々に、一歩うしろにすっ飛んでその人の雰囲気を確認して、やっと見つけた――そう思った。俺はそのとき、モデルを探していた。衣装のモデルだ。そこからは早かった。

     どうやら眠っていただけだった(なんで?)その人は、たしかに狭いワンルームなんだけど、俺の部屋に入るなり「きみは玄関に住んでいるの?」などと言い出しあまりに失礼なそのコメントに反射でハ? となったが、どうやら悪気はないらしかった。着ていた服も靴もビスポークだったし、その顔立ちや佇まいはたしかに高貴なものだった。世間知らずのお金持ちって本当にいるんだな。コーラを出したら珍しそうにしげしげと眺めてから「はじめて飲んだ」とこの上なくおいしそうに飲み干した。

     俺は人生で一番と言っていいほど興奮していて、挨拶もそこそこにモデルの件を打診して即オッケーをもらい天にも昇る気持ちだった。友人たちに試着してもらったときにはどうもしっくりこなかった作りかけの衣装をその人に当ててみるだけで、全然違う作品に見えた。似合いすぎているのである。「どこかの王子様でもつかまえてこないとキツいんじゃね、俺らじゃ無理だわ」と匙を投げられた何重にもなったフリルが、途端に生き生きとして見えた。うっとりと感動のあまり涙と鼻血が出そうになりながら王子様の手をぎゅっと握りしめたら、これは完全に王子様、まさにそんな笑顔で王子様は言った。
     ――ところで僕、記憶がないみたい。
     


     そこからの大騒ぎ(俺だけ)、名前は? 住所は? 警察に――。そう言っても首を左右に振るばかりで、警察には行きたくないと言う。いわく「なにかひどいことを言われた気がする」らしい。
     手がかりはコートの裏地に刺繍されていた名前だけ。そんなドラマみたいな話だったけれど、ラスティカは明るく爛漫だった。悲壮感はないが行き場もない、そんなラスティカと俺の『玄関』での二人暮らしがはじまったのだった。根に持っているわけではない。

    「クロエ、クロエ、あれは何? 水の中にふわふわとたくさん浮いている! とても楽しそう」
    「おでん。知らない? おいしいよ。練り物とか大根とか、お出汁で煮たやつ。買う?」
    「うん!」

     お会計をしていると、ラスティカが「先日いただいたあんまんというものはとても美味しかったです。あなたの腕は素晴らしい」などと店員に話し掛けている。シェフか。この手の奇行にはもう慣れたので俺は何も言わない。

     帰り道、凍った道で転びそうになったラスティカの手を取った。俺のスウェット、俺のダウン、適当に買った安物のスニーカー。ラスティカはどれも面白いくらいに似合ってなくて、けれど一番似合う服を作る自信が俺にはあるから、それで良かった。

     そしてはたと気づいた。やられたと思った。こんな深夜に連れ出されたのは、衣装づくりに煮詰まっていた俺に気分転換をさせるためだ。ラスティカの鼻歌が皆眠る住宅街に静かに落ちていく。思い返せば、犬もそうだった。土砂降りの日や雪の日、嵐の日だけじゃなく、俺が怒られたり失敗していたときに一層、尻尾を振って外に連れ出してくれたのだった。

    「ラスティカって俺が飼ってた犬に似てる」
    「わん!」
    「も~っ」

     ビニール袋の中のおでんが冷めるのも気にしない、転んじゃうを言い訳にして手を繋いだまま、ゆっくり歩いて帰りたい。今、なんかそんな気分。
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