純情限界メロメロレモネ〜ド 俺は今、お師匠さまのお尻の下にいます。
そんなことある? って思うかもしれないけど、ある。お師匠さまがとびっきりマイペースで、おまけに何をしでかすかわからないくらい自由で好奇心旺盛だと、本当にある。
今日は半分寝ぼけたラスティカがカーテンと踊りだして、いつもどおり俺が起こしにきたころには部屋じゅうが大騒ぎのお祭り騒ぎ。
巻きこまれ体質の俺は即巻きこまれて、こうなる。
「クロエ? おはよう……? あら? クロエ? どこにいるの?」
うう、ネグリジェ越しでもわかるくらいもっちりしてほどよく重たい、ラスティカのまあるいお尻が…………、いやいや、ほどよくって、なに!?
こんなふうにかなりお世話しがいがあるお師匠さまなのもあるけど、そもそも俺たちはスキンシップがかなり多いほうみたい。距離が近いって、よく言われたりもする。
それは今に始まったことじゃなくて、出会ったころから、ラスティカはずっとこうだった。
ラスティカは俺のために、俺にふれた。
誰かとくっつくとあったかいってことも知らなかった俺は、ラスティカに抱きしめられて眠った夜にどれだけ救われたかわからない。身支度を手伝うようになって、宝物みたいなラスティカの肌や髪や爪なんかにふれることを許されて、自分が誇らしい気持ちにもなった。
俺とラスティカにとって、自然なことはずなのに。最近、それが素直に受け入れられなくなってきた。
なんでもないことみたいに俺にふれられたり、俺がふれてもそれはラスティカにとって当たり前のことみたいだったりするのは、俺がラスティカにとってそういう対象じゃないって突きつけられてるみたいで、苦しい。
ラスティカにとって俺は、出会ったときの子どものままなんだと思う。
これは俺の片思い。気づいてなかっただけでずっとそこにあった、俺の初恋。
だから決めた。
ラスティカと距離を置くこと――――
――――が、できない!!!
「今日のホックは少しやんちゃみたい。ねえクロエ、留めてくれる?」
「自分でやって!?」
「う~ん……、あっ、見て。窓辺にきれいな鳥が来ているよ」
「待って!! 半裸のまま行かないで!」
必死でラスティカをつかまえて、しぶしぶブラジャーのホックを留める。たっぷりたぷんとした胸の弾力が伝わってきて、うわあ、うん……。まっしろな背中が、肩がどこまでもなめらかで、ここにキスできたらどんなに幸せだろうなあって……、
えっ? 俺、今なに考えた?
もうラスティカは派手な鳥と一緒に歌い出してるし、ていうか、今日のホックも、昨日のホックも、きっと明日のホックも同じだよ。だって昨日も俺が留めたんだから!
「クロエの髪はふわふわ♪ わたあめ♪ の歌を歌うから、頭を撫でてもいい?」
「だめっ!」
「歌詞がよくないかしら? ふわふわ♪ たんぽぽ♪ のほうがいいかな?」
「そういう問題じゃ……う、うわーーーっ!?」
いたずらっぽくラスティカが笑った瞬間、開けっぱなしの窓から大量のたんぽぽの綿毛が押し寄せてくる。本当なにその魔法? クロエ、頭に綿毛がついてる! じゃないんだよ、ああ、もう、そんなふうに楽しそうに笑うなら、好きにすればいいよ……。
諦めて髪の毛をふわふわされてたら、俺、子どものころ、癖っ毛の自分の髪があんまり好きじゃなかったなあって思い出した。今は……ラスティカが好きって言ってくれるから、俺も好き。
「群青レモンのバスボムをもらったの。きっとレモネードになれるよ。クロエ、一緒に入ろう?」
「さすがに……ひとりで入って……」
「そう? でも……ひとりじゃつまらないなあ。ねえ、バスタブでお茶会をするのはどう?」
「なにそれ楽しそう! ……いや、ううん、絶対にだめだからねっ!?」
今のは危なかった。だってバスタブでお茶会って、絶対楽しいよね!? でもさすがに……さすがに……お風呂に一緒に入るわけにはいかないもん……。だって裸で……!? ラスティカと……!?
頭の中で、バレッタで髪をアップにして、お湯に浸かりながらいつもより頬を染めたラスティカがティーカップに口をつけてるところを想像して………………、だめッ! この話おしまい! 解散ッ!!!
ラスティカは俺がいないと着替えもできない。ほうっておいたら半裸で外に出ようとするし、もし本当にそのままほうっておいたら、誰かに……俺じゃない誰かに色々やってもらうのかなって考えたら、それは俺がいやで、許せなかった。
俺がいないとだめなくせに、って思いながら、自分のほうがよっぽどだめだって思い知らされる。
少しずつ、少しずつだ。距離をおくのは。
必要最低限の身支度だけをして、心を無にして……!
生返事の俺に、そのたびラスティカは悲しそうな顔をする。そんな顔が見たいわけじゃないのに。でも……どうしたらいいかなんて、いくら考えてみてもわからなかった。
「髪が絡まってしまったの」
今度はなに!? と身構えたけれど、さすがに痛そうなのは見過ごせなくて、ラスティカの髪を解いた。花や、葉っぱや、羽や、お菓子なんかが絡まってた。なにしたらこんなふうになるの……? 少し油断したせいで視界に飛びこんできた白いうなじに、俺はまたうっとなる。なるべく見ないようにして髪を整えていると、いつもより静かな声でラスティカが言う。
「クロエの手、気持ちいい」
「……、なんでこうなっちゃったの?」
「わからない」
「うっそだあ」
「でも、最近もっとわからないことがあるの」
ふりかえったラスティカの、置いていかれたみたいな瞳とかちあう。
だめなんだ、こんなふうに見つめられると、俺は縛られたみたいに動けなくなるから。
わかってる、最近俺がラスティカを避けてる理由を知りたいんだって。
「クロエは私のことが嫌いになった?」
「そんなこと、ないよ」
「でも……、私、寂しくて。もっとクロエと一緒がいいのに」
そんなの、俺だって、一緒がいいに決まってる。
もやもや、いらいら、こみあげた気持ちはきれいなものじゃなかったから、言葉にできなくて俺は何も言えなかった。
ラスティカと手を繋いで歌いながら歩きたい。昼も夜もいくらでもおしゃべりしたい。
でもね、本当は俺、それだけじゃないんだ。
思いっきり抱きしめて、あんたの香りに包まれたい。口の端にジャムがついてるって嘘をついて、キスをしたい。いつも留めてるホックを外してみたいって思ってる。特別に仕立てたベビードールを着たあんたを、押し倒して見下ろしてみたい。
俺っていけないよね、ずっと一緒だったお師匠さまに、そんな感情抱いて。
「クロエに笑っていてほしい。きみは、なにを考えているの?」
……もう、かまわないでほしい。
そんな気持ちとは裏腹に、俺の頬にふれようとしたラスティカの手を握って、そのまま引き寄せた。思っていたよりもずっと力がこもってしまったことに、きっと俺のほうが驚いた。
ずっとこうしたかった。
でも、こんなことしたくなかった。
無理やり奪ったくちびるは、信じられないくらい柔らかくて、俺の中の大切ないろんなものが、一気にはじけ飛んでしまいそうになる。
「う、んぅッ……」
なに、その声、聞いたことない。
やりかたとか、なんにも知らない。下手くそで、最悪で、最低のキス。ただ、必死にラスティカの舌を追った。熱くて、とろけそうで、嘘みたいに気持ちよくて……、なにも考えられなくなって、また舌を絡ませて。
もっと。
もっと。
縋るように掴んだ手首が細くて、どうにかしてしまいたいくらいに細くて、息をのむ。
吐息のあいだから、俺を呼ぶ声がする。
どうして、突き飛ばさないの。
どうして、首に手なんかまわしてくるの。
こんな目にあってるくせに。俺のことなんて、好きじゃないくせに。
苦しくなって離したくちびるが名残惜しい。ラスティカの瞳はうるんでいて、いつもよりもっともっときれいに見えた。
もうわけがわかんなくなって、目の奥が熱くなってくる。
「そんな顔で……俺を見ないで。ラスティカは、俺が男だって知ってる? あんた、無防備すぎるんだよ。もう俺は子どもじゃない。こんなひどいことだってできるんだからっ……! わかったでしょ、もう俺にかまわないでっ!」
こんなはずじゃ、なかったのに。
本当に、本当に俺って最低だ――!
頭から熱いシャワーを浴びながら、ラスティカになんてことをしちゃったんだろうって吐きそうなほどの罪悪感があるのに、とんでもなく興奮してしまってる自分も確かにいて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
なんでもないよ、って、そのまま笑ってごまかせばよかっただけなのに。
きっと嫌われた。意味わかんないこと言って、言うだけ言って逃げだして。
もう、元通りになんてなれない。
ーーーーと思ってたのに、
「クロエって、私のことが好きなの?」
「うわあああああ……ッ!?!?」
ちょっと部屋を覗くくらいの気軽さでバスルームにあらわれたラスティカが……、そのまま入ってきちゃってるし!?!?
俺、裸なんだけど!?
もうやだ……お願いだから待って、ラスティカ。待って、俺の感傷。
目の前まで来てしまったラスティカを薄目で見ると、シャワーで濡れて身体にはりついたニットが、下着の形をくっきり浮き上がらせてる。
さっきみたいなこと、もう一生しません。
だからほんとやめて。
もう許して。
これ以上は本当に無理。
「ご。ごめん。ごめんなさいっ……!!」
「クロエ、こっちを見て?」
「見っ……うわっ、だめだってラスティカ、服がっ」
「見て? ね?」
怒ってるかと思ったのに、ラスティカの声はいつもどおり優しい。それでも有無を言わせないなにかがあって、俺は泣きそうになるのをぎりぎりでこらえながら、頬に添えられた手に導かれるみたいに、ラスティカと視線を合わせた。
俺の好きな、透きとおっているのに見通せないラスティカの瞳を見つめて、一呼吸つく。
「…………ラスティカ、怒ってる?」
「ううん」
「俺のこと、嫌いになった?」
「ううん」
「嘘」
「嘘じゃないよ」
「どうして」
出しっぱなしのシャワーがあったかくて気持ちが良くて、情けない言葉は思ったよりも素直にこぼれた。
ラスティカの前髪が濡れてて、まつげが濡れてて、さっき一瞬だけ俺のものだった、くちびるも、濡れてて。
どうしよう、俺、ラスティカのこと、こんなに好きだったんだ。
「いいよ」
「………………えっ!? なに、」
「私、いいの。クロエになら、何をされてもいい」
一歩前に出たラスティカの身体が、俺の身体とくっついて、そのままぎゅうっと抱きしめられる。
――――何をされてもいい?
ラスティカが言ったことの意味がよくわからなくて、混乱して、ていうか胸、思いっきりあたってるんだけど、ていうか、俺のもあたっちゃってるんだけど、じゃなくて、そうじゃなくて、何をされてもいいって、それって、どういう意味?????
「……え???」
「きみになら何をされてもいいよ」
「あんた、意味わかってる!?」
「クロエのこと、子どもだなんて思っていないよ。頼りがいがあって、かっこよくて、可愛くて、大好きな……男のひとだって、ずっと思ってたよ」
なにこれ、夢?
俺に都合の良すぎる、夢?
しばらく呆然としていたけど、ラスティカの耳がほんのり赤くなってるのに気づいて、おそるおそる、さわってみた。
耳の外側のところからピアスのはまった耳たぶまでなぞると、くすぐったそうに小さく漏れた声が、なんていうかその…………、か、かわ、可愛すぎてどうにかなっちゃうかと思った。
この大爆発する胸キュンをやり過ごすためにたまらず悶えてたら、上目遣いで覗きこんでくるラスティカが、またとんでもないことを言い出す。
「服……濡れてしまったから、脱がせてほしいな」
こわい。
もう、俺はラスティカが本当にこわい。
うん。わかるよ。濡れた服って、気持ち悪いよね。でも、脱……いだらどうなっちゃうの? え? 裸?
さっきからラスティカにやられっぱなしの俺はもうそろそろ限界なのに、当の本人はとろんとした甘い笑みを浮かべて、俺の指を自分の指と絡ませて遊んでる。ぞわぞわしたなにかが、身体の底からこみあげてくる。
「脱ぎたい……の。」
だめ。だめ。絶対だめ。なにがどうなっても、世界がひっくり返ってもだめ。
頭の中でもうひとりの俺が両手でばってんしてる。でももうひとりじゃないほうの俺は、もうラスティカのニットに手をかけてる。
ニットをたくしあげると、上品なレースのブラジャーがあって。これ以上ないくらいふっくらした、胸があって。肌にはじかれた水滴が伝って、つやつやに濡れてる。
そのまま腰まで撫でていって、ファスナーをおろすと、ロングスカートがすとんと落ちていった。下着はサイドの紐で結ばれてるのが手触りでわかって、もうひとりの俺だったらたぶんひざから崩れ落ちてた。
でも、しょうがない、だってもう世界はひっくり返っちゃってるから。
「クロエ、苦しいね? かわいそうで、可愛い」
「ラスティカ、俺にさわったら、だめ……ッ!」
俺の胸にキスをして、ラスティカの手が腰のあたりをそろそろと這う。
もう本当にだめ……、今日だけで何回限界って思ってるんだよって自分で疑問に思うくらいには限界。
「……ねえ、さっきの続きって、あるの?」
なにこのお師匠さま(俺の)。
これって、天然? それとも、わざと? もしくは、俺の知らない西の国ジョーク?
どれにしてもたちが悪すぎて、くらくらしてきた。
「つ、続きは…………ないッ!!!!!」
「ないの?」
群青レモンのバスボムにご機嫌のラスティカが、心底楽しそうにからかってくる。レモンの香りはこんなに心地良いのに、久しぶりに一緒に入ったバスタブの中、俺はきっと馬鹿みたいに赤くなってると思う。
「まだ俺には早すぎる…………」
「そうかな? さっきあんなキスしたのに。」
「ああああああぁ…………」
「すごく、どきどきしたなあ」
「ああああああああああぁ~~~……」
なんでそ~いうこと言うの? 思い出しちゃうじゃんやめてよ!!
恥ずかしさで顔を覆う俺のまわりを、クッキーとスコーンがふわふわ漂ってる。目の前のラスティカは、バレッタで髪をアップにして、お湯に浸かっていつもより頬を染めて、ティーカップに口をつけてる。
俺の……妄想が……現実に……? なんか、今日は色々ありすぎたね……?
ラスティカがなぜかいつもより発揮してくる奔放さのおかげでもう壊れちゃいそうにぐらぐらしてる自分を、いいかげん立て直したい。
それで、ああいうことは……、ラスティカにちゃんと好きって言ってからする……。
「それは楽しみだね」
「うわ、今、俺口に出してた……!?」
「うん。私のことが大好きだって」
「も~っ!! それは言ってないでしょ!?」
「違うの?」
「違…………わないけど!!!!!」
もうほんとなに? どうしたらいい? こんなにぶんぶんふりまわされまくって、今日だけでもう一生分くらいつっこみ入れたし、一生分くらい照れたし、実は一生分くらい幸せなんだけど……。
「あっ、クロエ、」
うそでしょ……まだなんかあるの? と思ったら、俺がお願いしてお願いして、お願いし倒してラスティカに巻いてもらったタオルがふにゃふにゃとバスタブの底に落ちてくのが見えた。
お湯越しでもわかる、神様に愛されたみたいにきれいなラスティカの身体が晒されて……ほ、本当にもう、やめて~~~!!?
「うわあああッ!!!!??」
しかもそのまま急に身体を寄せてきたラスティカの、圧が。圧がすごい。はっきり、圧がすごい。この圧がすごい。その、胸の、圧がすごい。ふに、ってなったかと思ったらむに、ってなって、つまり、さっき粉々になったばっかのつぎはぎの理性が、また粉々になりそう。
「待っ、だめっ、ちゃんとタオル巻いてッ」
「ふふっ、ねえ、クロエ……」
鼻血、でてる。
耳元でそう囁いて、ラスティカが吐息だけで笑ったその瞬間に、俺の中のなにかがぷつんと切れる音がした。
ラスティカの髪をまとめていたバレッタを外した。
レモン色のしゅわしゅわしたお湯に、ほどけた長い髪が落ちてって、恋とか、愛とか、欲とか、そういうのと一緒に、とろとろに溶けてく。
ここまで来たら、もう、俺があんたとしたいこと、全部するから。
「『ちゃんと好きって言ってからする』?」
鼻先でキスができるくらい近くで、ラスティカが微笑む。
いいよ、いくらでも、もう聞きたくないってくらい、言ってあげる。このとんでもなく甘酸っぱい、レモネードの中で。
「ごめんね、待つのは、得意じゃないの」
はあ〜〜〜〜〜〜、もうっ……、俺のお師匠さまが、えっちすぎるっ!!!