「そんなに見つめていたら、クロエに穴があいてしまう」
ラスティカはしばらく紅茶を飲みながらこっちを眺めていただけだったけれど、俺が鏡の前で考え事をし始めてからだいぶ経ったから、飽きてそばに寄ってきたみたいだった。
「なにか悩んでいるの」
「うーん。ピアス、あけてみたいなと思って」
「そうなんだ。どうして?」
「なんか憧れ? みたいな。あんたがしてるのを、ずっと見てたからかもしれないね」
とはいえ、そんなに悩むこともない。ピアスホールみたいな小さな穴なら、治癒魔法ですぐに塞ぐことができる。あけてみてなんか違うなって思ったら、なかったことにしちゃえばいい。
「別に、すぐ塞げるしね」
「あけてあげようか」
「うん! やってやって!」
「たとえば、僕が魔力をたくさんこめてあけたら……、簡単には塞がらないかもね」
鏡の中のラスティカがなにか面白いものを見つけたときみたいな顔をしたから、胸がどきりと跳ね上がった。いつもとは、少し違う……、奥まで見透かそうとするような、悪戯っぽいような……そんな笑みだった。
「なんてね。魔法舎には魔力の強いひとがたくさんいるから、すぐに治してもらえるよ」
どうだろう。ラスティカはここにいる魔法使いたちの中でも魔力が強いほうだと思う。ラスティカがあけたピアスホールがあっけなく塞がるのか、少し疑問が残るし……その言い方、自分が治してあげようなんてきっと全然、思ってない。それにあんたがそうやってあけたピアスホールを、俺は消したいなんて思うかな? ラスティカが俺につけた傷が、ずっと残るの。それってなんか、とっても…………。
自分の中の甘い予感に気付いてしまったせいで変に緊張して、声が裏返る。
「……い、痛いかな!?」
「ふふ、痛いかもね」
「やっぱり……?」
「冗談だよ。痛くないように、してあげる」
ラスティカがゆっくりと手袋をはずす。その仕草になぜか釘付けになってしまって――、すらっときれいな指先がゆるゆるとすべっていって、自分の耳たぶにふれたとき、身体がびくりと大きく揺れてしまった。そんな俺を見てラスティカはくすり、笑ってから唇を寄せてくる。
「クロエ、どうする?」
今にも逃げだしてしまいそうになる。身体中がぞわぞわとするようなこの感覚はどんな言葉で表したらいいのかわからない。どきどきと高揚するような、けれどこわくて泣きたくなるような……このちぐはぐな気持ちすらきっと、ラスティカにはお見通しで。
「《アモレスト・ヴィエッセ》」
「あっ、ラスティカ、待っ……!」
急に呪文を唱えたラスティカに、俺は飛び上がりそうなくらいびっくりして、ぎゅっと目を瞑る。耳たぶに違和感があって、ずんと重みを感じた。
「やっぱり。クロエに似合うと思ったんだ」
え……? え? おそるおそる目を開けると、俺の耳にきれいな細工が施されたイヤリングがつけられていた。
「今度の衣装のアイデア、困っていたみたいだったから。なにか参考になったら、嬉しいのだけれど」
「こっ……こんな高そうなの、もらえないよ」
ラスティカがこうやって黙ってにっこり笑うのは、有無を言わせないとき。なんか脱力しちゃって、素直にありがとうとお礼を言ったら、ラスティカは満足げに頷いた。
「ピアスはどうする?」
「えっと……俺にはまだ、早いみたい……」
「そう? 空けたくなったらいつでも言って」
ウインクと、頬にキス。されるがままで動けなくて、ラスティカがひらひら手をふりながら部屋を出ていくのを俺は黙って見送るしかなかった。
「はあああぁ〜〜〜……」
やっと大きく息が吸える。いつもぼやっとしてるくせに、たまに見せる大人なところ。ほんっとうにずるいと思うし、心臓に悪い……。鏡に映った自分の顔が真っ赤で、直視できない。イヤリングにつけられた紺碧の宝石が、ラスティカが笑うみたいに、光った。