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    amyad_ri

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    クロティカ はじめての夜の話

    ##クロティカ

    さよならハーブティー 夜もこわくないよ、と額にふれるキス。元気だして、と鼻にふれるキス。大切に想っているよ、と頬にふれるキス。どれもクロエは大事なものをもらうみたいに受けとってくれて、でも今日はそれだけじゃなんだか物足りないみたい。
     クロエからキスをしてくるのは、はじめてだった。僕のまねをするみたいに額から、鼻、頬にキスをしてから、少し迷って唇どうしがふれる。すぐ離れていってしまって、それでも上目遣いで覗きこんでくるクロエは、にじんだ期待を隠せずに訴えかけてくる。だからクロエの言いたいことは、言われなくてもよくわかるよ。

    「……ラスティカ、もっと、してもいい?」
    「いいよ」

     唇にひとつ、ふたつ、確認するみたいにキスをする。しばらくそうしていたけれど、ふいに覗いた悪戯心が、ふれるだけだったクロエの唇をつかまえて舌でなぞった。クロエはびっくりしたみたいだったけれど、またすぐ唇をひらいて、引きずりこまれるみたいに深いキスになっていく。慣れていないのに無理をするから呼吸がうまくできないみたいで、顔が赤くなってしまっている、それがちょっと可愛らしい、なんて。

    「気持ちよかった?」
    「そ、それは、そのっ……」
    「思っていたのと違った?」
    「気持ちよかった、よ、すごく、ほ、ほんとうに……」

     どんどん小さくなっていく声とは裏腹に、そろそろと繋いできた手にぎゅ、ぎゅ、と力がこもっている。クロエの手は、出会ったころよりもすごく大きくなった。背も伸びて気付けば僕にかなり近づいてきている。歳もそろそろ成人を迎える……んだったかな?

    「ねえ、ラスティカ、今日も一緒に寝てもいいの……?」
    「もちろん。一緒に寝よう。クロエ、着替えを手伝ってくれるかい?」

     ベッドから立ち上がろうとしたら、強い力で引き寄せられた。クロエの清潔で柔らかい香りがする。やっと見つけた今日の宿は簡素で、小さなベッドはすぐ軋んだ、でも、クロエと一緒ならどこでも楽しいね。

    「ラスティカ。あ、あとで着替え、しよう」
    「着替えたら、ナイトティーもしたいね」
    「うん、そうだね、ええと……」
    「カモミール、オレンジピール、マリーゴールド」

     じゃれるようにクロエとベッドに倒れこんだ。ハーブティーの歌なんてどうだろう? ラベンダー、エルダーフラワー、ここまで歌ったところで、クロエの指で唇にストップがかかった。クロエは僕の唇をふにふにと何回かつっついてから、思い切ったみたいにきりだした。

    「ラスティカと一緒に寝たい」
    「うん」
    「隣に寝るだけじゃないよ! その、さわったり、したい……」
    「うん」
    「え、えっちなこと、とか。しても、いいの!?」
    「もちろん、いいよ」

     シナモン、ジンジャー、ジュニパーベリー。覆いかぶさってくるクロエの顔に影がかかって、いつもより大人びて見える。ああ。クロエってもう、男になったんだなあ。寂しいような、でも嬉しいような、どっちもぐるぐる混ざって不思議な気持ち。僕とクロエは、いつまで一緒にいられるのかな。もっともっと変わっていくクロエを、僕はいつまで見ていられるのかな。

    「クロエの好きにしていいよ」

     見開かれたふたつの瞳がとってもきれいだから、いつかふたりで寝転がって見た星空を思い出した。クロエのふるえる手がそっと近づいて、でもあんまりふるえていたから、またすぐクロエが可愛くなってしまって僕からキスをした。力のはいってしまっている唇を舌でつんとつついてみたら、やっぱり真っ赤になって見せてくれた。キャラウェイ、タイム、レモンバーム。

    「あ、クロエ」
    「んっ……な、なに?」
    「ペパーミントを忘れちゃいけないよね」

     そうしたら突然、かみつくみたいな、荒っぽいキス。歯があたったり、鼻と鼻がぶつかったり、まるで不格好なキスだけれど、なにも知らないからどうにでもできて、欲のまま求めることよりも情熱的なことって、もしかしたらないのかもしれないね。クロエのむきだしの感情のようなものに直接さわっているみたいで、こんなのってとっても素敵で……興奮する。

    「ら、ラスティカ、俺、ね。ラスティカとこういうことする日のことずっと考えてた。心待ちにしてた。本当に本当にうれしくて、だから、もう、今だけでも……俺のことだけ考えてほしい、よ……。なんて、ごめんね、俺、なんか重いよね」

     大きな瞳いっぱいに子どもみたいに涙をためたクロエが、無理をして笑うその前に、僕は強く強くクロエを抱きしめた。自分に向けられたまっすぐで、純粋で、こんなにも熱い気持ちはこわいくらいに切なくて、愛おしくて、くすぐったくて、苦しい。それをすべてすっかり飲み干して、全部を僕のものにしてしまいたいくらいに。

    「クロエにお願いがあるんだ」

     僕の服のすそをきゅっと掴んで、クロエが息をのむのがわかる。

    「僕はすぐふわふわとしてしまうから、クロエがずっと、しっかりつかまえていてほしい」

     夜もこわくないよ、と額にふれるキス。元気だして、と鼻にふれるキス。大切に想っているよ、と頬にふれるキス。それで物足りないのは、僕も同じだね。

    「クロエ、きて」

     あの日見た星の瞬きをとじこめたままで、クロエの瞳はきらきらと揺れていた。
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