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    ただのつばめ

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    ただのつばめ

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    オタワスで🕶️が記憶喪失

    ワースが何者かに襲われた。

    自身の執務室にて黙々と、そして淡々と書類を捌いていたオーターがそう報告を受けたのは、もうすぐ昼になろうかという時だった。

    犯人は一本線と二本線の二人で、応戦したワースが再起不能にまで追い込んでいたため逃げられることもなく、拘束することが出来ているらしい。
    傷だらけの身体と、枯渇しかけた魔力。どうにか気力だけで立っていたワースは駆け付けた魔法局の人間を見るなり気を失い、病院へと搬送された。一時は危なかったが、今は容態も安定していると。
    話を聞き終えたオーターが初めにとった行動は、ワースの元へ向かう事ではなかった。拘束されている犯人の元へ行くと言う。それは任せてワースの元へと言われても、オーターは聞く耳を持つこともなく執務室を後にした。




    あれからオーターがワースの元へ現れたのは、日付けが変わった頃だった。
    治療を受け、ベッドに寝かされているワースは酸素マスクを付けた青白い顔で眠っており、至る所にガーゼや包帯が巻かれていてとても痛々しい。
    オーターと入れ替わるように出て行った医者が言うには、一週間以内には目を覚ますだろうとのこと。何かあったらすぐに呼んでください、と出て行く医者の背を見送ることなく、オーターはワースの側へと歩を進めていた。


    久しく会っていなかった弟の顔を見下ろす。当たり前だが、ワースの目は開くことはない。ただ静かに、生きる為の呼吸を繰り返しているだけだ。
    表情の変わることのないワースに、ふと最後に顔を合わせた時のことを思い出す。
    二月程前。イーストンへとウォルバーグに呼ばれ出向いた際に、オーターはワースと会った。会った、と言っても、たまたま教室から出て来たワースと鉢合わせただけなのだけれども。
    オーターと視線が交わるなり、微塵も隠すこともなく嫌そうに歪められた顔。なんなら舌打ちまでされ、その後は特にお互いに言葉を発する事もなく別れた。




    「お前は笑うことはありますか」

    そう問いかけたものの、ワースが自分以外に表情をコロコロと変えることは、なんとなく知っている。怒った顔だったり、呆れた顔だったり。時には気を抜いているような顔だったり、楽しそうな笑顔だったり。学友に向けているところをイーストンや街で、遠くからではあるが、何度か見かけたことがある。
    ワースが自分に嫌悪以外の顔を、笑顔を、最後に向けたのはいつだっただろうか。笑顔だけじゃない。私がワースの名を呼び、兄さんと呼ばれたのは?普通に(普通というのがどんなものかは分からないが)会話を交わしたのは?

    疎遠にしていたのはオーター自身だ。家族として、兄弟としての距離を掴み損ね、関わらないでいたのは他の誰でもない。
    最近の愛読書となっている 弟との過ごし方。そんなものを読んでしまう程度には、今更ながらに弟との仲の改善をオーターは考えていた。考えていただけで、無邪気な深淵の件が落ち着き、日常を取り戻しつつある現在でも実践したことはないけれど。

    ――このまま、平行線のままでもいいのかもしれない。

    今回のこの事件。実はオーターを逆恨みする人間の仕業であった。随分と前に、オーターが処罰を与えた犯罪者の兄弟。その兄弟は神覚者であるオーターに敵わないのであるならば、その弟をとのことで、ワースを狙ったのだと。
    ここに来る前に行った尋問で、犯人の口を割って聞き出した。

    また、このようなことがあるかもしれない。だとしたら、今の距離を保つのがいいのではないか。それが、いいのではないか。
    そう考えて、すぐに撤回した。
    オーターは望んでしまったのだ。ワースの顔を思い浮かべる際は、笑顔がいいと。あわよくば、その笑顔が自身に向けられていることを。随分と自分勝手なことだと理解している。けれど、それでも。望んでしまったのだ。一度望んでしまえば、諦めることは出来ない。

    「ワース」

    オーターは静かに名をこぼすと、眠り続けるワースのガーゼに覆われた頬を優しく撫ぜた。


    それからの数日間。オーターは仕事の合間を縫ってはワースの元へと訪れた。色鮮やかな花束や、眠っているワースが食べれもしない菓子を持って来てはサイドテーブルへと置いて、何をするでもなくただワースを見つめる。
    そんなことを続け、あと三日で一週間が経とうとした頃。いつも通りに花束を持って訪れた病室で、オーターは目を瞬いた。
    ワースが、目覚めている。予定よりも早く。
    寝たきりだった身体を起こし、自分でやったのかベッドの背に無理矢理立てた枕にもたれ掛かっている。顔を横に向け、窓の方へと視線を向けているため、あいにく表情は伺えない。
    換気のためなのか、少し開けられた窓の隙間からあたたかく、穏やかな風が入り込んだ。レースのカーテンが靡き、オーターとは異なるふわふわとした黒髪が揺れる。

    なんとなく、声をかけることを躊躇してしまう。大丈夫かと、聞けばいいだけなのに。それだけの事なのに、口を開くことが出来ない。
    不意に、ふわふわの黒髪が動いて淡緑の瞳と視線が交わった。
    沈黙が流れる。お互いが口を利かないのはいつものことだが、違和感がある。何が、と思案することもなく、オーターはその違和感が何なのか直ぐに気が付いた。
    ワースがオーターを見る瞳が、いつもと違うのだ。嫌悪感もなく、ただ困惑の色を浮かべている。

    「……目が覚めたのですね。医者からは何も連絡がなかったので知りませんでした」
    「……え、と、目が覚めたのはついさっきで、」
    「まさかまだ医者に知らせていないのですか?」
    「……は、い」

    どうにも歯切れの悪い応答だが、目が覚めたばかりできっとまだぼんやりとしているのだろうし、困惑した様子はきっと今まで関わってこなかった兄が急に現れたらからなのだろうと決めつけ、オーターは一先ず医者や看護師を呼ぶ為にナースコールを押した。






    「オーター様」
    どのくらい経っただろうか。邪魔にならないようにと退室し、廊下で待っていると、ワースの病室から出て来た医者が浮かない顔をして、オーターの名を呼んだ。
    嫌な予感が、した。




    「失礼しますよ」

    コンコンコン と扉をノックして開けると、寝かされていたワースが慌てて身体を起こそうとした。

    「っ……!」
    「こら、急に動くものじゃありませんよ」

    ぐらりと傾きそうになった身体を抱き止め、やんわりとベッドに戻すと、大人しくシーツに埋もれる身体。そんな素直な態度に、オーターの胸がチクリと痛む。

    「あ、の」

    黙り込んでしまっていると、ワースがおずおずと声を掛けてきた。緊張の滲む声音に、安心させるように口角をあげる。きっと下手くそであろうけれど、仕方ない。今まで微笑む、なんてことをオーターはした事がないのだから。

    「聞いたでしょう、ワース。私とお前は兄弟なんです。だからそんなに緊張することはない」
    「……本当、なんですね」

    オレが神覚者の、それもあの砂の神杖であるオーター•マドルの弟。信じられないと呟かれた言葉に、オーターは無意識に手のひらに爪を食い込ませた。






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