何度肌を重ねても、スハはいつまでも初々しい。…あえて直接的に言えば、全く童貞感が抜けないのも彼の良さだと浮奇は思っている。ただ、最近ひとつ不満に思っていることがあった。
夜のお誘いをするのは浮奇からばかりで、スハから誘ってもらったことがない、ということ。
浮奇がベッドへ誘う度耳まで赤く染め、戸惑いも顕に視線を前後左右に彷徨わせた後、こくん、と恥ずかしそうに首肯するのが何度見ても可愛くて愛おしくて、今日はどんな方法で翻弄しようかと思考する時間は楽しい…が、たまには向こうから求めて欲しいと願うのも当然だと思う。
スハはいつだって浮奇のことを一番に考えてくれて、大切に愛されている実感もある中で、セックスが全てというつもりは毛頭ない。だが、求められることに愛を感じる浮奇が、せめて一度だけでもお誘いを受けてみたいと願うのは自然なことだった。
些細なようで大きな欲求を解消するために、浮奇がやるべきことはただ一つ。シンプルにただお誘いをしないこと。
「スハから誘って欲しいな」とねだって言ってもらうのは簡単でも、例えそれで誘われたとして一度抱いた不満はその程度じゃ解消されない事はわかっている。浮奇のわがままで言ってもらうのではなく、スハの意志で誘ってもらわなくては意味が無い。
そうと決まれば、いつもなら機を見てあの手この手でベッドに誘う所を、目標達成のためにぐっと我慢する。ただし、それ以外の触れ合いはいつも通りにするのがポイントだ。むしろいつもよりも一層甘えて引っ付いたり、キスをする時も深い口づけをもっととねだるようにすらしていた。
元より敏感な口内を舌で愛撫されるだけで、浮奇の身体はスハを求めてしまう。その欲求を無視して何事もなかったように振る舞うのは正直辛いけれど、夜のお誘いだけでなく触れ合いまで抑えてしまえば、繊細なスハはきっと何かしてしまったのだろうか?飽きられたのではないか?と不安になってしまうだろう。自分の欲求を満たすために、愛しのダーリンを悲しませるのは浮奇の本意ではない。
深い口付けの後、熱のこもったため息が零れそうになるのを飲み込んで、期待混じりのエメラルドグリーンの瞳を見つめ返しにっこりと微笑む。あやすような触れるだけの可愛らしいキスをして「夜更かしは肌に悪いし、寝よっか。」とわざとらしく告げれば、信じられないとばかりに僅かに目を見張るスハを横目にそそくさと就寝準備に取り掛かった。
そんな互いの欲求を中途半端に燻らせるような触れ合いを数日の間に何度も繰り返すうち、どうやら浮奇の思惑はスハに正しく伝わったらしい。
いつものようにソファーに身を沈めるスハの膝の上で首に腕を回しキスをねだれば、大きな手で頬から耳裏にかけて覆いそっと引き寄せられる。付き合い始めた当初からは想像も出来ないそのスマートな仕草に頬を緩め、与えられる口づけを暫し堪能したのち絡み合う舌先を甘噛みして唇を解き、向かい合い密着した身体はそのままにスハの顔を覗き込めば、しっとりと濡れた下唇を緩く噛んだ不満そうな顔を隠すことなく向けられ、思わず笑ってしまいながら両手で滑らかな頬を撫でつつわざとらしく問いを投げる。
「なぁに?そんな可愛い顔して、どうしたの」
「…いじわる。分かってるでしょう?」
「うん、分かってるけど。スハだって俺が何を求めてこんなことしてるのか、もうちゃんと分かってるんでしょ」
「う〜…」
短い会話で浮奇に譲る気が無いと分かれば、へにょ、と眉尻を下げながら頬を包む浮奇の両手を手に取り、視線を落としネイルで飾られた爪先を摘みむにむにと揉み始める。初心なスハの照れ隠しと分かるその行動を微笑ましく眺めながら、時折「あの、」とか「えっと…ね、」と零される小さな声に耳を傾けるも、5分、10分と時間が経つにつれて次第に浮奇の眉間にシワが寄る。ここ数日我慢を重ねた浮奇に限界が訪れるのは早かった。
「あのさぁ…、言うの?言わないの?最初は可愛くても、お預けされまくった後にそれされるとイライラするしムラムラするんだけど?」
「え!?え、ごめ…ん…?…あれ、これ私が悪いの…?」
顔を顰め僅かに語気を強めて問い詰めれば、困惑を滲ませながらも謝罪を口にする。そんな素直さも浮奇が愛するスハの美徳ではあったが、今はそれを愛でる余裕はなく、さらに言葉を重ねる。
「これ以上焦らされると、仕返しにこれから先毎回泣いて許してって言うまでイかせまくっちゃうかも」
「っひ…!……、浮奇と、え…え、っちしたい、です!」
「…あは。うん、よく言えました。good boy. 」
こういう時の浮奇は有言実行だとよく知っているスハの口から、声を上擦らせ詰まりながらも漸く紡ぎ出された言葉に満足気に笑みを浮かべ、飼い犬を褒める様に額へ口付ける。すると、今度はスハの顔がじわりと顰められていった。
「……がう」
脅しに容易く屈してしまったことと、犬扱いされたことが気に食わないと態度で示しながらも、どうにか仕返しをしようと画策した末、一声鳴いて目の前に無防備に晒された浮奇の喉元に顔を寄せ歯を立てれば、スハの膝の上で華奢な身体がびくんと揺れた。その事に気を良くし、更なる反応を求めわざとじわじわとゆっくり歯を食い込ませ、吐息交じりの甘くか細い声で震える喉仏を舌の腹全体でべろりと舐め上げてから濡れたそこにキスをひとつ。
今度はスハが浮奇の顔を覗き込むと、熱を灯し潤んだ美しい瞳に同じく欲を湛えた男の顔が映る。
「…さっきまでもじもじしてたくせに」
「浮奇にお仕置きされたくないからね。それにね、私ももう限界…浮奇のこと、食べたい」
目論見通り一矢報いることが出来たと分かればスハの顔につい得意げな笑みが滲み、少し余裕が生まれた頭に浮かぶ欲求をそのまま口にすれば、浮奇の白い肌がふんわりと色づき大きなため息を返された。
「はー…スハのそういう所、本当に好き」
「私も浮奇のこと本当に大好きだよ。…ベッド連れて行ってもいい?」
握ったままの華奢な手を口元に引き寄せ、両手の甲にそれぞれ唇を落とし上目で浮奇を窺う。少しあざと過ぎただろうかと内心ドキドキしながらじっと見つめるスハの鼻先にキスが返され、わざと吐息をたっぷりと混ぜ耳元で「奥までたっぷり愛してね?darling.」と囁かれた言葉を合図に、膝上の身体を勢いよく抱き上げ寝室へと駆け込んだ。