意識が浮上して一番に感じたのは、喉の渇きと眉間から頭の奥にかけて感じる鈍痛。重い瞼を無理やり押し上げて天井を見上げると、いつの間にか開け放たれたカーテンから差し込む朝日にきつく眉根が寄る。
「あー…やらかした…」
既にもぬけの殻になった隣の空間を横目に掠れ切って無様な声に呆れため息を溢すと、けほけほと力無い咳に鈍く響く頭痛まで続くのだから、これはもう完全に二日酔いだと認めるしかない。それは潔く諦めよう。ただ、何より一番認めたくないのは、恋人への昨晩一連の振る舞いだった。
昨日は勘違いによる嫉妬で一人暴走した末にヤケ酒をした上、無礼にもたった一言のメッセージで恋人を部屋へ呼び出し、へべれけのまま絡みまくった。出来ることなら忘れていたかったのに、それはもう何から何まではっきりと覚えている。
酔った勢いというのは怖い、もうヤケ酒なんてしない、と内心悶えながら重い身体を引き摺るようにしてベッドから降りると、扉越しに聞こえてくる生活音と何やら美味しそうな香りに意識が向きつい口元が緩む。
締りのない表情のままドアノブに手をかけそっと扉を開いた隙間からリビングを覗き見ると、その奥のベランダに愛おしい人を見つけた。その手には私のTシャツが握られていて、呼び出した上洗濯までさせてしまった申し訳なさを感じていた矢先、両手で広げたそのシャツを軽く自分の身体に当ててひとり微笑む恋人に目を見張り勢いよく口元を手のひらで覆った。
何それ、可愛すぎない?何してるの?
今すぐ飛んでいって問い詰めたい気持ちを頬の内側を軽く噛んで押し殺し、ドアの隙間から抜け出すと洗面所に直行する。
蛇口から勢いよく出る冷たい水に身震いしながらも手早く顔を洗った後、歯ブラシを手に取りいつもより乱暴になってしまう手付きで手早く歯を磨き、仕上げにマウスウォッシュでグチュグチュと口内を清める。最後に一瞬鏡を覗き込んでチェックをすれば、少し悪い顔色は見ないフリをしてわざと足音を立てて浮奇の元へ。
慌ただしい足音に首を巡らせ振り返る恋人の背にぎゅっと抱きつけば、その手からハンガーにかけられた先ほどのシャツが足元に落下していく。それに気付いてないフリで「あ!」なんて慌てた声を無視して、うなじに額をすり寄せつつ深呼吸をひとつ。慣れ親しんだ匂いと、浮奇も使えるようにと選んでもらってから愛用している私のシャンプーとボディソープの匂いがして、思わずんふふ、と愉悦に満ちた我ながら気持ち悪い笑い声が漏れてしまう。
「あーあ、折角洗ったのに…これは自分で洗ってよ?」
「はぁい。…おはよ、浮奇。昨日はごめんね」
「それはどれに対する謝罪?ベッドに入ってすぐ寝落ちたことへの謝罪なら受け入れるけど?」
「あぅ…、」
昨晩最大の失態。さぁこれからお楽しみ!という雰囲気で意気揚々と浮奇を抱え上げてベッドに行ったにも関わらず、私の記憶はそこで途切れている。次に目を開けた時のことは冒頭の通りで、もう情けなさも極まれり。何も言えずふわふわの髪に鼻先を埋め身を縮こまらせると、可笑しそうに笑いながら抱き付く腕をひと撫でされた。
「まぁ穴埋めはしてもらうとして、先ずはごはんにしない?二日酔いに効くスープ作ったから」
「食べたい!昨日お酒ばっかりだったから、すごくお腹空いてる…」
救いの手を差し伸べるような提案に頷き薄い身体を拘束していた腕を解くと同時、タイミングよくぐぅ、と鳴き声をあげるお腹を撫でて宥める。少し恥ずかしさを感じながらも、振り向く浮奇の優しく細められた瞳と視線がぶつかるとどちらとも無く顔を寄せ、しっとりとした唇を何度か啄むうちもっととねだる様に差し出された舌先を迎え入れ腰を抱こうとする…が、肩に浮奇の手が掛けられ、そっと押し返されてしまった。
「ん…、…なんか…スハの口の中、血の味しない…?」
「……さっきあわてて歯磨いた、から」
どこまでも格好悪いけど、口元を押さえながらもごもごと答える私を見てお腹を抱える浮奇の姿が可愛いからいいや。