「守りたいものはありますか」で始まり、「迷子ではいられない」で終わる物語バルバロスver.
「守りたいものはありますか。」
街外れの路地の奥深く、かけられた声にバルバロスは足を止めた。
見遣れば、今にも潰れそうな小屋の暗がりから、占い師のような風貌の女が手招きしている。
「魔術師を呼び止めるたぁ、良い度胸だな。」
「あなたがどのような方かは関係ありません。迷える者を導くのが私の勤めです。」
にこりと微笑む女に眉根を寄せる。誰が迷える者だ。そんな内心を読んだかのように女は続ける。
「あなた、倒したい人がいますね。」
寄せた眉が跳ね上がった。
「でも、その人を倒すと本当に守りたい人が傷つく。違いますか?」
問いながらも確信を持った言葉。
何者だ。こいつは何を知っている。内心の焦りを隠すように、バルバロスはこれ見よがしに鼻で笑った。
「なんだ、お守りの一つでも売りつけようってか。」
「まさか。私はただ助言を与えるだけ。」
よく聞いて、と前置きをして女は告げた。
「ただ戦って勝つだけが勇気の証明ではありませんよ。」
一体何の話なのか、突飛すぎて理解ができない。
バルバロスが思わず首を捻ると、くすくすと女が声を漏らした。
「いずれわかる時が来ますわ。」
自分の仕事は終わり、と女は身体を引く。
これ以上下手に関わりあうのはごめんだと、バルバロスも早足でその場を離れた。何を言っているのかは微塵もわからないが。
師匠を倒したあいつを実力で倒さなければ、俺はこの先には進めない。
それが今の俺を形成する全てであり、信念なのだ。
あの日から、ずっと。
何を言われようと、俺はもう迷子ではいられない。
シャスティルver.
「守りたいものはありますか。」
街外れの路地の奥深く、かけられた声にシャスティルは足を止めた。
目を向ければ、今にも潰れそうな小屋の暗がりから、占い師のような風貌の女性が手招きしている。
周囲には誰もいない。私に問うているのか。「もちろんだ。不当な暴力で生活を脅かされる全ての市民を守るのが、聖騎士としての務めだ。」
洗礼鎧の胸を拳で叩けば、聖騎士の鑑と言える返答に女性は頬を綻ばせる。
「そうですか。では、私から一つだけ。」
一拍置いて、彼女はまた問うた。
「聖騎士としてではなく、一人の普通の人間として、守りたいものは何ですか。」
その問いに、私は答えを返せなかった。
せめて何か返そうと口を開きかけるが、結局何も出てこずに閉口する。
しばらくその逡巡を見守った女性は、ついに耐えきれなくなり、くすくすと声を漏らした。「すぐでなくても良いのです。いつか答えを見つけてください。」
自分の仕事は終わり、とばかりに彼女は身体を引く。
本当にこれ以上は何も用がないようだ。
問いの答えを返さず離れるのは心苦しいが…今の私には、何も返せる言葉がない。
私は軽く一礼すると、占い師の下を離れた。聖騎士ではなく、ただの『シャスティル』としての自分の希望など、考えたこともなかった。
立派な聖騎士だった兄のように、兄に泥を塗らないように、全ては市民一人ひとりのために。
そう思って、毎日精一杯聖剣を振るってきた。
…この手を引き、守ってくれた兄は、もういないのだから。
そうだ、『シャスティル』としての答えも、きっと。
いつも私を導いてくれた兄のように、今度は私が皆を守る。
私には本当に、ただそれだけ。
私はもう、迷子ではいられない。