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    はもん

    @hamon_samon

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    はもん

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    ・「ルームツアー」の続き
    ・ルシ→(←)アラ
    ・匠に弱い地獄の王と、礼儀礼節は重んじるラジオデーモン

    #ルシアラ

    ルームツアー・アフター ホテル復活記念ラジオは恙無く終了した。途中でペンタグラムシティが停電したりしたが、たまにあることだ。特にここ半年ほどは。
     「ON AIR」のネオンが消えたラジオブースで、ルシファーは興奮を顕に拍手を送った。

    「いや、凄い。凄いな君は!」

     ラジオの放送現場を見るのは初めてではない。なんならラジオ全盛期の時代には、ゲストとして出演したこともある(罪人メディアとは別の、地獄産まれの悪魔が運営するメディアにだ)。全体的にノリが合わなかったので一度しか出たことはないが。そんな地獄の王にとっても、アラスターの手腕は素晴らしいものだった。
     豊富な語彙。教養の深さが窺い知れる知識の幅広さ。嫌味と皮肉を交えながらの語り口は流暢であり、声音の高低や強弱を巧みに扱って言葉の印象をコントロールしている。
     すっかりアラスターのスキルに惚れ込んだルシファーは、元天使らしい素直さで今し方の放送を褒め称えた。自身の仕事に並々ならぬプライドを持っているアラスターもこれには気分をよくして、余計な装飾はせずに優雅なお辞儀で応えてみせた。

    「ああ、話したいことがたくさんある。今の放送の感想とか……どうだ? 一杯やらないか?」

     ラジオブースからアラスターの私室に降りながら尋ねる。アラスターは片眉を跳ね上げた後、首を横に振った。

    「地獄の王と酒の席を共にするとは恐れ多い。是非に……と言いたいところですが、流石に今日は疲れました。また後日にいたしましょう」

     なにせ、エクスターミネーションの後である。天使軍エクソシストとの戦闘は激しいもので、更にはホテルの再建もした。疲労があるのは当然だ。
     一人元気な地獄の王は、それもそうかと納得した。アラスターに見送られ、ご機嫌なまま自分の部屋へと戻る。
     新しく作った自室は、城の部屋とあまり変わらない。大量のアヒル人形がいないのと、趣味の作業場がないくらいだ。壁には城の物とは別の家族写真がいつくも飾られている。ルシファーはそれに笑みを零し、浴室へと消えていった。
     手早くシャワーを済ませてパジャマに着替え、ベッドに横になる。眠気はすぐにやってきた。ベッドの屋根を見上げ微睡みながら、今日の出来事を思い返す。
     早まった駆除エクスターミネーション。天使軍と戦った罪人悪魔と娘たち。アダムとの戦い。ホテルの再建。

    (アダム……アダム……? ……アラスター!)

     ルシファーは跳ねるように起き上がる。眠気が一気に吹き飛んだ。
     思い出した。アラスターは、アダムと戦った筈だ。あの天使軍のリーダーと。現場を見てはいないが、チャーリーが言っていた。その時は聞き流していたから思い付かなかったが、なら何故──ルシファーが駆け付けた時に、彼はいなかったのだ。

    「まさか……アダムにやられて……」

     最悪の想定に辿り着き、ルシファーの白磁の肌が青ざめる。
     いくら性格がアレ・・とはいえ、アダムは最初の人類だ。軍を任されるだけの力がある。もし傷を負ったのなら、そう簡単に治りはしない。
     ただ、アラスターに怪我の名残は見えなかった。服に汚れもなかったし、血の匂いもしなかった……筈だ。本人も平然としていたし、ただの思い過ごしかもしれない。
     そう自分に言い聞かせても、一度気になると止まらないもので。再度横になっても再度眠気が訪れることはなく、結局ルシファーは様子を見に行くことにした。
     つい一時間ほど前にも見た扉を、控えめにノックする。

    「……アラスター。私だ。ルシファーだ。少し気になることがあるんだが、まだ起きているか?」

     再度ノックするが、応えはなかった。もう寝てしまったのか。やはり勘繰りすぎたのか。色々な可能性が頭の中で渦を巻く。
     前進も後退もできず立ち尽くすルシファーの前で、扉がカチリと音を立てた。そのまま開かれるかと身構えるが、動きがない。
     恐る恐るドアノブを捻ると、扉はすんなり開いた。先の音は鍵を開けた音だったようだ。

    「アラスター……?」

     音が鳴らないよう、なるべくゆっくりドアを開く。想像に反して、扉の前にアラスターはいなかった。ならばどこに、と視線を巡らせる。
     部屋の中は、ルシファーが出ていった時と同じく明るいままだった。その中で、不自然に揺れる影。
     アラスター──ではない。だが、そっくりだ。アラスターそっくりな影は、鋭い牙を剥き出しにして笑いながら、滑るようにラジオブースへ繋がる階段へ向かった。

    「アラスター!」

     螺旋階段の途中で蹲る姿を見て、思わず声が大きくなる。慌てて駆け寄るもアラスターに意識はなく、土気色の肌は益々色を失っていた。
     呼吸は、ある。浅く断続的なそれにすら安堵するが、すぐに気を取り直した。
     こうなった原因はどこだと、身体中を探っていく。腹の辺りに触れた途端、アラスターの呼吸が乱れた。
     素早くコートを脱がせると、赤いシャツに僅かに別の赤が滲んでいた。それなのに、血の匂いが全くしない。

    「コイツ、まさか……」

     シャツのボタンを一つ外す。途端にむせ返るような血と肉の焼ける臭いが鼻につき、ルシファーは思わず息を詰めた。

    「そこまでして隠したいか……」

     理解不能だと嘆きながらボタンを全て外していく。服の下は酷い有様だった。
     左胸から右腹にかけて袈裟斬りにされた傷。それを魔力の糸で縫い合わせて塞いでいるようだが、傷口からは黄金の光が火花のように弾け、肉を焼いている。天使の武器で傷付られたのは明白だった。

    「……こんな状態でラジオ放送なんてやったのか 信じられん!」

     常に焼きごてを突き刺されているような状態だろうに、よく誰にも気付かれずにやり過ごしたものだ。驚きと呆れを通り越して、いっそ感服する。
     とりあえずは治療だ。細長い体を抱き上げベッドまで移動する。アラスターは起きる気配がない。
     ルシファーは黄金の火花が散る傷にそっと触れる。掌を鉄板の上に置いているような熱が伝わってくるが気にしない。悪魔を食い殺さんとする黄金の力が、ルシファーの手に集まっていく。全てが集まりきったのを確認した後、そっと手を離した。
     傷口は燃焼を止めている。嫌な臭いも少しずつ治まってきた。危機は脱しただろう。ようやく肩の力が抜け、ついでに掌に集まったアダムの力を握り潰した。地獄に似つかわしくない美しい光の屑が霧散していく。

    「感謝しろよ、ベルボーイ。……秘密の友人にもな」

     呼応するように、アラスターの影が不自然に揺れる。どこからともなく空気を切り裂くような笑い声が聞こえ、ルシファーもつられて笑みを漏らした。
     真っ赤なシャツのボタンを留め直したところで、ルシファーは思い出す。そういえば、ベッドも嫌がらせで硬いマットレスにしていたんだった。試しに手で押してみたら、高反発な安っぽい感触が伝わってくる。

    (流石に怪我人にコレは……いやいや、相手はアラスターだぞ? 娘に不躾に近寄る不埒者で……でも、娘のホテルを守って怪我を……いやでも、アダムは私がボコボコにして……でもチャーリーが…………うぐぐ……っ)

     数分の葛藤の後、ルシファーは指を鳴らす。軽やかな音をたてて、カチカチのベッドはふかふかのベッドに進化した。心なしかアラスターの寝顔も穏やかになった気がする。
     こんな時でも、アラスターの口角は上がったままだ。傷を隠していたことといい、奇妙なこだわりとそれを維持し続ける根性には恐れ入る。
     汗で張り付いた髪を払ってやると、触れた肌がやたらと熱かった。傷が原因で発熱しているのだろう。未だに呼気も早く浅い。

    「……今回だけだぞ」

     ルシファーは大きく溜め息を吐いて、魔法で取り出した椅子に腰掛けた。

    ***

     ──知らない天井だ。
     目覚めてまず思ったのがそれだった。
     すぐさま我が身の危機を察したアラスターの上体が、バネのように飛び上がる。

    「うぅん……」

     すぐ傍から聞こえた声に、アラスターの赤い耳がピンッと立ち上がった。
     混乱のまま振り向くと、何故かルシファーがベッドの傍で椅子に座ったまま眠りこけていた。……本当に何故。
     すぐさま冷静さを取り戻した頭で状況を確認する。
     アラスターは昨夜、ルシファーを見送った後、アダムから受けた傷の痛みに耐え切れず、しかしベッドでは誰に見つかるとも知れないからと、施錠できるラジオブースに向かっていた──筈だ。途中から記憶が無い。
     だが、現在ベッドの上にいること。傍にルシファーがいること。あんなに酷かった傷が綺麗さっぱり治っていることを考えると、なんとなく流れは察することができる。

    「……腹立たしい」

     思わず零れた声には、いつものノイズエフェクトがなかった。よっぽど天使の傷が堪えたらしい。腸が煮えくり返るほどの怒りを飲み込んで、アラスターは自身の商売道具に触れる。何度か発声練習をして、声に問題がないことを確認。
     ようやくいつもの調子を取り戻したアラスターは、未だに眠ったままのルシファーの肩を揺さぶった。

    『陛下。陛下。……ルシファー。起きてください』

     頭がガックンガックンと危なげに揺れるが、気にせず続ける。やがて苦しげに唸りながら目を開けたルシファーは、アラスターの姿を目にした途端飛び付いた。

    「おまっ、お前! 怪我は」

     勢いのままベッドに押し倒され、アラスターの喉からジーッとノイズ音が走る。こんな小さな体を受け止められないほど弱っている自分に腹が立った。

    『もう完治しました。どうやらお手数をおかけしたようで。感謝いたします』
    「そ、そうか。それはよかった」

     ルシファーは大きく安堵の息を吐いて脱力した。乗りかかられる形になったアラスターはたまったものではない。小さな背中をペシペシ叩く。

    『ルシファー。シャワーを浴びます。退いてください』
    「あ、ああ。すまない」

     ベッドから下りたルシファーは、真っ赤な背中が浴室に消えるのを見送った。微かに聞こえる水音に耳を傾けながら、手持ち無沙汰になってしまった我が身の置きどころを探す。完治を見届けたのだから自室に戻ればいいのは理解しているが、それだと勿体ない気がした。
     もだもだと部屋の中を右往左往すること数十秒。ルシファーは黄金の環の中に消えた。

     アラスターが長めのシャワーから出てくると、部屋の中は香ばしい香りが漂っていた。ちょうど両手にパンケーキの乗った皿を持ったルシファーが、金のポータルから姿を現したところだった。

    「腹が減っただろう? 一緒に食べないか?」

     アラスターは目を瞬かせる。てっきりシャワーの間に帰っていると思っていたのに。
     断ろうとも思ったが、失った血肉を欲して腹が鳴る。『いただきましょう』と頷いたアラスターに、ルシファーは目を輝かせた。表情が娘にそっくりだ。否、娘が父親にそっくりなのか。

    「折角だ。テラスで食べようじゃないか」
    『ええ。構いません』

     ルンルン気分で新設したテラスに向かうルシファー。風通しの良いそこに出た途端、またもや思い出す。テラスにも嫌がらせを施していたことに。
     テラスには屋根がなかった。正確にはガラス張りのサンルームだったのを壊してなくしたのだ。なので屋根の部分は中途半端にガラスが割れているし、基礎の部分は折れ曲がって剥き出しになっている。テーマは破壊と混沌。アラスターの新居と合わせての作品である。
     今思えば、アダムと戦ってホテルを再建してと、久しぶりに張り切ったものだから、ハイになっていたのだろう。わざわざ新しい設備を壊すのは流石によろしくない。ルシファーは昨日の自分を殴りたくなった。

    『これはこれは……こちらもルシファーが?』
    「あ、あー、うん……」
    『そうですか。素晴らしい趣味ですね!』

     アラスターには好評なようだ。安心すると同時に、彼の美的センスに不安が過ぎる。否、もしやこれは嫌味か?
     これまた嫌がらせで置いていた中古品のテーブルにパンケーキを並べながら、アラスターの顔を盗み見る。彼はいつもの笑顔だった。そこから真意は読み取れない。
     風呂上がりでふわふわの赤毛が地獄の風に揺れ、彼の輪郭を柔らかにしている。開いた胸元から、ほんの少しだけ動物の悪魔らしい胸毛が見え──ルシファーは目を逸らした。

    「あー……君はアレか? 廃墟趣味?」

     動揺のあまり言葉を間違えた。これでは自分で自分をこき下ろしているようなものだ。

    『嫌いではありませんよ。かつて誰かが作り上げ、そして忘れられた成れの果ての姿。趣があると思いませんか?』
    「……なるほど?」

     ルシファーにはさっぱり分からなかった。ただ、皮肉を言われていることだけは理解できた。こればっかりは自分が悪いので苛立ちは飲み込む。

    「……作り直そうか?」
    『いいえ。気に入りました。特にこの高さ・・が!』

     もはや何も言うまい。これ以上この話題に触れても、ルシファーの心が針で刺されたよな心地になるだけだ。ラジオを生業としている男に口で敵う訳がなかった。
     誤魔化すように着席を促す。『その前に』とアラスターが居住まいを正した。折り目正しく腰を折る。

    『改めまして。陛下。この度は助けていただき、ありがとうございました。重ねてお礼申し上げます』

     ルシファーは飛び上がるほど驚いた。
     あの・・アラスターが。「慇懃」の後に「無礼」と付く態度ばかりのアラスターが。ルシファーでも感心するほどの綺麗な動作で頭を下げた。
     雷が落ちたかのような衝撃が地獄の王の身を貫く。あまりのことに言葉が出てこない。
     未だ下がったままのストロベリーヘアーの中に、小さな角が生えているのが見えた。身長差で見えなかったが、角があったのか。本当に何の悪魔なのだろうか。
     思考がよそに傾きそうになるのを堪え、咳払いをする。口元が緩むのはどうしようもなかった。慣れた仕草でアラスターの頭を上げさせる。

    「気にするな。やりたくてやったことだ。私は──君に惚れたからね」

     ──ん?
     ルシファーは首を傾げる。アラスターが目を見開いて固まっていた。何故?

    『……私のことが、好きだと?』
    「ああ。君のトークスキルは素晴らしい! またラジオを聞いてみたいんだ。だから、死なれては困る」
    『……なるほど? それはそれは……たいへん嬉しく思いますよ、ルシファー』

     小っ恥ずかしくなり顔を背けていたルシファーは、アラスターがどんな表情をしているのか見逃した。
     二人向かい合って、少し冷めたパンケーキを食べ進めていく。
     地獄の真っ赤な空の下。驚くほど和やかな会話を交わしながら、駆除翌日の朝は過ぎていった。
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