田村先輩が卒業してからは一度も顔を合わせることはなく、俺も卒業を迎えた。
それから数年、かつての同級生や仕事伝いで先輩の名をよく聞くことになった。若いながらに独り立ちをしていて火器の扱いもさることながら仕事を確実にこなすあちらこちらで腕を買われているようだ。今回、先輩へ連絡をつけようと思ったのはそれがあったからだ。
先輩とはあっさりと繋ぎがとれ、快く用心棒としての仕事を引き受けてくれた。
久々に会う先輩は数年ぶりということを感じさせない口調で、少し緊張していた俺はほっとした。忍術学園にいた頃見上げていた視線は今は同じくらいだけど、日の光をあびて輝く稲穂色の長い髪は相変わらずきれいで、忘れたはずの感情がざわついた。
荷を積み終え、村から一歩出た瞬間はいつも緊張する。仲間たちと軽口を叩くこともあるけど、荷を届け終えるまではやはり少したりとも気を緩めることはできない。今回は尚更だ。
そんな中、田村先輩は馬借の仲間たちと適度に会話をしながら歩みを進めている。その姿は学生時代の先輩とは少し違って見えた。あんなに気安く誰とでも話せるような人だったかな。自分以外と笑い合う姿に胸の奥がざわついてしまう。
ちらちらと先輩の姿を追っていたら、こちらを向いた先輩と視線が合う。心情を見透かしたようににやりと笑みを浮かべ、俺の隣へ移動してきた。
「構ってほしいのか」
他には聞こえないよう小声で囁く声はとても楽しそうで、こちらの感情を見透かされているようで素直に答えらず話をすり替えた。
「火器を持ってないように見えますけど大丈夫なんですか」
あからさまにはぐらかしたのに先輩は気にした様子もなく、大丈夫だ、と笑顔を見せる。
話を変えたかったのが第一だけど、聞いた内容も気になっていたことだ。
今の田村先輩は火器を持っているようには見えない。腰には大小二本の刀だけで、馬に何か預けているようにもみえなかった。
田村先輩を雇ったはいいが先輩好みの過激な火器は馬が驚いてしまうため控えるように頼んだ。嫌がられるかと思ったがあっさりと了承された。代わりに火縄銃でも持つのかと思ったがそれらしき物も荷物には見られなかった。
不審に感じているのを察したのか田村先輩は昔のように俺の頭に触れ、くしゃくしゃと髪をかきまぜなからもう一度、大丈夫だ、と力強い言葉を発した。
「気を付けろ」
ちょうど道程の半分あたりの頃、先輩がそっと囁いた。仕事に出る前に決めていた合図で仲間たちに注意を伝える。一瞬にして緊張が走る。
先輩が素早く後方にまわる。
その瞬間木陰から複数の人影が飛び出してきた。思ったより多い。
決まりきった口上をのべる盗賊に対して先輩は一人で荷を守るように立っている。そして左腰に右手を向けた。まさか本当に刀だけで戦うつもりか? 盗賊たちも先輩が一人で複数を相手にするつもりとみてあざけるような表情をしている。
予想していた展開になりつつあり、助太刀に向かおうとした時、ほんのかすかに先輩の口角があがるのがみえた。
何故か脇差を抜いた先輩にぎょっとする。何をするつもりなんだこのひとは。
「先輩っ」
「下がってろ」
そういって鞘を放り投げ、中身を盗賊に向けたと思うと、破裂音とともに盗賊の一人が倒れた。
何が起きたのかその場の誰もが分からず動きが止まる。音に驚く愛馬をなだめながらも田村先輩から視線が外せない。
その間に先輩が素早く脇差しをいじり終え、呆然としている盗賊に向ける。また音とともに一人が倒れた。
そこでようやくそれが小型の火縄銃だと気がつく。盗賊もそれに気がついたようで、後ずさる者、逆上して突撃してくる者といた。
「団蔵!」
先輩に名を呼ばれ、はっとして刀を振り回しこちらに向かってくる盗賊を迎えうつ。
先輩を盗賊から隠すように相手をする。逆上しているせいか動きが荒い。これなら大丈夫。
「しゃがめ!」
先輩の声に咄嗟に従い屈むと頭上を通り抜ける風を感じる。そして目の前にいた男がばたりと倒れた。
どれくらいたったのか、気がつくと静けさが戻っていた。
荷も仲間も無事だ。
ほっと一息つく。
そして落ち着いてから先輩にたずねた。
「何ですかそれ」
「ふふん、こういうこともあろうかと特注で作って貰ったんだ。初めて実戦で使ったがなかなか」
「得意の火器がないから刀だけで戦うのかと思いました」
「私が火器を手放すわけないだろう」
「ですよね~」
そういう変わらない先輩のままの姿になんだか安心する。
「しかし刀しかないと油断する阿呆な盗賊でよかったよ。うまく決まってくれた」
「僕にくらい教えてくださってもよかったのに」
「おまえはすぐ顔に出るだろ。敵を欺くにはまず味方からだ」
「先輩の方がよく顔に出てますよ……」
「何か言ったか」
「いいえ!」
こうやって先輩と軽口を叩いていられるのも、ひとまず荷を狙う者たちをどうにかできた安心からだ。
予想外の方法とはいえやはり先輩の腕は噂通りで、外した弾は無かった。見事なまでだった。
盗賊は前方からも姿を表したが、後方の敵を素早く再起不能にした後すぐさま前方の敵も同じように倒していった。時には刀を使うこともあったが、しなやかな動きとなびく髪とりりしい表情に状況を忘れてしまいそうだった。
誇らしげな今の姿もまた憧れていた子供の頃より遥かに眩しく見えた。
あの頃抱いていた感情がそのままの形で蘇ってきてしまう。ぐっとこらえて、仕事へと意識を向ける。目的地に着くことが最優先だ。
それからは何事もなく、荷の届け先へと到着した。
荷ほどきをしていると暇そうな先輩が寄ってきた。
「こちらは囮か」
「はい」
「なんで教えなかった」
「敵を欺くにはまず味方から、なんでしょう?」
「うっ」
「名の知れた先輩がいるって分かればこちらが本物の荷だと思うでしょう」
「ふん、頭を使うようになったな」
「いつまでもあの頃みたいに子供じゃありません」
「そのようだな」
不貞腐れたような顔からにやりと悪い顔をする。瞬間、ぐいっと頬を鷲掴みにされ、先輩の顔が近づく。頬の、唇のすぐわきへ、柔らかい感触が触れる。そしてすぐそれは離れていった。
「この私を囮にした仕返しだ」
手が離れる瞬間、耳元で囁かれる。
どうやら俺の感情はお見通しらしい。またあとで、と背を向ける先輩を見送りながらずるずると馬の背によりかかる。気付いていて思わせ振りなことをしてくるなんて、俺の知っている先輩とはかけはなれていて、でも悔しいけどそんな先輩への想いは今度はしまい込んでおくことはできなさそうだ。
数年ぶりの再会は、期待以上に俺の感情を揺さぶった。今回の仕事だけで繋がりがまた途切れてしまわないようにするための最善策を必死に考えるのだった。