嶺二はどうやってベッドから抜け出していたのかいつだっておれより先に起きて、身支度を済ませ朝飯の準備までしていた。このことはどこか胸のつかえになっていた。
それから互いにどちらかの部屋で朝を迎えることが増えたある朝、おれが先に目覚めた時にまだ隣で眠る嶺二の姿があった。感動より何より思わず呼吸を確認してしまった。それほどありえないことだったからだ。おれの手のひらが近付く感覚ですぐに嶺二は目を開けてしまったが、その日から嶺二がおれより遅く目覚めることが増えた。
ただ眠りが浅くておれが起きればすぐに嶺二も目を覚ましたから、結局嶺二を起こさずにいるのは難しかった。
「まだ寝てろ」
「うん」
「飯できたら起こしてやるから」
「ん……」
寝ぼけ眼で起き上がろうとする嶺二を留めて布団に戻してやる。素直に再び瞼を閉じる嶺二を見てから静かに寝室を出る。
一緒に暮らし始めてもお互い仕事の都合でなかなか時間は合わないが、それでも以前より二人で過ごす時間が増えた。それはおれにとっても嶺二にとっても思っていた以上に良い影響を与えてくれた。
それぞれ別に寝室を設けてはいるが結局どちらかのベッドで一緒に寝ている。一人で寝たがることもあるかと思っていたが、嶺二はどんなに帰りが遅くても先に寝ているおれのベッドに遠慮なく潜り込んできたし、おれも逆の時はそうした。
そんな日々はもう一つ変化を与えてくれた。
すやすやと眠るその顔は普段より更に幼く見える。口元まで掛け布団を被って心地よさそうに眠る嶺二の隣に静かに腰掛ける。あっちこっちにハネている寝癖のついた髪を摘んでみてもまだ目覚めない。
「れぇじ、飯できたぜ。起きろよ」
もちもちとした頬をつつけば、なにやらむにゃむにゃ言いながらゆっくり瞼があがる。
「ん、おはよぉ」
「はよ」
嶺二がのろのろと両手をあげるから、その手をとって起き上がらせてやる。今日はいつもより甘えただ。
手を離すと大きく伸びをひとつ。すっかり目は覚めたようだ。
「いーにおい。今朝は目玉焼き?」
「オムレツだ」
「やった!ランランのオムレツ大好き」
「早くしねえと冷めるぞ」
「おっと。そうだね。すぐ行く」
そう言うと軽やかにベッドから降り、洗面所へ向かった。
その姿を見送っておれはリビングに戻る。ちょうどコーヒーも抽出しきったようだ。
色違いのマグカップに注いでテーブルに置く。
こんなに穏やかな、幸福な朝を迎えられるなんて嶺二と出会った頃は考えられなかった。
長い月日の中で嶺二も変わったしおれも変わった。それは決して悪いことではないと言える変化だ。
嶺二の睡眠の変化についても些細なようで、おれにとってはかなり重要な出来事になっている。その都度何か大きなきっかけがあったというわけでもなく、嶺二の中でそれを許容できるようになったということが嬉しい。
「おまたせ!」
パジャマのまま、髪もまだ寝癖がついたままの嶺二がテーブルの向かい側に座る。
「このジャムなに? マーマレード?」
「少し違えな。みかんだ」
「へえ。始めて食べるかも。これも手作り?」
「ああ」
いただきます、と声を合わせて二人で朝食を食べる。
「あ、美味しい」
一口食べて嶺二が顔を綻ばせた。
「そりゃ良かった」
無邪気な笑顔で嬉しそうに箸を進める姿を眺めているだけで胸の奥がじんわりと暖かくなる。
この先もずっとこうして共に過ごせたらいい、そう素直に思えた。