ふみや様がみてる「ごきげんよう、大瀬くんリボンが曲がっているよ。あぁほらここにも寝癖が」
彼のジャンパースカートがひらりと翻る。
理解は上品に小さく微笑むと、少し屈んで彼の胸元のリボンをキュッと整える。
そして頭を撫でるように彼の寝癖を直す。
「理解お姉様……こんなクソ吉にお手を煩わせてしまい申し訳ございません。あぁお姉様の手がこの生ゴミよりも汚いクソ汚物のクソ吉頭に触れてしまいお姉様の手が穢れさせてしまいました……責任を持って自害します……」
「大瀬くん!!やめて!!やめなさい!ナイフをしまって!っていうか今どこからナイフ出したの!?いいから私がやりたくてやってるだけだから!」そう言って理解はナイフを取り上げると大瀬の両肩を掴み必死に止める。
「あぁ……なんという美しき慈愛精神……お姉様は神様ですか?」
大瀬は拝むように両手を合わせて彼を讃える。
「まぁ……それほどでもありますが」
満更でもない表情で照れる理解を尻目に大瀬はまたゴソゴソとカバンから何か出し始めた。
するとパッケージに除菌と書かれたスプレーを理解の手にかけて、すぐさまに五体投地の状態になる。
「こ、これはなんのつもりかな?大瀬くん」
「クソ汚物の大瀬菌をこれで滅してください……」
そう言うと大瀬は献上品かのようにウェットティッシュの袋を差し出す。
「だから、君は汚くないだろ!気にしてないから頭を上げて!」
ここは関東のどこかの丘の上にあるという私立聖・カリスマ女学園高等部(男子校)。
今どき珍しい「姉妹」制度がまだ残っている学園だ。
カリスマ達が集うこの学園で今日も密やかなお嬢様達の青春劇が始まる―――
「大瀬くん!とびなわで首を絞めないで!ってうわ!君、荷物多いな!?」
いや、かしましいの間違いか……。
「もう大瀬くん君は隙あらば死のうとするのをやめてくれ。私の心臓がもたない」
「すみません……こんなゲボ以下のゴミカスの自分への気遣いをさせてしまって……」
大瀬は捨てられた子犬のようにシュンと不可視の耳を垂れさせる。
「というか!包丁は持ち込み禁止だろ!校則違反だ!没収」
「あ〜ご無体な……」
理解は腕を組んで、まったく……と溜息を吐く。
「あぁそういえばお姉様、お姉様以外にもこのクソ吉を気にかけてリボンを直してくれた方がいまして……」
「ほうそれは良いことじゃないか。君は私以外の生徒と全く関わらないから心配していたんだ話を聞かせてくれないか?」
理解は嬉しそうにニコニコと大瀬に語りかける。
「理解お姉様……!こんなクソ吉の話を自ら聞いてくれるなんて……それがですね……」
*
「ねぇ、ちょっとそこのアンタ」
黒髪で前髪が二束ほど下りたオールバックの少年が大瀬に話しかける。
「へっ!?自分ですか!?」
大瀬は突然のことに困惑する。
しかも彼はこのカトリック系のお嬢様♂学校では珍しく制服を着崩しており、リボンを外してオレンジ色のブルゾンを羽織っている。
それに咥えタバコ?をしている。
それにスカートの下には赤のジャージを履いている。
ふ、不良だ……。
大瀬は可哀想なほど怯えて震えていた。
さながらその様子はチワワであった。
「“リボンが曲がっていてよ“」
「へあっ!?」
彼は棒読みで芝居がかったセリフを言うと大瀬の首元のリボンを触る。
彼が近くにきてふわっと甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。
「いやーこれ言ってみたかったんだよね……ちょうどアンタがリボン曲がっててよかった」
「……さっきよりぐちゃぐちゃになってる気が……」
「あぁ……ずっと俺リボン失くしちゃってて、結び方忘れちゃったみたいゴメンゴメン」
「はぁ……そうですか」
大瀬はよくわからないまま生返事をする。
「……それと言いにくいんですけど口になんか白いのついてます」
「ん?どこ?」
「ここらへんです」
そう言って大瀬は自分の口元を指差す。
「おぉ……本当だ。お昼に食べたショートケーキのやつだ。うま…」
そう言うと彼は口を拭った自身の指をペロリと舐めた。
見た目に反して子供みたいだなこの人。
「あの……まだ付いてますここ」
そう言うと大瀬は自身の持っている白のレースのハンカチで彼の口を拭いてあげた。
「ん」
「あぁぁぁぁぁすみませんすみません!!!こんなクソ吉の牛乳を拭いた雑巾よりもきったねぇ汚物の布地で貴方の口を拭いてしまい……出過ぎた真似を!!!責任を取って自害します」
そう言うと大瀬は窓から飛び降りようとする。
彼はそれを見て無表情で大瀬の手を取る。
「ううん。ありがとう。そんなことよりアンタのハンカチ汚れちゃったじゃん。洗って返すよ」
「そんな!?自分が使った時点で汚物と化しているので必要ないです!捨ててください……」
大瀬は顔をぶんぶんと振り彼からハンカチを取り上げようとする。
だが彼は10センチ近く大瀬よりも背が高く彼が手を上げると全く届かなくなる。
「いいの俺がやりたいだけだから」
「そ、そんな……自分なんかに」
彼は困惑する大瀬の頭をポンポンと叩く。
「じゃあまたね。大瀬」
そう言うと彼は背を向け手を振って去っていった。
「なんかよくわからないけど……かっけぇ……」
***
「ということがありまして……」
まって……何から突っ込んだらいいんだ?
理解は彼の言葉を咀嚼しようとして疑問符を浮かべる。
彼はあの場面のどこでカッコイイと思ったんだ……?
「なる……ほど……?というか結局それは大瀬くんが面倒を見ているのでは?さっきの僕のと最初のセリフくらいしか合ってないんだが……」
というかこの態度、喋り方、多分あの方でしょう……。
というかこの学園に絶対にあの人しか居ない……。
「彼にお礼をしたいんですが、その後全くみかけなくて……リボンを付けていないから分からなかったけど、おそらく理解お姉様と同じ学年かと思います……何か知りませんか?」
「あぁ……いやその……」
「何してんの?理解」
噂すればというやつだ。
「あっこの間の!」
「あぁ……久しぶり大瀬」
彼は大瀬の顔を見るとニッと口だけで笑った。
「……ふみやさん、彼は子供っぽく見えますが二年生です。貴方の先輩なんですから、ちゃんと敬語を使ってください」
理解は呆れたように溜息を吐く。
「まぁまぁまぁ」
「まぁまぁじゃないんですよ!」
顔を赤くして怒る理解にふみやと呼ばれた少年は飄々と笑う。
「え……というか貴方、自分より歳下なんですか?てっきり先輩かと」
大瀬は目を丸くして静かに驚く。
「あーね。俺も大瀬歳下だとおもってた」
ふみやは彼に目を合わせると同意する。
「ちょ……ふみやさん!」
「わかったよ。でも別にタメ口でもいいだろ」
そう言うとふみやは首を傾げた。
「わかってないじゃないですか……!」
「はいはい」
そんな様子を見ていた大瀬がおずおずと理解を見る。
「あの自分は別にいいですよ……」
「大瀬くんが言うならまあ……でも甘やかしちゃダメだよ」
そう言いながら彼は大瀬の肩を掴んだ。
「大丈夫ですよ理解さん」
そう言って大瀬はふみやの方を向くと頭を下げた。
「この説はありがとうございました」
「ん?あぁなんのことかわからないけどどういたしまして」
大瀬は顔を上げて、彼の顔をじっと見る。
ん?なんだ? 彼は不思議そうな表情をすると閃いたように言った。
「あぁ、これ欲しいの?この味飽きてきてたからあげるよ」
そう言うと彼はタバコ?を口から取り出そうとする。
いや、自分はそんな犯罪なんて…と断ろうとすると口から出てきたのは青色のロリポップだった。
あ……飴だったんだ、アレ。
「いや、自分はいいです」
ふみやが口に突っ込んでこようとするが軽く手で制す。
そっか。とさして興味も無さそうに彼は飴を口に戻した。
「いや、自分が舐めたやつあげちゃダメでしょうふみやさん……」
理解は額に手を当て呆れている様子だ。
「あぁ……そういえば大瀬この間のハンカチ」
「あー捨ててよかったんですけど」
あぁそこもちゃんと話の通りだったのか。
彼にしては良いこともするもんなんだな。
意外と義を重んじるタイプなのか……
理解は感心していたが次のセリフですぐに裏切られる。
「結構高値で売れたよ見てこれ」
「わぁ……」
そう言うと彼はスマホの画面を大瀬に見せる。
マニア向けの女子高生の私物を売るサイトのようだった。
「何してんだ!この犯罪者が!!!」
理解は血管が切れそうになるほど顔を真っ赤にする。
「まぁまぁまぁ」
「いや、こればっかりはまぁまぁまぁじゃ済まないだろ……というかなんだこれ……このフリマサイト……怖すぎる」
理解は自身にとって未知の世界のサイトにドン引きして、頭を抱えた。
「あれ、お気に召さなかった?あ、でももう売り払ったから返せないか」
ははっと笑って頭を掻くふみやに我慢ならないとばかりに声を荒げる。
「そもそも売っちゃだめだろう!?」
「え?ダメなんで?大瀬喜んでるしいいんじゃん俺にも金が入るし」
「そういう問題じゃない!」
理解は彼の胸ぐらを掴むとガクンガクンと揺さぶった。
「ちょっ……お姉様落ち着いてください……」
大瀬が止めると、理解はハッとして手を離した。
「あぁ……ごめん大瀬くん」
「怒ってくれてありがとうございます。でもいいんです理解お姉様……ふみやさんのおかげでこんなゴミ以下のクソ吉にも価値を見出してくれる神様みたいな人がいるって分かったので……」
そう言うと大瀬はいつになく柔らかい自然な笑みを浮かべた。
あぁ良かった……と理解は流されそうになるが我に返る。
「いや!大瀬くん!?変態から評価されて喜んじゃダメだよ!?」
「ハハッ大瀬も理解も面白いなあ」
「ふみやさんは黙ってて!」
ここまで来て理解はもしかして……と彼のことに関して確信めいた何かを感じる。
「……ふみやさん……もしかしてずっと失くしたと言っていたリボンって……」
「……」
ふみやは無表情のままスっと目を逸らす。
いやおかしいとは思っていたんだ。
一年生で学校入りたてで失くすなんて。
「あぁでも大瀬ハンカチ無かったら不便かと思って買ってきた」
そう言うとふみやは大瀬の頭の上にポンとガーゼのハンカチを置く。
「わあ……」
彼はそれを手に取ると目をキラキラさせた。
ふわふわの子犬柄のハンカチだ。
「なんか大瀬っぽいと思って」
「一生大事にします……家宝にします」
そう言う問題じゃないだろ……。と思いつつも理解は新しく芽生えた、美しき友情に感動して涙を流すのであった。
♢♢♢
「ハッ!?夢!?」
理解は息を切らして起き上がる。
額からは大量の汗。
時計を見ると、時刻は2時半。
彼はほっと胸を撫で下ろし、また布団に入る。
あんなイカれた秩序のない世界悪夢でまだ良かったと。
だが、理解は気づかなかった。
後ろにいる二つの影に。
「「理解お姉様、ごきげんよう」」
ひらりと彼らに似つかわしくないジャンパースカートが揺れる。
その夜、理解の120デシベルはあろうかという悲鳴がカリスマハウス中に響き渡るのであった。